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03 沈黙 〈前編〉

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 イアンは警察の取り調べでディーンを襲ったことを認める供述をした。それによると出所して数週間後に脅迫メールが届くようになり、そこではお前の人生を滅茶苦茶にすることが出来る、そうされたくなければこれからの命令に従え、というものだった。そのメールは押収した携帯から確認済みである。イアンは更に供述で、ディーンの殺害の依頼がきた時、いよいよ自分が戻れないところまで来てしまったことに気づき、警察に自首を一度は考えたが、それを察知した脅迫の主はボイスチェンジャーで声を変えて電話で更にイアンを脅迫した。イアンには弟がいて母子家庭だったイアンは弟の大学資金として闇バイトを何度かしていた。軽い気持ちで受けたそれは結果的に重い代償を払うことになったのだが、その弟を今度は巻き込むことになると脅迫したのだ。イアンは断われず酒に酔って帰宅途中だったディーンを背後から襲い後頭部を鈍器で襲うと、怖くなったイアンはその場から逃亡した。イアンは取り調べの中で一貫してそれ以上のことはしていないと否認している。警察は罪が重くなるのを避けて嘘の供述をしているのではないのかと疑ったが、ウォルターはイアンが保身の為に嘘を言っているようには感じなかった。何故なら、あの遺体の損傷から捜査の初期段階で怨恨による犯行だと思われていたからだ。殺害方法についてはメールに具体的な指示はなかったし、イアンが自らそのような行為をしたとはどうしても考えられなかった。だが、警察はウォルターの意思に反してイアンをディーン殺害及び死体遺棄の両方で送検するだろう。そして、そのままいけば起訴も同じ罪状でいくことになる。そうなればイアンは一生臭い飯を食うことになるし、重犯罪が収容される施設送りになるだろう。
 クリスはディーン殺害には関わっておらず、イアン同様に脅迫を受けたことを認めた。クリスはその後、事件を起こしたときに世話になったカート弁護士に相談。カートはディーン殺害事件で捜査中の警官が例の強盗事件のときの少年達を丁度調べている最中だった為、クリスが脅迫を警察に喋る前にクリスには警察に変な疑いをかけられる前に安全な場所に一時的に保護すると言って自分の別荘に保護した。
 そして、逃亡中だったイアンは最後の頼みの綱としてカート弁護士を頼った。カートはまだ弁護士としてイアンが自分を信用していることを知り、クリスと同じ場所に保護することにした。
 そこで、ウォルターは弁護士を呼んだ二人にそのカート弁護士が逮捕されたことを告げた。
 二人の反応はほぼ似たようなもので、最初は頭が真っ白になり、その後で大きな過ちに気づき泣き崩れた。
 イアンもクリスも間違った人を信用してしまった。それをカートは巧みに二人を脅迫して精神的に追い詰め正しい判断が出来ない状況にしてから、手を差し伸べ自分に従うように、見事に二人をコントロールしていった。
 逮捕されたカートはというと、どの警察の調べに対しても沈黙を貫いていた。だが!カートはが所有する携帯から脅迫メールを削除はしてあったが復元により事実確認がとれた為、それを証拠として送検する予定になる。
 イアンの取り調べが終わり、鉄格子のついた狭い部屋から手錠をかけられた状態で出ると、そこに丁度カートが同じように手錠をかけられ警官に連れられているところと鉢合わせた。イアンはカートを見るなり物凄い形相になると、カートへ襲いかかった。
「お前のせいで! お前のせいで!」
 警官達に抑えつけられ、更に腰縄で二人の間は距離をとるよう引っ張られた。
「イアン、落ち着け!」
「お前だけは絶対に許さない」
「カート、早くこっちへ来い」
 トラブルは警官達によってなんとか制された。




 ジョンとウォルターはパブで黙祷のあと酒を交わすと、署で起こったことをウォルターはジョンに説明した。
「それじゃ、イアンはディーンが死んだかどうかも確認せず逃亡したっていうことか?」
「おそらくはな。ディーン殺しはきっと別人だ。その犯人はイアンに罪を擦り付け自分はシャバで平然と暮らすつもりだろう。勿論、俺がそうはさせない。だがな、ジョン。組織は早い事件解決を望んでるあまり、そういったことは些細なこととして目を瞑ろうという魂胆だ。世間にはディーン殺害はイアンで公表され、捜査本部は解散。それでしまいにするつもりだ。俺は諦めたりはしない。それだけは約束する」
「俺もディーンを殺した犯人が別にいるなら必ず尻尾掴んでやるつもりだ」
「とりあえず今日は飲もう。飲まずにはやってられん」
 署という組織の苦労はジョンには分からない。だが、今日くらいは酒に逃げても構わないだろう。




