若さの森

アズ

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07 鏡に映る自分

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 鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰? 鏡が見せたのは自分ではない人物。それは魔法が見せたものではない。自分の中にある嫉妬心を映した言わば自分の心である。自分を好きになれず、コンプレックスを持ち、他人に憧れを抱くのは自分にはないものを他人が持っているからだ。美貌、才能、そういった言葉は自分に劣等感を与える。
 俺は自分の写真を好きに思ったことはない。壁に飾られたのは小さい頃の似顔絵。床に座り込み正面を向いている。その顔は笑顔ではない。自分を描いている絵描きさんをじっと見ていたかのよう。棚の上に飾られた写真は小学校卒業式の正門前に立つ自分。笑顔もなく、つまらなそうな顔をして棒立ちしている。小学校の皆はどうせほとんどは同じ中学になるから寂しさもその時は感じなかった。きっと、中学校の卒業式で本当の別れがやってくる。その時も俺は同じ顔をしているだろうか。その隣の写真は中学校の入学式だ。同じつまらない顔をしている。正直、一番楽しい時はゲームしてるか遊んでるかだった。ただ、入学式はちょっと緊張して表情が硬かった。
 俺は特別な才能があるわけではなかった。天才ではなかった。音楽や絵描きの才能があるわけではなかった。スポーツは走るのが好きなくらいで全国レベルではないし、県大会すら無理だ。そんな俺に取り柄があるかと言われれば自分のことなのに中々見つからない。よく、自分の短所と長所を考えるよう学校で言われた時、短所は直ぐに見つかるも、長所は難しい。習い事は小学生の頃に水泳をやっていたが、途中でやめてしまった。バタフライがとにかく苦手だった。25メートルそれで泳ぐのに体力をだいぶ消費してしまう。よく、あんな動きを泳ぎにしたと思うくらいだ。クロールと平泳ぎと背泳ぎで十分だろう。学校の水泳はその3つが泳げれば問題なかった。
 俺に得意なものはなかった。そんな俺でも、孤独ではなかった。
 そして、自分を映す鏡の中に囚われなかった。
 鏡は恐ろしいと思う。不思議な力がある。霊的な話しではない。俺に霊感はない。鏡とは実際の物ではない。鏡とは、常に自分のそばにあり、自分を映す。コンプレックスだ。嫉妬を抱いた時、鏡は発動する。その鏡をずっと直視すると、鏡に囚われてしまう。
 容姿のコンプレックスから自殺をする人がいるように、鏡には人を取り込む不思議な力がある。俺は鏡をなるべく見ないようにしている。それは時に難しいことだが、大事なことでもある。



 それでもたまに鏡を見てしまう。
 今、鏡には二人の女子が映っている。
 佐藤がいきなり俺にキスをしてから数日が経過したが、学校で佐藤とすれ違う時も佐藤は何事もなかったように挨拶をしてきた。俺は挨拶を返すのがやっとだった。佐藤の気持ちはあのキスで十分伝わった。問題は俺はどう素直に答えるのか。まさか、こんな自分が恋で頭を悩ますとは。
 廊下で突っ立っていると、そこに高田が現れ呆れた顔をした。
「お前、分かりやすいな」
「え?」
「いや、いい」
 高田はそう言った。高田は何故突然そんなことを言ったのか? 俺にはさっぱりだった。とは言え、心当たりがないわけではない。推測だが、そうなると高田は俺の事情を知っていることになる。何故? 本当に高田は知っているのか? わけが分からないまま、俺は次の移動教室の美術室へ向かった。その途中で、床に一冊の本が落ちているのを見つける。それは直ぐに教科書ではないことが分かる。厚さと大きさと僅かに見える表紙の写真。近づいて見ると、俺は思わず自分の目を疑った。それはいわゆるエロ本だった。リアルで見たのは初めてだった。エロ本が学校の廊下に落ちている。俺は遠ざかる。何でこんな物が学校に? すると、他のクラスメイトの男子がエロ本を見つけ「おい、エロ本だぞ!」と興奮しながら、男子達はそのエロ本に群がり、エロ本を取って開き始めた。ページを捲る度に声をあげて興奮する男子達。俺はその場から逃げ出すように美術室へ急いだ。俺にそんな誘惑は必要ない。
 俺に恋愛の経験はこれまでなかった。どうしたらいいのか分からない。現実は、恋愛小説にはいかない。人生は、自分が主人公であり、その物語は自分自身の振る舞い、行動次第だ。自分自身が著者であり、その物語は自分にしか描けず、他人には描けない。だから、他人の恋愛小説に俺は登場しない。
 その時、鏡が活躍する。迷った時の鏡。それは不思議な力。長時間見るのは危険。でも、たまに自分自身を振り返りたい時にはとても役立つ。自分を映す鏡。
 俺は小さな鏡を見ながら、初めての似顔絵を描いた。
 美術の授業がなければ、まず経験することはなかっただろう。
 キャンバスに描かれた俺はブサイクだった。



