マーズと小さな弟子

アズ

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goblin

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 国立図書館には侵略者の色んな生態の骨格標本まで飾られ無料でそれらは鑑賞できた。とは言え、それに興味を示すものはほとんどいない。侵略者を研究する者か、それともギルドに登録した者ぐらいに限られてくるのではないのか。
 図鑑にも載っているように、侵略者と言っても様々な姿をしている。一見、動物に見える外見もあれば、気色の悪い姿をしているものなど。一つ言えることはとんでもない能力を備えていることだ。
 例えば、鳥のような骨格標本では実際にこの地上にいる鳥と大きな違いがあるわけではない。ポイニクスという鳥がそうだ。しかし、興味深いことに人間を食らう。周りを燃やしてしまうという点も普通の鳥とは言えない。また、侵略者ということもあって、宇宙からあれはやって来るのだ。無論、侵略者という生態系は宇宙船をつくり、この星へやってきたわけではない。そして、宇宙服を着ているわけでもない。つまりだ、人間にとって必要な酸素を必要としない。でなければ宇宙からやってきた説明がつかない。
 それを証明するかのように侵略者の血液は赤くなかった。大抵が青かったのだ。
 普通、血液が酸素を脳まで運ぶものだ。そういった私達の常識が通用しない。まさに、未知の生命体だ。
 不思議なことが沢山あって、だからこそ沢山知りたいと思う。
 それを周りはレイチェルを変人扱いした。
 レイチェル自身はそれをなんとも思わなかった。両親がいないレイチェルにとって孤独の方が長かった。
 レイチェルはまだ学生の身分。故に、卒業するまでは学業に専念するよう新しい師匠に言われた。勿論、専念しながらも私達の敵について知っておくようにとも言われた。
 当然の事であろう。敵を知らなければ戦いになった時に不利になるだろう。
 レイチェルは長い机の上に数冊開きっぱなしにしてノートにまとめる作業をしていた。一人独占しているかのように、図書館の利用者はごく少数だった。



◇◆◇◆◇



 真夜中の草原は不気味なくらい怖いと感じさせられる。討伐をやっている身分でありながら、そんなことで恐怖するものかと素人は思うかもしれないが、緊張感のない者程早死するものだ。
 夜の風が吹く。日中の風と違い夜の風は背筋をゾクゾクとさせる。それは冷たいだけではなかった。
 マーズは月の夜空を見上げた。すると、空中には逆さまに吊るされた屈強な男達の姿があった。足を空に向け、両手はぶら下げた状態で男達はマーズに気づくなり、彼に助けを求めた。
「おーい、助けてくれ。見ての通りこっちは見事にやられてしまった」
 名も知らない男の言う通り、5人が同じく吊るされ、他に無事な者は見当たらない。
(全く……こんな簡単な罠にひっかかるとは)
 彼らの足首に細い糸が絡まっているわけでもない。逆さまな状態でも、口が塞がれていない以上、呪文は唱えれる筈だ。自力で脱出できない理由がある。それは単純にこれが重力魔法トラップだからだ。
 仕掛けは地雷に近く、地面にトラップ魔法を仕掛けるものだ。
 トラップを踏んだものはあのような哀れな状態になる。
 魔法トラップの回避には僅かな魔力反応を見逃さないことだった。
 マーズは周囲に警戒した。
 厄介で強敵となる場合、相手はどんな姿をしているか? 牙を出し足の速そうな生き物か? 自分より遥かに大きく力もありそうな敵か? 自分より小さく、草原の中で隠れることができ、それでいて罠を仕掛けて獲物を狙う賢い奴か? だが、最も厄介なのは、敵が見えないことだ。
 今、まさにその状況にある。
 ある虫は周りの植物に同化して姿を消し外敵から身を守るということをする。それとは違うが、侵略者が似たことをしないとも限らない。
 実のところマーズはそれが実在することを知っている。知ってはいるが見たことはない。何故か? 見えないからだ。故に、似た経験をしたことがあると言えばいいか。
 しかし、見えないからといって触れられないとはならない。何故なら、相手は此方に干渉できる。触れることができる。でなければ、罠を仕掛けて餌を釣りのように吊り上げる必要はないのだ。人は餌だ。
 人間の味は果たして侵略者側からしてどんな感じなのだろう。美味いのだろうか? でなければ人間ばかり襲う理由が分からない。それとも、単純に人間を食った方が一回の食事で大量のエネルギーを摂取できるからなのだろうか。人間ってカロリー高いのか?
 マーズは息を深く吸った。
 それまでの雑念を捨て、呪文を唱えた。
 見えない敵に触れるには、敵が此方に触れられる前に適当に周囲を攻撃すること。当てずっぽうでは、持久戦に持ち込まれた時、此方が不利になることを念頭に、効率よくいこう。
 マーズの周囲は赤い炎が立ち上がる。
 すると、草原で悲鳴のような鳴き声が聞こえた。
 悲鳴は3つだ。敵が三体なら、今ので全て倒したことになるが…… 。
 すると、餌であり捕虜であり罠の役目であった人間一人の逆さまが解けて、マーズの炎の中へ落ちた。
「あああああ!!!」
 男の一人が燃えて悲鳴をあげている。
「おい、お前! なにやってる。早く魔法を解いてやれ。でなきゃ死んじまうだろ」
「断る。でなければ私が死ぬ」
「なんだと」
「相手は狡猾だ。それはお前達が見事に吊るされている状況から察せる。あれは此方の動揺を狙って魔法を解除させることが狙いだ。相手の狙いを知ってその通りにするわけにはいかない」
「薄情め! 鬼! 悪魔!」
「なんとでも呼べ。私はお前達を助けに来たわけじゃない。この辺りに出ると言われる侵略者を討伐しに来た。自分の命は自分で守ってくれ。私は自分の命が惜しい」
「なぁ、頼む。やめてくれ……」
 男がそう懇願したのも、次の想定を想像したからだろう。それは奇遇にもマーズときっと一致しただろう。
「今すぐやめろぉー!」
 男は叫び声を上げながらも、逆さまのまま炎の中へと落ちていった。