 沈黙の空。嵐の過ぎ去った天気はまさにそんな静けさで、人々は嵐の後片付けに追われていた。
 青空には飛行機雲が出来ており、所々まだ水溜りが残っていた。子供達はというと、嵐を襲った学校の校舎の掃除に教職員は忙しく、その関係で本日は休校と連日休みで大人達の苦労を知らずウハウハ気分でいた。
 闘技場の方も本日は休み。
 明日からどこもかしこも通常営業に切り替えるだろう。学校も再開し、休校のかわりに出された宿題をどれだけの子どもが真面目に提出するだろうか。
 一方、各地で何も書かれていない真っ白なプラカードで抗議を訴える活動が行われていた。
 なんでも、個人をナンバーで管理し、それを遺伝情報と紐付けし、各地の監視カメラで個人の行動履歴、個人の特定から個人情報の特定までを速やかに行えるようにし、それを事件捜査に役立てる〈パノプティコン〉システムの採用を与党が議会が提出し、正式に国会で議論されることが決まったのだ。もし、そうなれば国家が国民の監視と管理も容易くなり、警察内での情報の扱い方が世間に知られることなくブラックボックス化されることに危機感を訴える抗議運動で、しかし、大半は危機感なく政府、警察を信用し、捜査の円滑というメリットから採用に肯定的な国民が占めている現状があり、活動は小規模なものになっていた。それもその筈で、どのメディアもシステムがいかに素晴らしいかの宣伝で終始し、システムのあり方についての十分な議論が行われていないからだ。このままいけば、監視カメラは全て最新化され、映像の解析度を上げ、顔認証システムによる個人の特定から、その個人の情報が一秒もかからずパッと全てが出来てしまい、しかもその前後の行動履歴を終えるよう、全ての監視カメラがネット上で繋がることで可能になり、全ての行動が筒抜け状態になる。カメラに映りさえすれば、その瞬間に全部が知られてしまう。年収、家族構成、職場、学歴、前歴、既往歴……あらゆる全てをだ。世の中が婚活パーティーで自分のナンバーを交換して隠し事や嘘といった不正が働かないように全部の情報を伝える。最近では、ナンバーとネットのIDも紐付けさせネット犯罪抑止を訴える与党議員もいる。その裏ではクッキーに近い検索履歴情報の企業への売買を可能に水面下で働いている。企業との癒着に必死な官僚や政治家は自分達のその後の天下り先の準備で国民そっちのけ状態だった。
 それに対する沈黙の抗議が意味するのは、監視された社会で国民は自由な行動、発言が失われる未来を案じている表現だった。
 政治と金の問題が尽きないこの国では国民は常にないがしろにされている。
 そういった問題に本当に声をあげていかなければならないのに、この国は本当に静かなままだった。




