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05 仮面の下
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扉が目の前にある。扉の前には看板がある。野球部、テニス部、サッカー部、陸上部……どの看板の扉を選ぶかは自由だ。扉を選んだらその中に入る。入るのは新入生だ。ピカピカの制服に鞄を持っている。初めての部活でワクワクと不安でいっぱいだ。最初の入り口は見学だ。大抵、見学の入り口でほとんどの新入生は次に進む扉を決めている。扉の先にはもう一つの扉だ。仮入部の扉。扉を叩き中に入る。ここまでは誰でも自由に行き来が許される。そこで初めて部則について先輩から教わる。校則があるように部活動にもルールが存在した。この先の扉へ入るには事前に言い渡された指示(命令)に従ってから中に入る。ズルは無しだ。服を脱げと言われたら疑わず従え。実際、服は脱がない。野球部なら、入部と同時に坊主になるように、例えば女子にも男のように髪を短くさせられる。誰が決めたことなのか、それを知る者はいない。これは慣例だ。度々この部活動のあり方が問題視される。しかし、そうと分かっておきながらいつまでも続いているのが現状だ。これは単に時代遅れとかではなく、学校と世間との間に壁があり、それによって齟齬が生じている。例えばジェンダー平等。学校の制服は未だに女子はスカートのままだ。少しずつだが、その制服も選択が可能になった学校も出てきたが、それは全てではなかった。
自分らしさをなくさなければ部活に入れないのか? 勉強は出来ないのか? それはいつからそうなってしまったのか?
小さな子どもは性別を意識しなかった。恥らいもなく男女が裸となって遊び、そこに男も女もなかった。風呂も一緒に入り、ありのままを受け入れた。だが、成長するにつれ性別を意識し、違いに着目し、気づけば男らしさ、女らしさの仮面を俺達は知らず知らずに付けていた。そして、それは中々外れない。たまに、体が女で仮面が男だったら、一生その人は苦しみ続けるだろう。世の中が広くありのままを受け入れられる社会となるにはまだ道のりは遠そうだった。
泣きながら髪の短い女子が床屋から出てくるのを横目で見ながら俺はその場を通り過ぎた。この時期がきたか。嫌な時期だと思いながら自分の頭に手を当てる。陸上部は厳しいルールはなかった。サッパリしたスポーツ刈りの黒髪になった俺は数日前に切ってきたばかりだ。俺は二年生になり、後輩が出来た。陸上部では男女比率で言えば男7割女3割と男子が多い部活だった。特に俺の学年の女子が一番少なかった。今年の一年は驚いたことに男女が逆転し女子が多かった。男子はむしろテニスがより多くなった。女子でもテニスはそれなりに人気だったが、部員が多いわりにコートに限りがある為に一年生の一年間は球拾いと筋トレばかりの練習メニューになる。それが嫌で他の部活動に回る子が今年は多かった。吹奏楽部の男女比率は女子が圧倒的だったが、徐々に男子の数が増えている。
変わるものもあれば変わらないものもある。更に言えば変わるべきものもある。二年生が三年生になり、少しは受験に集中するかと思ったが、どうやら人はそう簡単には変われないらしい。問題児は不登校になり、学校には姿を現さなくなった。一方で、学校に来ている問題児は後輩虐めがより深刻となった。自分達より上がなくなったことでより自由で凶暴性が増した。ドアの奥で待ち構えていたのは恐ろしい三年という怪物だった。かわいい一年を舐めるように見ながら生意気そうな奴から見せしめに徹底的に虐める。さっき泣いていた女子はバスケ部の子だろう。女子の部活動であそこまで頭髪にうるさいのはうちの学校ではバスケ部だけだ。そして、顧問がそれを指示しているわけではない。先輩達がそうしている。その先輩達というのが佐藤に散々絡んできた例の連中だ。阿部も一緒にいたが、あの事件を起こして以来どうなったか誰も知らない。噂をすること事態、教師が禁じていた。
