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坂本凪と辻晴香の接近
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何度も言っているが、俺は辻晴香に恋している。でも、恋人になりたいと思ってはいない。彼が自分にはもったいなさすぎる程の人間だとよくよく理解しているし、それになにより男同士だ。男同士が悪いなんて言うつもりはないし、俺は辻にしか恋愛感情を抱いたことがないから、もしかしたらゲイなのかもしれないが、世間はまだ同性愛に冷たい。それを理解した上で、辻にアプローチをかけて結ばれたいだなんて思うはずもなかった。初恋は叶わないってよく言うし、彼を眺めるだけで幸せだった。
それなのに
それなのにこれはどうなっているんだ。
「坂本、教えてほしいんだけどさ」
いつも通りの微笑みを浮かべた辻が、図書館のマナー違反にならない程度の声で俺に話しかける。
「何?」
辻が俺を同級生だと知った後は、知らないうちにこんな砕けた話しかけ方をされるようになってしまった。そしてそんな風に話しかけられて、こちらが敬語というわけにもいかず、自然と俺の話し方も砕けたものになっていた。
「集団・組織論の入門的なやつってどのあたり探せばいいのかな?」
「なに、社会学って経済の奴も取らなきゃいけないの」
「そうわけじゃなくって、ちょっと興味あって履修してるだけ。やっぱり周りは基礎が出来て、講義受けてるわけじゃん?だから入門書くらい読んでおこう思って」
相変わらず頭いいのに勤勉な男だ。
「社会学自体の入門は?」
「いやーそれはいいかな、去年社会学基礎は開放科目だったから履修したし」
「よくやるね、他学部の科目とか絶対受けたくない」
俺が心底嫌そうに言うと、辻は面白そうに笑う。
「はは、でも理系は専門と違うと全然違う感じのイメージだし、みんなそんなもんなんじゃないか?」
「文系でも専門と違ったらめんどいだろ」
「そうでもないよ。文系の学問ってそれなりに繋がりもあるし、勉強になる」
俺とは意識が違いすぎて頭が下がるどころか、宇宙人を見るような目で見てしまった。
そう、こんな風に俺は気づいたら、片思いの相手である辻晴香とよく話すようになってしまっていた。
こんなの想定外すぎる。
辻の前では、ポーカーフェイスを気取って、感情が表に出てしまわないように、必死に必死に抑え込んでいるけど、本当は話しかけられたら舞い上がっている。恋に踊らされている一人の男なのだ、俺は。
「集団・組織論はこっち」
あんまり仲良くなりすぎるとつらいし、そもそも他の人にだって同じように親しみ深く接しているとわかっているのに、少しでも辻と接していたという浅ましい気持ちによって、俺は口頭で場所を説明するのではなく、辻を彼の目的地まで連れて行く。
「入門としてよく貸出があるのはこれとこれ、最新の出版はこれ・・・」
「坂本はほんとうに本のことよく知ってるよね。頼りになるからつい頼っちゃうんだよな」
「お前ほど頭いいわけじゃないからな。ただ片づけしたり、レファレンスの勉強かじったりしてるだけ。本当に知りたいことあるなら、ちゃんと司書の人に声かけろよ」
「うん。でも俺は辻に探してもらうのが好きなんだよね」
好きなんだよね、というセリフに、誰にでも何度でも言ってる他意のない言葉だとわかっていても、心臓がひとつ跳ねる。
「じゃあ、3冊読んでみることにする」
「ん、役に立ったならよかった」
そばにいたい気持ちはあるけど、これ以上辻の言動に心臓を跳ねさせたくない。そう思った俺は、軽く会釈して、その場を去ろうとした。
「あ、坂本」
「何?」
「最近いっつもさ、バイト中仕事中断させて悪い」
「別に気にするなよ。それも仕事だから」
「いや、お詫びにこれ」
そう言って、辻は鞄をがさごそとし始める。そういって取り出されたのは、話題のミュージカル映画の試写会招待チケットだった。
「前にミュージカル好きって言ってただろ」
「いや・・・受け取れないって」
「それじゃ俺の気が済まないから」
「いやいやいや、俺こそこんなの受け取ったらお返ししないといけなくなるだろ。俺は仕事でやってることなんだから」
「じゃあさ」
俺の言葉に反応して、チケットを差し出していた辻が顔を覗き込むようにしてくる。
「一緒に行ってくれよ」
「は?」
「二枚渡すつもりだったけど、受け取ってくれないんだろ?だったら、見に行くのついてって。一人で映画ってなんか照れくさいし」
「は」
「おねがい」
もっと一緒に行くやついるだろ、とかなんでそんな話になるんだよ、とかいろいろ頭を駆け巡っていたはずなのに、辻の瞳に見つめられて、気付いたら、ひとつ頷いていた。
