若さの森

アズ

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09 花火

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 笛と太鼓の音と元気のいい声がないと、祭りって感じがしない。道に沿って屋台が並び、チョコバナナ、焼きそば、たこ焼き、かき氷、たこ焼き、じゃがバターなど色々な店が出ていた。中学生の俺にとってお小遣いなんてたかがしれている。屋台で買うとそれなりの値段がして、スーパーで買った方が断然安い。ただ、屋台で買った方がなんとなく美味しいし、夏祭り限定だからこそ購買欲が湧いてくる。俺の隣には浴衣姿の橘がいた。団扇を持ち、それをパタパタと扇いでいる。この暑さと人だかりでは直ぐにでも冷房のきいた店へ避難したいぐらいだった。歩行者天国にし交通規制がされているが、屋台の並ぶ通り道は人の行列が出来ていた。道路中心では踊りが披露されている。俺は何も考えず私服で来てしまい、ちょっと失敗した気分だ。橘の浴衣姿はとても似合っていた。薄く化粧もしているのが分かる。白い浴衣に赤い柄のデザインに下駄を履いている。歩く度に下駄の鳴る音がした。歩く度に美味しそうな匂いが漂い、口の中で唾液が増える。それを飲み込みながら、お目当てのじゃがバターの屋台へと向かった。離れないよう、お互い手を握る。好きな人と手を握るっていうのはなんというか頼られている気分で、ちゃんと守ってあげなきゃと思わせる。温かく小さな手はか弱くも感じさせた。
「じゃがバターを二つ下さい」
「あいよ」
 頭に白いタオルを巻いたおじさんが手際よく働く。その後ろには扇風機が回っており、延長コードで電気を通していた。扇風機は残念ながらおじさんを涼しくさせるには不十分だった。おじさんの額には汗があった。俺はお金を支払い、じゃがバターを受け取った俺達はベンチを探し、そこで食べた。じゃがバターは熱かった。でも、美味しかった。祭りに来たら逃したくない一品だ。その後、水分を買って喉を潤わせてから祭りを二人で見て回った。まだ、花火が始まるには時間が早い。夏は日の出ている時間が長いからその間を余興で暇を潰すことにした。そうして二人で楽しんでいると、目の前で孫と一緒にいた老婆の鞄をひったくり逃亡する男を見かけた。上下黒のジャージ姿で頭のてっぺんが禿た男だ。お婆さんが「捕まえてぇー」と叫んだ。気づいた近くの警官が男を追いかけた。俺はお婆さんに近づき「怪我はありませんでしたか?」と訪ねた。
「ええ、ご親切にありがとね。怪我はないんだけど、鞄の中には財布が入ってるの。あれを取られたら私……」
「きっと警察が捕まえますよ」
 俺はそう言ってから橘を見て「ごめん。ちょっと俺も犯人を追いかける。そこで待ってて」と言って橘の手から離すと走りだした。
 俺は犯人が逃亡した方向とは違う人の少ない通りに一旦出た。そこから一気に走る。犯人の狙いはだいたい分かる。人ごみに紛れながら逃げるつもりだ。だが、それは同時に目撃者を増やすことにもなる。だから、最後は人通りの少ない通りへ出て、そこから姿を消す。警察の目を大衆に向けさせる狙いだ。だとしたら、犯人はきっとこの通りへ出る筈だ。先回りした俺は暫くその路地で待ってみた。すると、本当に例の黒ジャージの男が現れた。つい、その男と目が合う。手には奪った鞄がある。男は俺に気づき、だが引き返さずこちらに向かってきた。相手は大人だ。追いかけたはいいがどうする? ここで逃したら追いかけた意味がない。俺は男に近づく。
「なんだてめぇ! やんのか!」
 男は叫んだ。どうやらやる気らしい。男の手には凶器はない。やれるか? 自問し、やると決めた俺は男に向かって走り出した。男も走り出し盗んだ鞄を武器に振り回してきた。俺はうまくその鞄を掴むと、男は驚いた。掴まれた鞄は引っ張られ、男は取られないよう引っ張り返す。俺はその瞬間を狙って鞄を離す。男はバランスを崩し地面へ背中から倒れた。男は軽く頭を打ち、痛がった。こんな程度で痛がるならたいしたことない。俺は倒れた男をチャンスと見てそのまま寝技を仕掛けた。男は身動きがとれなくなった。そこに警官が現れ男を捕まえた。
 男は警官に立たされると、男は俺を睨んだ。
「お前、正義のヒーローのつもりか?」
「俺はヒーローじゃない。お前が武器を持っていたら立ち向かわなかった」
 それは本当だ。俺は無敵じゃない。それにヒーローに憧れてもいない。いつだって自分が大事だ。自分を犠牲にするヒーローは本当の正義だろうか? 俺はそんな無茶はしない。危険と感じたら自分の命を最優先にする。自分の命も守れないヒーローはヒーローと呼べるのだろうか。自分の命も他人の命と同じく大切だ。
「ふん、どうだか。お前達は俺を見て哀れに思うだろう。派遣切りにあい、盗っ人に落ち、惨めにお前みたいなガキに邪魔され捕まったんだからよぉ。俺がなにをしたんだ! 氷河期世代と呼ばれ、連中は俺達労働者をただの消耗品としか見ず、簡単に切り捨てる。連中は俺達を人間扱いしていない! お前らも他人事ではいられんぞ。アメリカの経済が万が一でもコケてみろ。それは全世界へとドミノ倒しのように次から次へと倒れ、押し潰されるのはいつだって先は労働者だ。再び大きな不況が起きたら、お前達はお先真っ暗だ。失業し、老後の蓄えも出来ず、路上生活者となるだろう。これは予言だ! よく聞け。ずっと好調なんて甘い現実はない! 結局、景気は経済学者の頭が天才な奴でさえ予測は出来ない。その時、お前達は俺を見下せるか?」
 最後は不気味な笑いをしながら警官に連行されていった。



 お婆さんの鞄は無事取り戻す事が出来た。お婆さんは俺に沢山礼を言われたが、俺の頭の中ではあの男の言葉がリピートしていた。
 世界恐慌、アメリカから始まったとされ、その原因には色々な説がある。現在、どの国も物価上昇や中々上がらない賃金の問題があるが、特に日本の賃上げが進まないことが大きな問題とされる一方で、非正規雇用が増加傾向にある。更に、年金や介護保険にもしわ寄せがいっており、既に俺達からしてみればちゃんと年金が貰えるかだけでなく、医療も含め社会保障がどんどん政府によって削られていることに不安を感じないわけではなかった。俺達の将来は確かに不安が漂っていた。
 俺は空を見た。ほとんど日が落ち、暗くなりつつあった。



 二人で見る花火は特別だった。再び手を握るこの手が離れない限り、どんな未来が来ようと俺は乗り切れる気がした。人はどんな時だってそうやって乗り切ってきた筈だ。俺からは偉そうなことは言えない。でも、空に打ち上がる花火は綺麗だ。まだ、夜空が綺麗な花を咲かせている限り、日本はまだ大丈夫な気がする。そう思いたい。
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