 結局、吊るされた全員が失われても、侵略者を倒せたのは三体だけだった。
 人間の焼け焦げたあととは別に小鬼の黒焦げた死体が残っていた。
 翌朝、マーズはギルドに報告し、遺体の埋葬をお願いした。
 バーリンが言うには、死んだ男達に家族はいないとのこと。全員独身だった。ギルドに所属している者で既婚者の方が珍しいぐらいだった。結婚すれば、命が惜しくなる。死と隣り合わせの仕事をしなくなるのは必然か。
 自分の子どもが生まれてくれば、その顔は見たいだろうし、その後の成長も見たくなるだろう。
 死んだ男達の葬儀はギルドの職員で行われることとなった。
 まだ、遺体があるだけマシだった。勿論、遺体にさせたのは自分だった。
 だが、この仕事に善はない。
 仲間意識もない。ただ、同業者というだけだ。
 バーリンもそのことぐらいは分かっている。むしろ、バーリンも現役時代はマーズ同様討伐をしていた。そんな彼だからこそ、マーズを責めたりしないし、誰もマーズを責めなかった。
 死ぬ直前、男がマーズに向かって鬼だ、悪魔だと言いつつも、どこかでは理解していた筈だ。自分が逆の立場ならマーズと同じ選択を選んだ筈だ。でなければ、自分が死ぬだけだ。
 この仕事は本当に血生臭い。よく、人が死ぬ。
 生きたいと思ってる奴程、この仕事には向いていない。
 一方で、生き延びた時に実感する「生」は、今までの何気ない自分には生きているという強い実感を与える。
 この矛盾したものに変化のない日常から刺激的なものを感じる者がいる。いわゆる、狂った奴だ。まともでなく正気でない。だが、腕は立つ。そいつはギルドにとっては価値があることになる。少しでも役に立つなら大歓迎だ。
 この仕事は常に人手不足だからだ。
 マーズはその点、狂ったわけでもなかった。
 マーズのような者はギルドでは珍しかった。
 だから、バーリンも彼に頼りたくなる。この道で少しでも長く生きていけるには、マーズのような元で弟子としてやっていくことだろう。
 ギルドにおいて師弟関係はほぼない。
 だが、これからは必要になっていくだろうとバーリンはバーリンなりに考えていた。



◇◆◇◆◇



 二週間後。
 マーズはバーリンに呼び出しを受けギルドに姿を現していた。
「お前を呼んだのはテーベのギルド支部が襲われ応援要請を受けたからだ。知っての通り人手不足もあってお前にも向かってもらいたい」
「被害は」
「ほぼ壊滅。それでも行ってくれ。放置するわけにもいかんだろ」
「テーベ支部か……」
「いい奴らだったがな、残念だ」
 テーベ支部は他のギルド支部と比べてあの支部だけ一風変わっていた。仲間意識、団結力があり、仲間が襲われれば助けに行く。正義感もあり、団体行動で討伐を行う。
 我々も、大物が相手の時はそうするが、普段からペアを組ませたりするテーベ支部程ではない。
 何度も言うが、血生臭いのがギルドだ。普通に働いては稼げない金を稼げてしまうのがこの仕事の魅力でもある。
 テーベは元軍人が多いから、上下関係も成立しているのかもしれない。大抵、チームリーダーは軍の元上官だったりする。
 マーズはその軍隊みたいなところが苦手だった。自由に行動したい連中はテーベ支部にいくのは避ける。しかし、テーベ支部にいればこの仕事も長生きできるかもしれない。そう前までは思っていたぐらいだが……仲間意識が仇になったのか?
 小鬼のように、ずる賢い知恵の回る奴もいる。そういうのが相手だと厄介だ。人を盾にしたりして動揺を誘う。まるで、人間みたいにだ。
「ああ、それとテーベの空に青い文字が浮かび上がった」
「敵側の王か」
「ああ、だろうな。もう何十年ぶりになるか」
「嫌な年になりそうだな」
「これからさ」
 バーリンの言う通りかもとマーズは思った。
「分かった」と簡単に返事をしたマーズはギルドを出て支度にとりかかった。



