マーズと小さな弟子

アズ

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Prologue

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 足首辺りまで浸水したその土地は、白いローブの男がいる位置からでは途切れ目が目視では確認出来なかった。
 気持ちのいい風が吹くと、水面がゆらゆらと揺れる。
 長い白髪の持ち主は赤い瞳をしており、その瞳は空を向いていた。
 青空に、黄色い鳥が一匹飛んでいる。それも戦闘機以上の速度でだ。通常の鳥ではないのは一目瞭然。
 物珍しい瞳と髪を持つ彼は呪文を唱えた。
 身長200はありそうな高身長のスラッとした体型の周囲から、光が左右合わせて6つ現れると、その光の点から棒状の閃光が一斉に放出された。
『追尾光線魔法』
 6つの光線は黄色い鳥を追いかけ追いつくと、黄色い鳥に直撃した。
「良かったこの場所で。周囲に燃えるものがあったら大変だった」
 年齢22の男が言う通り、あの黄色い鳥が低空飛行をすると、その周辺が火事になるのだ。あれを退治するのにこの男にとって苦労する相手ではなかったが、問題はあれが引き起こす災害だ。人の沢山住む場所にあれが大量に現れてしまったら大変だ。大きな被害をもたらしていたところだろう。一匹に対してはさほど脅威に感じないものの、群れで現れれば大いなる脅威となる。故に一匹でも逃せばそれは馬鹿にならない。
 あの黄色い鳥はメスだ。卵を産みに餌となる人間の住む場所へと向かう。その方が効率的に生まれてきた雛に餌をやれる。雛も卵も耐熱性があり、燃えたりはしないのだ。焼き焦げた人間の遺体を母親が食いちぎり、それを雛に与えてやるのだ。なんとも残酷な生物だ。しかし、餌はあくまでも人間だった。他の生態系を狙わないから、鳥を脅威に感じるのは精々近くを飛ばないでくれればいい程度だ。しかし、人間には必ず狙うから、人間の街は被害に合う。渡り鳥の季節はいつも、狩りの日だ。
 黄色い鳥の撃破を確認した男は近くの街に戻る準備にとりかかった。



◇◆◇◆◇



 ある年、普段の夕日では見せない不気味なくらい空が紅色に覆われた時、宇宙から侵略者(宇宙生命体)が出現し、我々を襲った。
 戦いの神から授かりし魔法の力によって、侵略者からの制圧を回避できたものの、依然としてその脅威は残ったままだった。



