鬼の愛人

のらねことすていぬ

文字の大きさ
3 / 4

残酷な人

しおりを挟む

 ……逆原は何を考えているんだろう。じっと天井を見つめて考えるけれど答えは降ってこない。
 
 面子のために金をやたらとかけた、和風の広い屋敷の中。その一番端の奥にある俺の部屋で、俺はベッドに寝ころんだまま残酷な男のことを考えていた。平日の昼下がりのこの時間は、部屋住みの男たちもあまりおらず屋敷は静まり返っている。
 ああ、先週の「あの」時間帯と同じだなとふと思う。

 先週、この部屋で無理やり逆原とセックスした。

 もっと正確に言うと、逆原を呼び出して俺の体を盾にしてセックスを迫った。
 俺のお粗末な計画通りにはいかなかった。もしかしたらぶん殴られて終わり、なんてことは想像していたのに、逆原は俺を抱いて……しかもその後も俺のことを抱き続けているのだ。俺に、男の想い人がいると信じて。

 大学は休まされていて、このままの状態が続いたら留年、もしくは休学になってしまうかもしれない。さすがにそうなったら俺の父親が出てくるだろうから、そんなに長期で閉じ込められていることはないだろうけど……。いや、頭の切れる逆原のことだ。父親だって上手く言いくるめるかもしれない。そう考えると俺はこの広い屋敷で完全に孤立無援だ。
 逆原が何を思って、俺の「好きな人」を探り出そうとしているのか分からないけど、俺は相当逆原を怒らせてしまっているんだから。
 
 そのことを考えるとじっとりと汗が体に滲み、胃の辺りがきゅうと縮む。

 ああ、クソ。なんでこんなことになったんだ。
 人生で一度だけでいいから、本気で好きになった相手に触れてみたかった。
 真向から好きだ抱いてくれって告白する勇気がなかった。あのいつも俺のことを心配してくれていた瞳が、冷たく凍えて嫌悪に染まるのを見たくなかった。怖かった。それだったら俺が道化になって、薄汚くて誰から構わず手を出す尻軽だと思ってくれた方がいいと、そう考えてしまった。

 どうせ逆原から嫌われるなら、まだその方が傷が浅いと思ったんだ。本当の本気で逆原を好きで、泣いて足元に取り縋って好きだと言うよりも、気持ちの悪い男の気まぐれだと思われた方がマシだと。だってそうだろう。俺がずっとずっとあいつの傍で燻った恋心を抱き続けていたと知られるなんて、それこそ救いがないくらい惨めだ。
 
 逆原が夜のお姉さんにとてつもなくモテているのは知っているし、その女の人たちの誰にも逆原が夢中になったことがないのも知っている。おしゃべりな組員が噂しているのを何度も聞いて、その度に胸がチクチクと痛んだ。
 
 俺の体は何のふくらみもへこみもないし、普通に迫っても逆原が俺を相手にしてくれる可能性なんて1%もない。だったら、卑怯な手でも使わないとあいつのシャツの下を見ることなんて一生できないと思ったんだ。

 なのに……なんでこんなことに。
 思考がループして出口が見えない。そのことに苛立って重たいため息が漏れる。
 
 抱いてもらえても抱いてもらえなくても、それで諦めようと思っていたんだ。無駄な恋心に蹴りをつけて、あとは親が選んだ相手とでも結婚すればいい。一生に一度の恋をできたんだから、たとえそれが片想いで終わっても悔いはない、そのはずだった。

 なのに逆原は、俺のことを抱き続けている。
 俺が吐いたどうしようもない嘘を信じて俺を抱いて、次の日もその次の日も、俺がやめてくれと泣いて頼んでも俺の部屋に忍び込んで来ては押し倒される。もう満足したから許してくれと懇願すると、じゃあ惚れた相手は誰なのだと尋ねられてそこで俺は口を噤む羽目になる。
 だってそんな相手いないのだから。いや、正確にはその相手は逆原なのだから。
 
 『惚れた男をちゃんと殺すまでは、外に出ないでくださいね』
 
 いつものような穏やかな口調で告げられた言葉は、お願いの体を装っていたけれど実質命令だ。腹の底まで冷えるような冷たい目に睨まれたら頷かない奴はいないだろう。
 
 食事は部屋に運ばれるし風呂に行くのも逆原の監視付きだ。この家に親しい人なんて親ぐらいしかいないけど、その親とすら顔を合わせていない。
 もう部屋住みではない逆原が、どんな言い訳をしてこの家に留まっているのかは知らないけど、透明な鎖に繋がれているような気分だ。

 息が詰まるなんてもんじゃない、もう窒息してしまいそうだ。誰とも連絡を取れず、ただ逆原が俺を抱きに来るのを待つだけ。逆原の視線は相変わらず怒りを孕んでいるのに、それでも触れられるのが嬉しいと思ってしまう自分の心がどうしようもなく嫌いだ。
 