 このマーズがいる街はガニメデと呼ばれ、テーベまでは列車が走っている。それが最短で移動できる唯一の手段になる。
 ガニメデの中央にゴシック建築の駅があり、切符売り場の横にある有人の受け付けにマーズは向かった。
「仕事だ」
「拝見します」
 マーズは駅員にギルドから出るギルド証明書と身分証明書、任務証明書の3枚を提出した。
 駅員は全ての書類に問題がないか確認した後、マニュアル通りに切符を発行し、それと3枚の書類を一緒に渡してきた。
「任務証明書通り、テーベまでの往復切符です」
「ありがとう」
 マーズは全てを受け取った。
 ギルドの仕事であれば、切符代はかからない。自己負担が必要なくなる為、証明書は必要になる。その面倒くらいはしないと、切符代は自己負担となる。
 ガニメデからテーベまでは隣の駅であるが、その距離は東へ120キロ以上ある。往復で料金にして75枚の銀貨と45枚の銅貨が必要になる。因みに、銀貨より上の金貨は銀貨100枚分に当たる計算だ。
 ガニメデからテーベの間はなにもない。砂漠とかがあったりするぐらいで人間が生活しているような村や町はない筈だ。少なくともマーズは知らない。
 切符を手にしたマーズは列車に乗り込んだ。
 経費だから自由席で椅子は木製。リッチな席は列車が違い、指定席となる。
 列車のドアが閉まり、列車は走り出した。
 徐々にスピードを上げて、テーベへと向かった。
 時速100キロ以上出す列車は、テーベまで一時間とちょっとで到着する筈だ。
 その間、マーズは窓の外を眺めたりしたが、建物が見えるガニメデの風景がなくなると、殺風景が永遠に続いた。
 この列車のエネルギーは蒸気だが、当初と違い改良が何度も繰り返されている。通常の蒸気ではなにかあった時用に装甲列車と化した重い列車を走らせるにはエネルギーが不足していた。また、走行中に列車が故障することも恐れ、蒸気エネルギーは全て魔法による自動化された先頭車両に変えられ、運転手は無人化されてある。万が一の整備士が車両にいるが、ほとんどなにもしないでお給料を貰っている状態だ。昔は原子力列車となるものをつくろうとした時代もあったようだが、実用化に問題が生じて今のかたちとなっている。
 他には電気を発電させる魔法の自動化エンジン搭載の先頭車両を装備させた列車を実用化させたが、電気系統の不具合を連発させ、2年で破棄された。
 魔法が生み出す電気はコントロールが難しく、一定に出来ない課題があった。それでもなんとか実用化までの調整をされてきたがダメだったようだ。
 なんであれ、到着するなら問題ない。



◇◆◇◆◇



 そろそろかと、再びマーズは窓の外を見た。
 遠くにテーベの石造りの建物の街並みが小さく見えてきて、その上空には話しの通り青いルーン文字のような近い文字が浮かび上がっていた。
 あれは想像だが、侵略者達が使う文字ではないかと思う。過去にも一度、あれが浮かび上がったことがある。その文字が浮かび上がった街は最後滅んだが。ガニメデとテーベの中間にあった街で、今は砂漠になっている場所がそこだ。
 あの文字はまだ学者の間では解明が出来ていない。情報量が圧倒的に足りないからだ。
 徐々に街に近づく列車。
 襲撃をされたと聞いていたが、街はまだ無事のようだった。
 すると、駅員がマーズに近づいてきた。
「あの、大変申し上げにくいのですが、この列車をもし降りられるとしたら、次に列車が来るという約束は難しくなりそうです。それでも降りていかれますか?」
「ああ、放置はできない」
「畏まりました」
 駅員は一礼してその場を離れた。