今のバスケ部の部長は高橋という女子の中では高身長に恵まれた実力のある三年。そして、女子達の中ではリーダーだった。
さて、災いでしかないそいつらが問題を起こさず一年を無事過ごせるわけもいかず、暫くして事件が起こった。
事件の発覚はクラスの学級委員長になった橘桜が俺に近づき相談されたところから始まる。
因みに、学年が変わる時にクラスメイトの入れ替えが行われ、橘は俺と同じクラスになり、佐藤は別のクラスになった。
「生徒会長になった時、公約には入れなかったけど意見箱を作ったの。生徒達の意見が反映出来るように。毎月、その意見箱を確認するんだけど、大抵は空。たまにゴミが入れられることもあるんだけど」
その犯人はおそらく今の三年だろう。未だ、橘桜が生徒会長であることに腹を立てているんだろう。
「さっき確認したらこんなのが入っていて」
それはノート1頁を二つ折りされたもので、俺はそれを受け取ると中を広げた。
私は部活で虐めを受けています。どうしたらいいか分かりません。
細い字でそう書かれてあった。
「女子の字っぽいな」
「そう思うよね」
「となると部活動はおそらくバスケだな」
それ以上は言わなかったが、犯人はもう分かったようなものだ。
「どうしたらいいかな? 先生に言うべきだよね?」
「待て待て。先生に言えたなら最初からそうしてただろう。これはお前に向けた相談だ。もし、これで先生に言えば、虐められた子がチクったようなもんだろう。その子はより虐めを受けることになる」
虐めをした当人は裁かれることなく、被害者は自殺をし、学校は加害者を守ろうとする。虐めに対し真面目に向き合う学校もあれば、そうじゃない学校もある。この場合の最善は、虐められた子を守ることだ。
「俺達で誰が虐められているか探ろう。二年のバスケ部なら知っているだろう」
二年は三年と仲が悪い。二年が三年の側に立つことはないだろう。むしろ、協力的になるだろう。
「そのあとは?」
「その子と接触する。ちゃんと話さないと分からないしどう守ればいいのかも分からないからな」
予想通り、二年のバスケ部員は協力的だった。あっさりと犯人とターゲットにされている子を教えてくれた。二年生の部員によれば、挨拶が小さかったという理由でターゲットにされたんじゃないかとの事だ。それ以来、バスケットボールをその子に思いっきり当てたり、ミニゲームでわざと体当たりしたり、部活終わりに一年の前で怒鳴りつけたりしていたそうで、あまりにも目に余る行為だったので二年全員で顧問に相談にいき、それ以来は虐めは減ったと言う。ただ、まだ被害が続いているところを見ると、隠れてやっている可能性は十分にあるだろう。
また、俺の中でエンジンがかかる音がする。
部活動の終わりに俺は公園のベンチに座って、その虐められている子を待った。すると、現れたのはその子ではなく佐藤だった。
「キシ君、また人助け?」
佐藤にはこの事を話した覚えはない。生徒会長が佐藤に言うだろうか? となると勘が見事に的中したといったところか。
「キシ君は優しいね。色んな人を助けて。でも、ちょっと心配かな。刃物を持った男とやり合ったって聞いた時は本気!? って驚いたよ」
俺は笑った。
「あんなことはしょっちゅうじゃないから」
「知ってる。でも、心配だよ。だから、あまり無理しないでね」
「お前もな」
「え?」
「お前も相談したくなったら抱え込むんじゃなくてちゃんと相談しろよ」
「ずるいよ、キシ君は」
俺は首を傾げた。何がずるいんだ? だが、佐藤は手を振って「じゃ」と言って帰っていった。佐藤の去り際の顔は少し赤く、それを隠すように急いでいた。
「まさか」
俺は呟いた。
夕日が強くなり、眩しく感じた。綺麗な夕焼けだ。ああ、きっとあれは夕焼けだ。
すると、目的の一年生が現れた。俺は立ち上がり、その子に近づいた。
「やぁ」
「え……」
「悪いな。事情があって待ち伏せてた。意見箱にこれを入れたのはあんたで間違いないだろ?」
俺は生徒会長から受け取った紙を見せる。
「どうして……」
その一年生は泣きながら床屋から出てきた子だった。背はバスケ部にしてはやや小さい方だった。