 佐藤が俺の唇から離れた彼女は「ごめん」と謝った。それから訊いてきた。
「嫌だった?」
 俺は答えに迷い、ようやく出た言葉は「どうしたんだ?」と質問だった。
 俺はその後のことを覚えていない。覚えているのは佐藤が帰り際に言った言葉だ。
「私、キシ君のことが好き」
 あれからのこと、この光景が夢に出てきていた。



 あの時、俺は素直になれなかった。だが、今このブサイクな似顔絵を見て俺は素直になれた。確かに、ブサイクだ。
 美術が終わり、俺は体育館から出てくる佐藤を待った。次々と出てくるなかで、佐藤がようやく出てきた。佐藤は俺が柱のそばにいたのにいち早く気づき、佐藤は他のクラスメイトと適当な理由をつけてわかれ、俺のところへやって来た。
「どうしたの、キシ君?」
「答えを待っていると思って」
 佐藤は少し驚き、しかし、直ぐに冷静になった。
「言って」
 それは覚悟した女の決意を感じる言葉の強さがあった。
「ごめん」
 俺はそう言った。
 佐藤は泣かなかった。
「そっか」
 複雑な気持ちになった。
「私、勘違いしてた。だってキシ君、私の為に必死になってくれたから。でも」
 彼女は次の言葉を出そうとしたが、息が詰まるように言葉も詰まった。そして、佐藤は「ううん、なんでもない」と言って走り去っていった。
 俺は背中を見届けるしか出来なかった。



 恋愛は難しい。告白する方はとても緊張するし、振る方は辛い気持ちだ。嫌いではないのに、そう言っているようで罪悪感がある。傷つけたくない。でも、嘘はより人を傷つける。だまし続けるのはとても辛く苦しいことだ。
 俺は部活帰り、いつものように校門で橘を待った。その時の俺は夕焼けよりきっと顔が赤い筈だ。
 橘は部活動が終わり校門にやってくる。橘はまだ架空のストーカーを理由に護衛をしてもらうつもりで待っている岸へと向かったのだが、岸のいつもと違う様子に気づき、彼女も赤くなる。
 それはまるで真っ赤なトマトが二つだった。