 列車が駅に到着すると、駅には沢山の荷物を抱えたテーベの住人達で混雑していた。
 マーズが一人降りると、一斉に我先にと列車に押し込まれるように入っていった。
(全員が一度に列車に乗り込むのは無理だろうな……)
 マーズはそんなことを思いながら、駅を出た。
(さて、被害を受けた支部にとりあえず向かうか)
 地図は既に頭の中に入れておいたので、その記憶を頼りにマーズは支部へ向かって歩いた。



 テーベ支部は赤いレンガ造りの建物で、駅からは数キロ歩いた先にあった。
 その建物の二階から先が崩れており、屋根はなく剥き出しの状態になっていた。二階から先は駄目だなと目視で確認してから、周囲を見渡すと、それ以外の建物は不思議と無事だった。
(おかしいな……支部だけを狙ったのか?)
 過去にそのような攻撃のされた事実はなかった筈だと記憶が訴えた。
 意味が分からないなと警戒しながら、支部のドアが吹き飛んだ入口へ入っていった。
 中はすっかり黒焦げで、しかし、死体は見当たらない。
 すると、奥の方から一人の青年が現れた。茶髪のそばかす顔で背は180程度だ。
「誰だ」
「ガニメデ支部から来たマーズだ」
「マーズ!? あんたがか……良かった」
「良かったら名前を聞かせてくれないか」
「ああ、俺はトムだ」
「トム、状況を説明するんだ。まず、お前以外の人はどうなった」
「ああ、えーと……死んだよ。あ、でも生き残ったのもいたかも。 ……分からない」
(頼りない返答だな)
「トム、遺体はどうした? お前が移動させたのか?」
「違うよ。なくなっていたんだ」
「なくなってた? そんなわけないだろ。死人が出たら死体が残る筈だ」
「僕は支部がやられたと聞いて後からやって来たんだ。でも、確かに死人も出たと聞いたから」
「じゃあ、死体は見ていないんだな」
「ああ、見てない」
(紛らわしい答え方だ。こいつじゃない奴から話しを聞かなきゃ駄目だな)
「お前以外で生存者と話しがしたい」
「分からない」
「分からないとは知らないんだな」
 青年は頷いた。
 マーズは眉をピクリと動かした。
「テーベ支部の人間にしてはらしくないな。お前はなに者なんだ」
「なに者ってどういう意味?」
「お前のような弱々しい奴が討伐に加わること事態珍しい。いや、人手不足だしテーベ支部の内情を知るわけじゃないから、確信には程遠いが、それでも、テーベは団体で行動する支部だ。珍しいが。そんなテーベがお前みたいな足手まといを置いとくとは考えにくい。お前がいたらチームを危険にさらすからだ。どうだ?」
「なにを言ってるのかサッパリだよ!」
「どうだと言った意味が分かってないようだな。正体をあらわせって意味だ」
 すると、青年はうつむき、クスクスと不気味な笑いを起こした。
「ここにいる連中より頭がキレるな。何故分かった。お前はテーベ支部の内情を知らないんじゃなかったのか」
「分かった理由は二つある。一つは人を油断させる為に俺の前では弱さを演技で見せたことが仇となったことだ。むしろ、そんなやせ細った青年より屈強な男の方がまだマシだった」
「あと一つは?」
 青年はそう言いながら、気づかれないよう右手を後ろにやり、指先から鋭い爪を出した。
「お前、酷く臭うぞ」
 青年はピクリとした。
「ナメるなぁ!! 人間がぁ!!」
 突然飛び跳ね、同時に姿が消えた。
 だが、マーズは冷静に魔法で赤い閃光を放った。無詠唱でだ。
 閃光に胸を貫かれた怪物は透明化が解け、小鬼の姿のまま後ろへ倒れた。
「あの時逃した小鬼か」
 透明化だけでなく変人をして欺く、これだから小鬼は厄介なのだ。
「透明化は目の前でやったら意味がないぞ」
 多分、支部は小鬼にやられたのだろう。仲間意識から連中はそのスキを狙ってくる。人間の弱みだ。なら、最初から持たないようにするか、もっと強くなる必要がある。
 しかし、そうなると支部の破壊の説明がつかない。あの小鬼の仕業であるとは思えない自分がいた。
(まだ、他にいるな)
 マーズはとりあえず、状況を説明する為電話を探した。
 電話は早くに見つかり、それはまだ使えることが分かった。
 マーズはガニメデ支部に連絡した。
「こちらガニメデ支部。そちらは?」
 バーリンの声だった。
「マーズだ」
「ああ、マーズか。なら、無事着いたんだな」
「状況を説明する。テーベ支部は壊滅。あと、支部にいた小鬼を倒した」
「小鬼? 小鬼の仕業だったのか?」
「どうだろうな。もう少し調べてみる」
「気をつけろよ」
「ああ、分かった」
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