その子は突然俺から逃げるように走りだした。でも、俺はその子の腕を掴み離さなかった。
「離して下さい」
「悪かった。離すから逃げないでくれ」
俺はそう言って掴んでいた手を離した。自由になったその子は逃げず立ち止まっているが、顔は合わせなかった。
「俺が男だったから嫌だったのか? 女子じゃなきゃ駄目なら、生徒会長にそう言うよ。俺はもう2度とあんたに近づかない」
その子、中村は暫く黙り込んでいた。考えてる。俺は彼女が答えるのを待った。
「ごめんなさい、突然逃げて……」
「俺で大丈夫なのか?」
「どうしてあなたが?」
「ああ、それはそうだな……生徒会長に信用されてるからかな?」
「そうなんですか?」
「疑ってる?」
「いえ、そうじゃありません。すいません」
「いや、いいんだ。俺もよく分からないんだ。最近は相手にしてくれるようになったんだが、まだ生徒会長のことよく分からないんだ。あの人は気難しい」
最初なんて沈黙だったからな。
すると、中村はクスッと笑った。
え? どうして笑われた?
「私を待っていたんですか?」
「え? ……ああ、そうだ。学校で会うわけにはいかないからな。君もその方が良かっただろ?」
中村は返事をした。
「それで、虐めはまだ続いているの?」
中村は頷いた。
「どんな虐め?」
中村は受けた虐めを時系列に説明した。被害者はいつまでも被害を覚えているし、忘れられないものだ。だからこそ明確に答えられる。だが、虐めは思ったより深刻だった。
中村は部長の高橋を中心に服を無理やり脱がされ裸の写真を撮られていた。チクったらこれをネットに流す。そう先輩達に言われて。
今ではネットは中学生でも当たり前の存在だ。そして、昔より残酷だ。
もし、連中のスマホを破壊したところで、データを別で保管していたら連中はそれをネットに流すだろう。
三年の怪物は一年生を本当に裸にし食い物にしようとした。
因果応報論的に考えればその三年を拉致って裸にし同じように写真を撮って同じ脅しをかけ、中村の写真のデータを消させる。だが、俺はそのやり方は嫌いだ。因果応報は正義ではない。大人なら冷静に弁護士や警察に相談するだろう。連中の脅しに従っているうちは奴らの思うつぼなのだ。
「この問題だが、やはり大人に相談すべきだ。特に君の親には。あとは大人達に任せよう。君だってこのままではいられないだろう。親に話せないなら、相談窓口に電話するとかもあるけどどうする?」
「うん……やっぱりそうだよね」
「一緒に行こうか?」
「ううん。大丈夫です。私一人で大丈夫です」
「本当に?」
「はい。どうしたらいいのか分からなかっただけです。でも、これではっきりしました。ありがとうございます」
「ああ……」
俺はどこか腑に落ちなかった。
それでも、彼女は一人自分の家に向かった。俺はそこで別れた。俺は自分の家へ。
家の電話が鳴ったのは帰った丁度だった。受話器を取り電話に出る。
「もしもし」
「あ、キシか」
「ん? 高田か」
「お前、また何か面倒事に首突っ込んでたりしてないか?」
お前からはそう見えてたのか。
「何で知ってるんだ?」
「やっぱりか。なら、三年がお前が何か勘づいたのも知ってるか?」
「いや、詳しく教えてくれ」
「バスケ部の女子と接触しただろ? お前は三年にマークされてんだ。佐藤の件でお前はかなり抵抗したからブラックリスト入りしてたんだ。因みに俺もな」
「無駄な情報ありがとよ。俺もう行くよ」
「待てよ」
「何だよ、急いでんだ」
「分かってるよ。だから、もう一つ情報だ。その子の住所は」
そう言って高田は中村の家を教えた。
「何で知ってるんだ?」
「二年のバスケ部がその子をシメるって言っていたのを聞いたんだとよ。それで、お前に伝えてくれって」
「何で俺なんだ?」
先生でも言いだろ。
「何言ってるんだ? お前しかいないだろ」
「分かったよ。ああ、それとお前に頼みたいことがある」
「いいぜ。聞いてやる。言ってみろ」
俺は全速力で家を出た。いつも全力。その力は何故か自分に対しては本気になれない。テストも、それ以外も。何でだろうか。あの時とまるで似ている。去年も走った。また、俺は走ってる。