 もう言ってしまおうか。
 好きな相手は逆原で、抱いてほしくて馬鹿な計画を立てた、と。好きな奴も振られたというのも全部虚言なんだとバラしてしまおうか。

 一生心の中に留めるつもりだった告白だけど、こんなじわじわと消耗していく生活を続けるよりはいいかもしれない。だって、少なくとも俺のことを逆原が抱き続ける限り、あいつは俺から解放されないんだから。いつまでも教育係みたいな扱いをしちゃいけない。

 覚悟を決めようと瞳を閉じる。すると不意に扉の向こうから若い男の響いて、俺はベッドから跳ね起きるほど驚いた。

「坊ちゃん」
「え、」

 誰だ? 逆原? いや違う。彼の声はもっと深くて落ち着いていて。だけど同時に腹の底が冷えるような、真っ暗い闇が迫ってくるような。そんな空恐ろしさがある。
 扉の向こうから聞こえた声はどこか若くて朗らかで、悪く言えば何も考えていなさそうな明るい声だった。
 
「坊ちゃん。大丈夫っすか? 具合が悪いと聞いていますが、なんか買ってきますか?」
「あ……え~っと、」

 続けられた言葉に、俺はようやく一人の組員の顔を思い出す。最近組に入ったばかりのまだ若い部屋住みの青年。たくさんのピアスホールに刈り上げた短髪。もともとかなりヤンチャをしていたようだけど、組に入ったせいで今はすっかり上下関係が叩きこまれていて。歳が近いせいか顔を合わせると俺にもにこにこと愛想を振り撒いていた。
 名前はなんだったっけ。
 たしか――。

「なぁ須崎。ここには来るなって伝えてあっただろ?」

 俺が記憶の引き出しを開く前に酷く不機嫌そうな低い声が続けて廊下からした。
 ああそうだ。須崎だ。
 思い出せて良かった、なんて場合じゃない。扉で隔たれてはいても、低く地を這うような声は震えあがるほど恐ろしいものだった。

しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

偽りの愛

いちみやりょう
BL
昔は俺の名前も呼んでくれていたのにいつからか“若”としか呼ばれなくなった。 いつからか……なんてとぼけてみなくても分かってる。 俺が14歳、憲史が19歳の時、俺がこいつに告白したからだ。 弟のように可愛がっていた人間から突然告白されて憲史はさぞ気持ち悪かったに違いない。 だが、憲史は優しく微笑んで初恋を拗らせていた俺を残酷なまでに木っ端微塵に振った。 『俺がマサをそういう意味で好きになることなんて一生ないよ。マサが大きくなれば俺はマサの舎弟になるんだ。大丈夫。身近に俺しかいなかったからマサは勘違いしてしまったんだね。マサにはきっといい女の子がお嫁さんに来てくれるよ』

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

俺の彼氏は真面目だから

西を向いたらね
BL
受けが攻めと恋人同士だと思って「俺の彼氏は真面目だからなぁ」って言ったら、攻めの様子が急におかしくなった話。

平凡な僕が優しい彼氏と別れる方法

あと
BL
「よし!別れよう!」 元遊び人の現爽やか風受けには激重執着男×ちょっとネガティブな鈍感天然アホの子 昔チャラかった癖に手を出してくれない攻めに憤った受けが、もしかしたら他に好きな人がいる!?と思い込み、別れようとする……?みたいな話です。 攻めの女性関係匂わせや攻めフェラがあり、苦手な人はブラウザバックで。    ……これはメンヘラなのではないか?という説もあります。 pixivでも投稿しています。 攻め:九條隼人 受け:田辺光希 友人:石川優希 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 また、内容もサイレント修正する時もあります。 定期的にタグ整理します。ご了承ください。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

騎士隊長が結婚間近だと聞いてしまいました【完】

おはぎ
BL
定食屋で働くナイル。よく食べに来るラインバルト騎士隊長に一目惚れし、密かに想っていた。そんな中、騎士隊長が恋人にプロポーズをするらしいと聞いてしまって…。

いくら気に入っているとしても、人はモノに恋心を抱かない

もにゃじろう
BL
一度オナホ認定されてしまった俺が、恋人に昇進できる可能性はあるか、その答えはノーだ。

βな俺は王太子に愛されてΩとなる

ふき
BL
王太子ユリウスの“運命”として幼い時から共にいるルカ。 けれど彼は、Ωではなくβだった。 それを知るのは、ユリウスただ一人。 真実を知りながら二人は、穏やかで、誰にも触れられない日々を過ごす。 だが、王太子としての責務が二人の運命を軋ませていく。 偽りとも言える関係の中で、それでも手を離さなかったのは―― 愛か、執着か。 ※性描写あり ※独自オメガバース設定あり ※ビッチングあり

愛されて守られる司書は自覚がない【完】

おはぎ
BL
王宮図書館で働く司書のユンには可愛くて社交的な親友のレーテルがいる。ユンに近付く人はみんなレーテルを好きになるため、期待することも少なくなった中、騎士団部隊の隊長であるカイトと接する機会を経て惹かれてしまう。しかし、ユンには気を遣って優しい口調で話し掛けてくれるのに対して、レーテルには砕けた口調で軽口を叩き合う姿を見て……。 騎士団第1部隊隊長カイト×無自覚司書ユン

処理中です...