◇◆◇◆◇



 教会の鐘が鳴った。それは街中に響き渡り、街にいればそれは耳に届いた。
 教会の前には石畳の道が続いており、その上を馬車が走った。
 道の横には生活水となる井戸がある。毎朝、決められた時間帯であれば、誰でもその井戸を使用することが許可されていた。それ以外の時間帯では、教会から許可をもらう必要があった。その際に決められた料金を教会に支払うこととなっている。
 教会には天使や神々が邪悪な悪魔達と戦う勇敢な姿の絵画がよく飾られてあった。
 バロック様式の教会は大きく立派であり、それは街の信仰が根強いことを示していた。
 教会には毎年処女がシスターになりたいと集まりそのままシスターとなった。
 男は神父であるが、神父になるには条件があった。
 白髪で赤い瞳の男はまさにその条件を満たしていなかった。それは、異形のような姿をしているからではない。教会は見た目で宗教の門を叩く者を拒みはしなかった。彼はギルドというものに所属していた。それが、男が神父になれない理由であった。
 ギルドとは、侵略者討伐を専門とした登録戦闘員の登録、管理を請け負う組織のこと。
 つまりは武器を持ったり戦ったり殺したりするということだ。
 それが「仕事」として認められており、そういう社会だった。
 討伐の依頼が登録者に送られ、受けるかどうかの返事をし、討伐が完了すれば報酬を受け取れる方式だ。完了には自己申告制であり、ギルドはそれをわざわざ確認したりはしないが、もし虚偽の申告をした場合は登録を抹消され永久に再登録が出来なくなるなどの厳しい処分がある。また、長期間のギルドの仕事を請け負わないと、自動的に登録が解除されるなどの一応のルールがある。
 ギルド登録には魔法学校の実技魔法の成績が5段階中4以上で、学校からの推薦状を貰わなければ、登録がそもそも認められない狭き門でもある。故に、ルールを犯す者はそう出てくるものではない。
 ということは当然として、この白髪男もそれなりの成績で卒業をし、推薦状を貰ったことになる。
 男の名はマーズ。マーズは今、石造りの古城の見た目をした大きな建物の入口まで来ていた。これがギルドである。
 中に入ると、中は沢山の蝋燭と窓から入る陽射しで明るく、奥の石壁を背にして座るのは受け付けを担う老人がいた。
 灰色のローブに灰色の髭にスキンヘッドの老人の瞳はグレーだった。老人とはいえ、目まで衰えたわけではなく、小さな文字でも難なく読めた。
 びっしりと文字が埋め尽くされた分厚い古文書を閉じ、顔をあげた。
「マーズか」
「ポイニクスをさっき倒してきた」
「申告ご苦労。ポイニクス……不死鳥とは名ばかりだな」
「ポイニクスは殺さなければ永遠に活動する鳥だ。なにもしなければ、ポイニクスが空を支配してたかも」
「老人だからと馬鹿にしおって。言っただけだ。老人の独り言だと思って聞流せマーズ」
「それは悪いことした。だが、あんまり独り言が多いと本当にボケてしまうんじゃないか心配したんだ」
「屁理屈が減らん男だ」
「そう言えば最近どうだ? 学校では優秀な生徒がいると聞いた。来年にはギルドに入るんだろ?」
「誰に聞いた? そいつはきっと目が節穴になっているんだろう。優秀なのはお前が最後だ」
「まさか。高校は別としても大学もいないのか?」
 老人は沈黙した。
「まさか! 誰もいない?」
「というより、来年ギルド希望者はいないそうだ」
「来年はゼロということか?」
「ああ、そうだ。ああ! そうだ、一人だけいたな、希望者が。学校からそんな話があったな」
「その様子じゃ断るのか? せっかくの新人だぞ」
「その希望者というのが女でもか?」
 今度はマーズが沈黙した。
「そう。来年はゼロ。去年もゼロ。年々、ギルド登録者数は減少傾向だ」
「どうするつもりだ?」
「どうするもこうするもないだろ。あの二人が揉めてからギルドはずっとこの調子さ」
「ロイとグリム……」
「そうだ。好きになった女の奪い合いで二人は揉め、決闘した二人は決着がつき、負けたロイは姿を消した。グリムは討伐の途中で戦死。グリムと共になった女性はグリムを失ったショックで自殺。なにより大きかったのは、ギルドで一番活躍し人気者だったグリムが戦死したことによる影響だ。皆、自信を無くし、危険な討伐という仕事からはすっかり遠ざかってしまった」
「しかし、このままでは我々の数では本当に討伐に人が足らなくなるぞ」
「国王がいざとなれば徴兵を発動するだろう。そうすれば一気に政府に対する不満が爆発しそうだが……それかどうだ? マーズがその希望している女の子をお前が育ててみるというのは」
「俺がか?」
「お前程立派に育った奴はいない。マーズ、お前やってみないか?」
「冗談だろ?」
「本気さ」
「断るよ。俺なんかに弟子は無理さ」
 マーズはそう言ってギルドを出ていった。
 マーズのいなくなった場所で老人は「お前が頷いてさえくれれば助かるんだが」と、また大きな独り言を呟いた。