夕焼けはまだある。外灯は既に明かりがつき、歩道には高校生の帰りとすれ違う。一般自動車が徐々に混雑し始める。駅近くの踏切の交差点はいつも渋滞で改善する兆しがない。昔からああだ。アスファルトは所々ボコボコして走りにくい。さっき聞いた住所は頭に入っており、ナビ無くても道は分かった。中村の家はマンション。それが見えてくると、その屋上に人影が見える。太陽で眩しいが、一人じゃない。俺は舌打ちした。自分に対して、あとクソ野郎に対して。あの一年を一人にすべきじゃなかった。そうだ。あの一年の顔は死にそうな顔だった。思い悩んでいたからではない。自殺を考え、でもまだ迷っていた。あの子は死ぬ気だ。
俺は何をやってるんだ。
マンションに入るとエレベーターのボタンを連打した。だが、二つあるエレベーターの二つとも上の階でゆったりしていた。面倒だ! 俺は階段へ向かい走った。エレベーターを待った方が結果的にそっちの方が速かったとかそんなの考えてる余裕はない。もう、俺の足は止まってはいられない。走るしかない。走れ! 息を切らそうと、猛スピードで駆け上る。まだか、まだか。階数の数字が増えていくのを見ながら、上を目指した。
結果、エレベーターより俺が速かった。エレベーターはまだ途中の階につかまっていた。
屋上に出るなり俺は中村と、バスケはブサイク連中を見た。
三年は俺を見て舌打ちした。部長の手にはカメラがあった。それなりに値のしそうなものだ。メーカーはよく分からない。そんなに詳しくない。そんなことより。
「てめぇら何やってんだぁ!!」
もう、女だからとか関係ない。こいつらをぶん殴って分からせないと駄目だ。俺が突っ走ろうとした直前「やめて!」と中村が叫んだ。
「もう、いいんです。私、死にます。もう、生きたくないんです」
「ほら、とっとと死ねよ。お前が死ぬところ、カメラに残してやるからよ」
カメラ……去年を思い出す。なんで金もない中学生がそんな物手に入れられるんだ?
「ふざけんな!」
「何やってる!」
ふと、知らない声が入り俺は振り返る。そこには大人の男性が立っていた。
「何で……」
高橋は驚いていた。
男は高橋に近づくと、そいつの頬をぶった。いい音が空に響き渡り、カメラを奪うとそれを投げた。カメラは勢いよく叩きつけられ破損した。
「お前、自分が何やってるのか分かってるのか!」
「なんでいるんだよ……」
また男は頬をぶった。
高橋の両頬は真っ赤になり、目には涙が溜まっていた。
「どうやら、俺は父親失格のようだ。お前をこんな子どもにしてしまった」
男はそう言うと、中村の目の前で土下座をした。
「馬鹿な娘にかわって謝る。本当に申し訳ない」
中学生相手に土下座する父親を見て、他の女子達は言葉を失った。
高田に俺が頼んだのは、高橋の家に電話をかけるように言ったことだが、こんなに早く来るとは思わなかった。
中村は足がすくみ、膝をついた。中村は泣いていた。
「本当に申し訳無い」
高橋が撮影した写真のデータは母親の目の前で削除され、高橋と両親は中村家で改めて謝罪した。問題の部長は転校し、他の問題を起こした部員はレギュラーから外された。
高橋が持っていたカメラは父親のものを勝手に持ち出していたのが後から分かった。
中村は画像のデータが削除され一段落しただろうが、心の傷はそう簡単には癒えないだろう。
俺は高橋の父親からあの後感謝された。娘を殺人犯にせずに済んだ。今後はちゃんと娘と向き合うつもりだ。この言葉を俺は信じることにした。結果的には高橋はあのまま大人にならずに良かったと思う。結果論ではあるが。しかし、世の中高橋のようにはいかない。あいつは父親に恵まれていた。普通はそうはいかない。そして、何も咎められることなく成長し、より恐ろしい大人へとなっていたかと思うとゾッとする。俺達はそいつらと同じ社会で一緒にいることになる。仮面を被った怪物の正体を暴くのは容易ではない。 ……そう、容易ではない。
自分らしさをなくさなければ部活に入れないのか? 勉強は出来ないのか? それはいつからそうなってしまったのか?