 その頃、職員室で深いため息をつきながら学校に落ちていたというエロ本のページを捲る柏木は、男子の好みというものを共有しようとしていた。そこには自分より胸があり、綺麗な顔をした女性ばかり。そして、それを見る度にコンプレックスに感じた。
 最近、マッチングアプリを使っても中々マッチ出来ない自分に焦りもあった。このまま独身か? 男は焦る必要はなくても、女性はそうはいかない。出産を考えるなら尚更だ。
 因みに、このエロ本を持ち出したのは自分の担当する教室の男子だった。注意はしたが、この年頃の男子なら誰にだって興味は持つ。
 むしろ、こういったものに年齢制限をかけ遠ざけ健全を求めるより、性に対する正しい教育を彼らにすべきだ。相手を傷つけない為にも。
 すると、職員室に自分のクラスの女子が入ってきて、複雑そうな顔で私を見てきた。
 私は内心やめて~これ以上の問題は! と叫んだが、これも先生の仕事なのだ。
「なに?」
「ここではちょっと」
 女子は周囲を見渡した。
「分かったわ」
 場所を変え、今は使用していない教室へ入った。
「それで、どうしたの?」
「あの、先生……私、妊娠したかもしれません」
「は?」
 その女子生徒は中学三年という大事な時期に行為をしてしまったという。
 私は相手が誰か問いただした。女子は答えようとしなかったが、しつこい私に観念し遂に口を開いた。それが同じクラスメイトの男子だった。
「先生、どうしたらいいですか?」
「中絶するしかないわ。親にも言わないと」
「駄目! 親には絶対に言わないで。こんなこと親が知ったら」
「親はショックでしょうね。でも、あなたそれを分かってやったんでしょ?」
 女子はうつむいた。
「そうやって現実から目をそらせば何とかなると思ってるの? 自分がどんな状況か本当に分かってる?」
 女子は泣き始めた。私はため息をもらした。
「私から保護者に説明するから、あなたもちゃんと親に伝えなさい。一緒に横でいてあげるから」
 この子は一生後悔しながらこれからの長い人生を送るだろう。それは中絶をしたという後悔じゃない。愚かな行為をした自分に後悔するのだ。
 それから男子生徒と保護者が来て、私は男子を叱る前に一発親の目の前でビンタした。
「自分が何をしたのか分かっているわね?」



 男はいつだって卑怯で無責任だ。女のことをちっとも思いやっていない。色々言い訳を並べて過ちを重ねる愚か者だ。
 若い女性が中絶するお金もなく、相談も出来ず、トイレで産みそのまま放置してしまう事件があるように、ニュースになるのはいつだって逮捕される女性だ。そして、酷いお母さんだと言われる。しかし、相手がいなければ女性は勝手には妊娠しない。当然だ。なら、男にこそ責任はあるだろう。
 今回、中絶の費用は男子生徒の保護者が全額持つことになった。
 女子生徒は過ちをしたが、彼女は最後の最後で判断を間違えなかった。それだけでも救いと考えよう。
 あの男子はただ行為をしたかっただけだ。自分の欲をおさえられなかった。男子は少なくとも女子の人生を考え傷つけない選択をすべきだった。それは愛ではない。例え、男子に彼女を思う気持ちが嘘ではなかったとしても、彼女を一番傷つけたのは間違いなくあの男子なのだ。一生ついた傷は深く、男子には到底理解出来ないものだ。
 一緒になるということは、人生を共有することだ。あの男子にはあの女子と一緒になる資格はない。



 保護者と教職員との話し合いが終わった後、私は教頭の前へ行き頭を深々と下げた。
「担任を降ろさせて下さい。私の力不足で今回のような事態になってしまいました。私には担任をやる資格はありません」
「柏木先生、頭をあげて下さい。この問題は柏木先生にあるわけではありません。学校全体の問題です。先生には引き続き担任をお願いします」
「教頭先生、私は生徒を守れませんでした。本来教師として、生徒達を正しく導き本校を無事旅立たせることです。私にはそれが出来ませんでした」
「柏木先生、問題を一人で抱え込むのはやめましょう。それではどの教師ももちません。先生が努力されていることは知っています。今は進路において重要な時期です。生徒達にこれ以上の不安を与えない為にも、生徒達の進路相談をし導いている柏木先生には是非続けてもらわないといけません」
 それはとても自分にとって苦しいことだった。自分の能力が足りてないことを自覚しながらもその仕事を続けなければならないということだ。しかし、教頭先生の言い分にも一理あった。仕事を投げ出すのはしたくない。
 結局、私は教頭先生に押し切られたかたちで担任を続けることとなった。



 いつも以上に疲れた体のまま玄関から洗面台へと向かい、ふと顔をあげて鏡に映る自分の顔を見た。
「酷い顔」
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