◇◆◇◆◇



 マーズは商店街の通りを歩いていた。ギルドからの帰り道になるからだった。
 店には色んな看板と共に、魔法道具や本やらを販売する品を飾るショーケースが見えた。
 どれも、今のマーズに必要のないものばかりだった。
 と、そこにマーズの手前で空から水筒や教科書類が落ちてきた。
「あー! ゴメンなさい。大丈夫でしたかぁ?」
 女の子の声だ。マーズは顔をあげると、宙に浮いている15歳前後の子が此方を見下ろしていた。
「謝るなら人の頭上でするのはどうかと思うぞ」
「ああ、そうね。すいません」
 注意を受けた女の子はゆっくりと地面に着地した。
 彼女の服装は最寄りの高校の制服だった。赤いスカートが特徴的だが、下には黒い短パンを履いていた。
 黒髪のオカッパ頭で、背は女子高生と考えると平均身長より低い。まるで、中学生みたいな身長だ。これなら背の順では一番前になるだろう。
「今、身長低いと思いました?」
「君、人が歩いている遥か頭上を下校するなんて随分感心しないな」
「ごめんなさい。浮遊の練習をしていたの」
「なら、人のいない場所でやるべきだ。下校の時間を利用して練習していんだろうが、人にぶつかっていたらどうするつもりだ?」
「だから、謝ったじゃない」
「なにをっ……まぁ、いい。次からは気をつけるように」
 そう言って彼女とおさらばしようとした時、背を向けたマーズに彼女から声がかる。
「ねぇ、あなたマーズさんでしょ? 知ってるよ。優秀なんですって?」
 マーズは面倒そうに感じながらも、もう少しだけ彼女に付き合うことにした。
 マーズが振り向くと、既に彼女の目はキラキラとなにかを期待するかのような眼差しを向けられていた。
「私、実は今の高校を卒業したらギルドに入ろうと思っているの」
「君が?」
「あ、また私の身長気にしたでしょ! 魔法に身長は関係なくて?」
「まぁ、そうだが……しかし、ご両親は心配するんじゃないのか?」
「私が女の子だから?」
「そうだ」
「いいわ、ハッキリ言ってくれる人は。そうね、普通ならそうかも。でも、私は孤児だから、心配してくれる両親なんかいないわ。それに分かってもらえると思うけど、孤児が生活援助してもらえるのは高校を卒業するまでの間まで。それ以降は自立しなきゃならない。私にはそれなりのお金が必要なの」
「金の為にギルドに入るのか?」
「あら、そういう人は少なくないでしょ?」
「そうだな、君の言う通りギルドに入れるのは卒業時点でそれなりの実力を必要とする。もし、推薦が貰えるならギルドに入っても問題ないだろう。だが、この仕事は短命だぞ。油断すれば死だ。それでも君はギルドに入ると言うのか」
「ギルドがどういうところかぐらい分かってるわ! 私には選択肢はないのよ」
「どうだろう、そうは思えないが」
「あなたは分からないからよ。あなた、男だもの。でも、親もいない女の子が高校を卒業して安定した職業に就くなんて簡単なことじゃないわ」
「学校の先生は君がギルドに入ると聞いたら止めると思うが」
「学校は最終的に私の説得に素直になったわ」
「なら、問題ないんじゃないのか? 君の成績は知らないが、推薦状は貰えるなら」
「ギルドはまだ私の登録に悩んでいるわ」
 そこまで聞いてマーズは確信した。あのギルドの老人が言っていた子というのは、この子のことだと。
 ならば、彼女との出会いは偶然ではなく、この女子高生に故意につくられたものになる。
(ああ、成る程。俺はこの子にまんまとハメられたわけか)
「それじゃ君が来年卒業する子か」
「やっぱり身長で私の歳をはかっていたわね」
「それで、声を掛けたのはギルドに俺の方から説得して欲しいってことか」
 女の子はニコッとした。
(全く……)
「悪いがそれなら他をあたってくれ」
「因みに2学期私の成績はオール5よ」
「オール5?」
「ええ、驚いた?」
(驚いたもんじゃない。オール5というより、実技の成績で5をとるのは難しいと言われている。それを5?)
「本当か?」
「ええ」
 マーズは少し考えてから、彼女の腕を掴み元きた道へ引き返した。
「えっ!? ちょっと!!」
 後ろで騒がしくしている女を無視して、マーズはギルドに戻った。



「バーリン」
 マーズが呼んだその名前は受け付けをする老人の名だった。
「マーズか。どうした?」
「引き受けよう。俺で良ければ弟子をとろう」
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