小さな子どもは性別を意識しなかった。恥らいもなく男女が裸となって遊び、そこに男も女もなかった。風呂も一緒に入り、ありのままを受け入れた。だが、成長するにつれ性別を意識し、違いに着目し、気づけば男らしさ、女らしさの仮面を俺達は知らず知らずに付けていた。そして、それは中々外れない。たまに、体が女で仮面が男だったら、一生その人は苦しみ続けるだろう。世の中が広くありのままを受け入れられる社会となるにはまだ道のりは遠そうだった。
泣きながら髪の短い女子が床屋から出てくるのを横目で見ながら俺はその場を通り過ぎた。この時期がきたか。嫌な時期だと思いながら自分の頭に手を当てる。陸上部は厳しいルールはなかった。サッパリしたスポーツ刈りの黒髪になった俺は数日前に切ってきたばかりだ。俺は二年生になり、後輩が出来た。陸上部では男女比率で言えば男7割女3割と男子が多い部活だった。特に俺の学年の女子が一番少なかった。今年の一年は驚いたことに男女が逆転し女子が多かった。男子はむしろテニスがより多くなった。女子でもテニスはそれなりに人気だったが、部員が多いわりにコートに限りがある為に一年生の一年間は球拾いと筋トレばかりの練習メニューになる。それが嫌で他の部活動に回る子が今年は多かった。吹奏楽部の男女比率は女子が圧倒的だったが、徐々に男子の数が増えている。
変わるものもあれば変わらないものもある。更に言えば変わるべきものもある。二年生が三年生になり、少しは受験に集中するかと思ったが、どうやら人はそう簡単には変われないらしい。問題児は不登校になり、学校には姿を現さなくなった。一方で、学校に来ている問題児は後輩虐めがより深刻となった。自分達より上がなくなったことでより自由で凶暴性が増した。ドアの奥で待ち構えていたのは恐ろしい三年という怪物だった。かわいい一年を舐めるように見ながら生意気そうな奴から見せしめに徹底的に虐める。さっき泣いていた女子はバスケ部の子だろう。女子の部活動であそこまで頭髪にうるさいのはうちの学校ではバスケ部だけだ。そして、顧問がそれを指示しているわけではない。先輩達がそうしている。その先輩達というのが佐藤に散々絡んできた例の連中だ。阿部も一緒にいたが、あの事件を起こして以来どうなったか誰も知らない。噂をすること事態、教師が禁じていた。
今のバスケ部の部長は高橋という女子の中では高身長に恵まれた実力のある三年。そして、女子達の中ではリーダーだった。
さて、災いでしかないそいつらが問題を起こさず一年を無事過ごせるわけもいかず、暫くして事件が起こった。
事件の発覚はクラスの学級委員長になった橘桜が俺に近づき相談されたところから始まる。
因みに、学年が変わる時にクラスメイトの入れ替えが行われ、橘は俺と同じクラスになり、佐藤は別のクラスになった。
「生徒会長になった時、公約には入れなかったけど意見箱を作ったの。生徒達の意見が反映出来るように。毎月、その意見箱を確認するんだけど、大抵は空。たまにゴミが入れられることもあるんだけど」
その犯人はおそらく今の三年だろう。未だ、橘桜が生徒会長であることに腹を立てているんだろう。
「さっき確認したらこんなのが入っていて」
それはノート1頁を二つ折りされたもので、俺はそれを受け取ると中を広げた。
私は部活で虐めを受けています。どうしたらいいか分かりません。
細い字でそう書かれてあった。
「女子の字っぽいな」
「そう思うよね」
「となると部活動はおそらくバスケだな」
それ以上は言わなかったが、犯人はもう分かったようなものだ。
「どうしたらいいかな? 先生に言うべきだよね?」
「待て待て。先生に言えたなら最初からそうしてただろう。これはお前に向けた相談だ。もし、これで先生に言えば、虐められた子がチクったようなもんだろう。その子はより虐めを受けることになる」