「じゃあさ、連絡先教えてよ。時間とかまた送るから」
だめだだめだだめだ。外から見てるだけのはずだったのに。すぐに終わるはずの初恋だったのに。近づいたら、もっともっと好きになりそう。
理性はちゃんとそう叫んでいるけど、俺と辻晴香の距離は、今日、一歩近づいてしまったのだった。
それなのに
それなのにこれはどうなっているんだ。
「坂本、教えてほしいんだけどさ」
いつも通りの微笑みを浮かべた辻が、図書館のマナー違反にならない程度の声で俺に話しかける。
「何?」
辻が俺を同級生だと知った後は、知らないうちにこんな砕けた話しかけ方をされるようになってしまった。そしてそんな風に話しかけられて、こちらが敬語というわけにもいかず、自然と俺の話し方も砕けたものになっていた。
「集団・組織論の入門的なやつってどのあたり探せばいいのかな?」
「なに、社会学って経済の奴も取らなきゃいけないの」
「そうわけじゃなくって、ちょっと興味あって履修してるだけ。やっぱり周りは基礎が出来て、講義受けてるわけじゃん?だから入門書くらい読んでおこう思って」
相変わらず頭いいのに勤勉な男だ。
「社会学自体の入門は?」
「いやーそれはいいかな、去年社会学基礎は開放科目だったから履修したし」
「よくやるね、他学部の科目とか絶対受けたくない」
俺が心底嫌そうに言うと、辻は面白そうに笑う。
「はは、でも理系は専門と違うと全然違う感じのイメージだし、みんなそんなもんなんじゃないか?」
「文系でも専門と違ったらめんどいだろ」
「そうでもないよ。文系の学問ってそれなりに繋がりもあるし、勉強になる」
俺とは意識が違いすぎて頭が下がるどころか、宇宙人を見るような目で見てしまった。
そう、こんな風に俺は気づいたら、片思いの相手である辻晴香とよく話すようになってしまっていた。
こんなの想定外すぎる。
辻の前では、ポーカーフェイスを気取って、感情が表に出てしまわないように、必死に必死に抑え込んでいるけど、本当は話しかけられたら舞い上がっている。恋に踊らされている一人の男なのだ、俺は。
「集団・組織論はこっち」
あんまり仲良くなりすぎるとつらいし、そもそも他の人にだって同じように親しみ深く接しているとわかっているのに、少しでも辻と接していたという浅ましい気持ちによって、俺は口頭で場所を説明するのではなく、辻を彼の目的地まで連れて行く。
「入門としてよく貸出があるのはこれとこれ、最新の出版はこれ・・・」
「坂本はほんとうに本のことよく知ってるよね。頼りになるからつい頼っちゃうんだよな」
「お前ほど頭いいわけじゃないからな。ただ片づけしたり、レファレンスの勉強かじったりしてるだけ。本当に知りたいことあるなら、ちゃんと司書の人に声かけろよ」
「うん。でも俺は辻に探してもらうのが好きなんだよね」
好きなんだよね、というセリフに、誰にでも何度でも言ってる他意のない言葉だとわかっていても、心臓がひとつ跳ねる。
「じゃあ、3冊読んでみることにする」
「ん、役に立ったならよかった」
そばにいたい気持ちはあるけど、これ以上辻の言動に心臓を跳ねさせたくない。そう思った俺は、軽く会釈して、その場を去ろうとした。
「あ、坂本」
「何?」
「最近いっつもさ、バイト中仕事中断させて悪い」
「別に気にするなよ。それも仕事だから」
「いや、お詫びにこれ」
そう言って、辻は鞄をがさごそとし始める。そういって取り出されたのは、話題のミュージカル映画の試写会招待チケットだった。
「前にミュージカル好きって言ってただろ」
「いや・・・受け取れないって」
「それじゃ俺の気が済まないから」
「いやいやいや、俺こそこんなの受け取ったらお返ししないといけなくなるだろ。俺は仕事でやってることなんだから」
「じゃあさ」
俺の言葉に反応して、チケットを差し出していた辻が顔を覗き込むようにしてくる。
「一緒に行ってくれよ」
「は?」
「二枚渡すつもりだったけど、受け取ってくれないんだろ?だったら、見に行くのついてって。一人で映画ってなんか照れくさいし」
「は」
「おねがい」
もっと一緒に行くやついるだろ、とかなんでそんな話になるんだよ、とかいろいろ頭を駆け巡っていたはずなのに、辻の瞳に見つめられて、気付いたら、ひとつ頷いていた。
「じゃあさ、連絡先教えてよ。時間とかまた送るから」
だめだだめだだめだ。外から見てるだけのはずだったのに。すぐに終わるはずの初恋だったのに。近づいたら、もっともっと好きになりそう。
理性はちゃんとそう叫んでいるけど、俺と辻晴香の距離は、今日、一歩近づいてしまったのだった。
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