雨を降らす男

アズ

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 目が覚めれば、所詮は夢であると現実が教えてくれた。別に呼吸が出来なくなって死ぬわけではない。
 ただ、連続ドラマのように続いているのが異例というだけだ。
 そう言い聞かせながら、ベッドから起き上がると、嫌な汗をかいていた自分に気づいた。
 喉も渇いている。決して暑いからではない。部屋は冷房がきいていた。
 俺は部屋を出て洗面所へ向かい蛇口をひねった。自分のコップに半分以上水を注ぐと、それを一気に飲み干した。
 それから、洗面所の鏡を見て自分の顔を今日初めて見た。
 その顔に元気の欠片もなかった。



 今思えばテストの為に普段しない努力をするようになり、かなり疲れていたのだろう。いかに、自分が勉強に対しアレルギーを持っていたのか。
 そもそも、自分は何の為に大学へ行こうとしているのか、自分のことなのに分からないでいた。
 皆が当たり前のように高校へ行くように、皆が当たり前のように大学を周りが選択する中で、自分は周りとは違った選択肢を選ぶことが出来なくなっていた。多分、大学はその先の就職を考えてのことだった。
 でも、そんな理由で大学へ行きたいと言えば、大学の先生方は不機嫌になるだろう。大学はその為にあるのではない。真面目な顔をして、いや、怒った顔をして言うに違いない。
 ただ、不真面目な理由以外に自分が大学を選ぶ理由が思いつかなかった。
 せめて、自分の夢がしっかりしていれば違っていたかもしれない。
 なりたい自分がなかった。それは意外にも不便だと気づいた。
 それは空気のようなものだ。
 自分は周りに流されてきた。そして、それは今もそれでいいと思っていた。無色透明。とりあえず正社員になれて、出来ればブラックでないところで長く勤められればそれで良かった。安泰あんたいであれば良かった。
 リスクは嫌いだ。だから、ギャンブルも好きではない。
 ギャンブルで破滅する人を見ると、何故、そこまで熱中できるのか自分には分からなかった。
 冒険をしない。だから、俺はずっと内向きだった。友達もろくに出来ず、恋愛も経験してこなかった。
 俺は酷い臆病だった。なにかをミスすることを酷く恐れていた。
 転ぶことを嫌った。だって、痛いのは嫌だからだ。
 つまらない人間だった。
 今、俺が見ているのは、鏡に映るそんな自分だった。
 でも、そんな自分が心底嫌いかと言えば違った。
 でなければ、俺はとっととこんな人生をお終いにしていただろう。
 だが、いいこともある。ギャンブルが嫌いなら、それが原因で破滅することはない。恋愛トラブルで悩むこともない。自分の時間が確保できる。悪いことばかりではない。安泰を求めて何が悪い? つまらない人間サイコー! ……ちょっと自分が惨めに感じた。



◇◆◇◆◇



 最近になって、親は本気で介護の道を目指しているのだと気づいた。
 あれは本気にしていなかった。だって介護だ。いくらなんでもキツい仕事なのは間違いない。簡単に選択できる職業ではないだろう。
 しかし、親は来年から仕事をしながら資格を取得する方法をネットで調べていた。
 昔はそれこそ、そこそこ名の知れた企業で働いていたらしい。営業ではあったが、お給料はそれなりに貰えていたが、俺を妊娠してから、母はその会社を退職した。
 正直、母には訊けなかったのだが、本当は続けたかったんじゃないのか? もし、妊娠さえしなければ、今の給料のところで働く必要もなかったのだ。母は努力家だ。前のところに就職できるまで頑張ってきた筈だ。就職が決まり喜んだ筈だ。なのに、俺ができて簡単に手放した。でも、実際はどうだったのだろう? 俺は怖くて訊けなかった。
 そう考えると、今の自分は情けないと思う。親孝行の為にも、俺は母の分か、それ以上を成し遂げなきゃいけないんだろう。
 俺の勉強に拍車がかかった。



 とは言え、夏は嫌いだ。暑いからだ。そう言うと冬も嫌いなんでしょ? と訊かれる。勿論、寒いから嫌いだ。
 最近は地球温暖化で気温が上昇し、右肩上がり。
 因みに、自分の成績は今年にきて緩やかに右肩上がり。
 良い傾向だ。なのに、夢の中では俺はまだ雲の中にいた。宇宙に飛ばされてないだけマシと考えれば、今の状況になんとか踏みとどまっているという暗示なのか? 未だ、あの夢は謎だ。
 いっそのこと、宇宙旅行も悪くないだろう。
 親も最近は、俺が勉強を頑張っている姿を見て、あまり小言を言わなくなった。
 ただ、弟達はむしろ俺を見てやけに心配そうな顔をした。何故、そんな顔をするのか分からなかった。そんなに、俺が勉強を頑張っているのが不思議なのか。
 だが、それは俺の勘違いだった。弟達が見ていたのは、俺の躰の方だった。
「少しは食べろよ」
 確かに、俺は痩身そうしんだった。そんなに食べる体質ではなかったのだが、珍しく弟達がそう言ったのだ。
「あゝ」
 俺はその時、そう適当に返事をして勉強に戻っていった。
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