虐めをした当人は裁かれることなく、被害者は自殺をし、学校は加害者を守ろうとする。虐めに対し真面目に向き合う学校もあれば、そうじゃない学校もある。この場合の最善は、虐められた子を守ることだ。
「俺達で誰が虐められているか探ろう。二年のバスケ部なら知っているだろう」
二年は三年と仲が悪い。二年が三年の側に立つことはないだろう。むしろ、協力的になるだろう。
「そのあとは?」
「その子と接触する。ちゃんと話さないと分からないしどう守ればいいのかも分からないからな」
予想通り、二年のバスケ部員は協力的だった。あっさりと犯人とターゲットにされている子を教えてくれた。二年生の部員によれば、挨拶が小さかったという理由でターゲットにされたんじゃないかとの事だ。それ以来、バスケットボールをその子に思いっきり当てたり、ミニゲームでわざと体当たりしたり、部活終わりに一年の前で怒鳴りつけたりしていたそうで、あまりにも目に余る行為だったので二年全員で顧問に相談にいき、それ以来は虐めは減ったと言う。ただ、まだ被害が続いているところを見ると、隠れてやっている可能性は十分にあるだろう。
また、俺の中でエンジンがかかる音がする。
部活動の終わりに俺は公園のベンチに座って、その虐められている子を待った。すると、現れたのはその子ではなく佐藤だった。
「キシ君、また人助け?」
佐藤にはこの事を話した覚えはない。生徒会長が佐藤に言うだろうか? となると勘が見事に的中したといったところか。
「キシ君は優しいね。色んな人を助けて。でも、ちょっと心配かな。刃物を持った男とやり合ったって聞いた時は本気!? って驚いたよ」
俺は笑った。
「あんなことはしょっちゅうじゃないから」
「知ってる。でも、心配だよ。だから、あまり無理しないでね」
「お前もな」
「え?」
「お前も相談したくなったら抱え込むんじゃなくてちゃんと相談しろよ」
「ずるいよ、キシ君は」
俺は首を傾げた。何がずるいんだ? だが、佐藤は手を振って「じゃ」と言って帰っていった。佐藤の去り際の顔は少し赤く、それを隠すように急いでいた。
「まさか」
俺は呟いた。
夕日が強くなり、眩しく感じた。綺麗な夕焼けだ。ああ、きっとあれは夕焼けだ。
すると、目的の一年生が現れた。俺は立ち上がり、その子に近づいた。
「やぁ」
「え……」
「悪いな。事情があって待ち伏せてた。意見箱にこれを入れたのはあんたで間違いないだろ?」
俺は生徒会長から受け取った紙を見せる。
「どうして……」
その一年生は泣きながら床屋から出てきた子だった。背はバスケ部にしてはやや小さい方だった。
その子は突然俺から逃げるように走りだした。でも、俺はその子の腕を掴み離さなかった。
「離して下さい」
「悪かった。離すから逃げないでくれ」
俺はそう言って掴んでいた手を離した。自由になったその子は逃げず立ち止まっているが、顔は合わせなかった。
「俺が男だったから嫌だったのか? 女子じゃなきゃ駄目なら、生徒会長にそう言うよ。俺はもう2度とあんたに近づかない」
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「ごめんなさい、突然逃げて……」
「俺で大丈夫なのか?」
「どうしてあなたが?」
「ああ、それはそうだな……生徒会長に信用されてるからかな?」
「そうなんですか?」
「疑ってる?」
「いえ、そうじゃありません。すいません」
「いや、いいんだ。俺もよく分からないんだ。最近は相手にしてくれるようになったんだが、まだ生徒会長のことよく分からないんだ。あの人は気難しい」
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え? どうして笑われた?
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「え? ……ああ、そうだ。学校で会うわけにはいかないからな。君もその方が良かっただろ?」
中村は返事をした。
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中村は頷いた。
「どんな虐め?」
中村は受けた虐めを時系列に説明した。被害者はいつまでも被害を覚えているし、忘れられないものだ。だからこそ明確に答えられる。だが、虐めは思ったより深刻だった。
中村は部長の高橋を中心に服を無理やり脱がされ裸の写真を撮られていた。チクったらこれをネットに流す。そう先輩達に言われて。
今ではネットは中学生でも当たり前の存在だ。そして、昔より残酷だ。
もし、連中のスマホを破壊したところで、データを別で保管していたら連中はそれをネットに流すだろう。
三年の怪物は一年生を本当に裸にし食い物にしようとした。
因果応報論的に考えればその三年を拉致って裸にし同じように写真を撮って同じ脅しをかけ、中村の写真のデータを消させる。だが、俺はそのやり方は嫌いだ。因果応報は正義ではない。大人なら冷静に弁護士や警察に相談するだろう。連中の脅しに従っているうちは奴らの思うつぼなのだ。
「この問題だが、やはり大人に相談すべきだ。特に君の親には。あとは大人達に任せよう。君だってこのままではいられないだろう。親に話せないなら、相談窓口に電話するとかもあるけどどうする?」
「うん……やっぱりそうだよね」
「一緒に行こうか?」
「ううん。大丈夫です。私一人で大丈夫です」
「本当に?」
「はい。どうしたらいいのか分からなかっただけです。でも、これではっきりしました。ありがとうございます」
「ああ……」
俺はどこか腑に落ちなかった。
それでも、彼女は一人自分の家に向かった。俺はそこで別れた。俺は自分の家へ。
家の電話が鳴ったのは帰った丁度だった。受話器を取り電話に出る。
「もしもし」
「あ、キシか」
「ん? 高田か」
「お前、また何か面倒事に首突っ込んでたりしてないか?」
お前からはそう見えてたのか。
「何で知ってるんだ?」
「やっぱりか。なら、三年がお前が何か勘づいたのも知ってるか?」
「いや、詳しく教えてくれ」
「バスケ部の女子と接触しただろ? お前は三年にマークされてんだ。佐藤の件でお前はかなり抵抗したからブラックリスト入りしてたんだ。因みに俺もな」
「無駄な情報ありがとよ。俺もう行くよ」
「待てよ」
「何だよ、急いでんだ」
「分かってるよ。だから、もう一つ情報だ。その子の住所は」
そう言って高田は中村の家を教えた。
「何で知ってるんだ?」
「二年のバスケ部がその子をシメるって言っていたのを聞いたんだとよ。それで、お前に伝えてくれって」
「何で俺なんだ?」
先生でも言いだろ。
「何言ってるんだ? お前しかいないだろ」
「分かったよ。ああ、それとお前に頼みたいことがある」
「いいぜ。聞いてやる。言ってみろ」
俺は全速力で家を出た。いつも全力。その力は何故か自分に対しては本気になれない。テストも、それ以外も。何でだろうか。あの時とまるで似ている。去年も走った。また、俺は走ってる。
夕焼けはまだある。外灯は既に明かりがつき、歩道には高校生の帰りとすれ違う。一般自動車が徐々に混雑し始める。駅近くの踏切の交差点はいつも渋滞で改善する兆しがない。昔からああだ。アスファルトは所々ボコボコして走りにくい。さっき聞いた住所は頭に入っており、ナビ無くても道は分かった。中村の家はマンション。それが見えてくると、その屋上に人影が見える。太陽で眩しいが、一人じゃない。俺は舌打ちした。自分に対して、あとクソ野郎に対して。あの一年を一人にすべきじゃなかった。そうだ。あの一年の顔は死にそうな顔だった。思い悩んでいたからではない。自殺を考え、でもまだ迷っていた。あの子は死ぬ気だ。
俺は何をやってるんだ。
マンションに入るとエレベーターのボタンを連打した。だが、二つあるエレベーターの二つとも上の階でゆったりしていた。面倒だ! 俺は階段へ向かい走った。エレベーターを待った方が結果的にそっちの方が速かったとかそんなの考えてる余裕はない。もう、俺の足は止まってはいられない。走るしかない。走れ! 息を切らそうと、猛スピードで駆け上る。まだか、まだか。階数の数字が増えていくのを見ながら、上を目指した。
結果、エレベーターより俺が速かった。エレベーターはまだ途中の階につかまっていた。
屋上に出るなり俺は中村と、バスケはブサイク連中を見た。
三年は俺を見て舌打ちした。部長の手にはカメラがあった。それなりに値のしそうなものだ。メーカーはよく分からない。そんなに詳しくない。そんなことより。
「てめぇら何やってんだぁ!!」
もう、女だからとか関係ない。こいつらをぶん殴って分からせないと駄目だ。俺が突っ走ろうとした直前「やめて!」と中村が叫んだ。
「もう、いいんです。私、死にます。もう、生きたくないんです」
「ほら、とっとと死ねよ。お前が死ぬところ、カメラに残してやるからよ」
カメラ……去年を思い出す。なんで金もない中学生がそんな物手に入れられるんだ?
「ふざけんな!」
「何やってる!」
ふと、知らない声が入り俺は振り返る。そこには大人の男性が立っていた。
「何で……」
高橋は驚いていた。
男は高橋に近づくと、そいつの頬をぶった。いい音が空に響き渡り、カメラを奪うとそれを投げた。カメラは勢いよく叩きつけられ破損した。
「お前、自分が何やってるのか分かってるのか!」
「なんでいるんだよ……」
また男は頬をぶった。
高橋の両頬は真っ赤になり、目には涙が溜まっていた。
「どうやら、俺は父親失格のようだ。お前をこんな子どもにしてしまった」
男はそう言うと、中村の目の前で土下座をした。
「馬鹿な娘にかわって謝る。本当に申し訳ない」
中学生相手に土下座する父親を見て、他の女子達は言葉を失った。
高田に俺が頼んだのは、高橋の家に電話をかけるように言ったことだが、こんなに早く来るとは思わなかった。
中村は足がすくみ、膝をついた。中村は泣いていた。
「本当に申し訳無い」
高橋が撮影した写真のデータは母親の目の前で削除され、高橋と両親は中村家で改めて謝罪した。問題の部長は転校し、他の問題を起こした部員はレギュラーから外された。
高橋が持っていたカメラは父親のものを勝手に持ち出していたのが後から分かった。
中村は画像のデータが削除され一段落しただろうが、心の傷はそう簡単には癒えないだろう。
俺は高橋の父親からあの後感謝された。娘を殺人犯にせずに済んだ。今後はちゃんと娘と向き合うつもりだ。この言葉を俺は信じることにした。結果的には高橋はあのまま大人にならずに良かったと思う。結果論ではあるが。しかし、世の中高橋のようにはいかない。あいつは父親に恵まれていた。普通はそうはいかない。そして、何も咎められることなく成長し、より恐ろしい大人へとなっていたかと思うとゾッとする。俺達はそいつらと同じ社会で一緒にいることになる。仮面を被った怪物の正体を暴くのは容易ではない。 ……そう、容易ではない。
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センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
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