 喧騒な都会でも静かな場所くらいはある。例えば高級住宅が立ち並ぶエリアは比較的静かだ。その中に広大な敷地を持つ立派な家持ちのジョンは朝のランニングを終えシャワーを浴びているところだ。そこに一本の電話が鳴る。ジョンは深いため息をし大きく唸ったあとに、仕方なくシャワーを止め体を拭くと、立派な筋肉を相変わらず保った体に服を着ないまま受話器のあるところへ行き、電話に出た。
「もしもし」覇気のない返事にウォルターは「なんだ、またシャワー中だったか? 俺が電話するとお前は何故かシャワーを浴びてるよな」
 ジョンはそれに対して言い返そうとしたが、その気力すら起こらずため息混じりに「どうした?」と訊いた。
「折返し電話しようか?」
「いや、いい。用は何だ?」
「カートの送検の日時が決まった。イアンもだ」
「そうか」
「それともう一つ。ウィルソンが獄中死した」
「……」
 ウィルソンは元闘技場選手。ジョンの父も闘技場選手でウィルソンとはライバル関係にあった。勝敗はややジョンの父が優勢で、あの日の試合もギリギリの戦いだった。結局、時間はオーバーし判定で父が勝利した。だが、その判定にウィルソンは待ったをかけた。ウィルソンはその判定に納得いかなかった。実は闘技場ファンの間でもあの判定は微妙だとかなり争点になった。ウィルソンは延長を求めた。ウィルソンには勝機があった。父は息を荒くし必ず次でスキが出る筈だとウィルソンの中では確信があった。だが、判定は覆らなかった。その日は今年のチャンピオンを決める決勝戦だった。観客からは審判にブーイングがきた。
「戦わせてやれよ」「ウィルソンが可愛そうよ」「そんな決着は認めないぞ」
 だが、チャンピオンベルトとトロフィーが会場に用意されるのをウィルソンが見ると、カッとなってウィルソンは父親を襲いかかった。父は不意をつかれ防御が遅れた。
 闘技場の悲劇。
 血が流れ、急いで救命処置が行われた。都会にサイレンが鳴り響き、ウィルソンは他の選手と係員におさえられ、その後ウィルソンは現行犯逮捕され連行されていった。父の負った傷は致命傷で、救急搬送されたが病院に到着する前に息を引き取った。
 ウィルソンは殺人罪で起訴され有罪判決が出て服役中だった。
 殺人罪は刑期が長く、ジョンが大きくなり後にチャンピオンとなっていた頃も奴は服役中だった。
 誰もあの悲劇を語らない。忘れているわけではない。皆、覚えていた。語らないのは、闘技場のイメージが殺し合いの野蛮なもと変わらない為だ。それはジョンも望んでることだった。
 一度、過去に闘技場の存続の危機があった。馬鹿なお偉いさんが自分のお花畑の頭の中だけで考え闘技場運営をやめさせるべきだと提案したことがあった。その時は闘技場仲間、ファンが声をあげてそれがなんとか議会に届き、それは却下された。あの時は本当に危なかった。議員の連中はクラシック音楽しか聴かない連中だったから、そいつらを闘技場に招待して必死に説得した経緯がある。
 そうか、あのウィルソンが死んだのか。だが、それで俺の気が晴れるわけではなかった。
「大丈夫か?」
「あぁ。ウィルソンは確か一人娘がいたな」
「娘は父親と会えていない。娘が生まれたのは逮捕された後だ。奥さんの方は世間の風当たりを気にして引っ越した。娘は父親の顔を知らずに育ったんだ。その娘が今度は殺人罪で逮捕だがな」
「そうなのか?」
「あぁ。まだ、署にいる。送検のタイミングは丁度カートとイアンの二人と被るな」
「何故殺人を?」
「それが否認して無罪を主張しているんだ。だが、彼女には決定的な証拠がある。凶器は彼女の部屋に見つかっているし、その凶器には彼女の指紋がべったりついている。彼女はその凶器について知らないと言ってるが、それは無理な話しだ。見つかったのは自分の部屋でその部屋はそいつしか使っていないんだからな」
「一人暮らしか」
「そうだ」
「何故、凶器を捨てずにとっておいた?」
「それは……分からんよ。だが、凶器が出てきている以上、その女をいつまでも送検しないでしておけるか。上は犯人が分かっているのに何故とっとと送検しないと急かされるのが目に見えている」
「そうやって冤罪を生み出しているのか?」
「人聞きの悪い……言った筈だ、彼女には証拠がある。まさか、別の犯人が彼女に罪を擦り付ける為にオートロックの3階の住居に侵入し凶器を置いて逃げたとでも言うのか? 不可能だそんなことは」
「分かった、分かった。俺が悪かったよ」
「分かればいい。それじゃ、またな」
「あぁ」
 ジョンは受話器を戻した。確か、ウィルソンの娘の名前はアリスだったか。




 黄昏時、ジョンはウォルターに呼び出され署に来ていた。一階で待ち構えていたウォルターに軽い挨拶をする。
「呼び出して悪かったな」
「あの話しは冗談ではなく本当なんだろうな」
「アリスが言うにはそうだ。アリスは司法取引を求めている。アリスはあのディーンが殺害される時間帯に本当の犯人を見たと言ってきた。だが、単に司法取引狙いの嘘かもしれん」
「だが、世間はディーン殺害はイアンだと知れ渡っている筈だ。イアン以外に犯人がいると思っているのは俺とお前ぐらいだ。それなのに、アリスが知っているのはおかしい」
「なら、本当かもしれないと言うんだな」
「それで、どうするんだ? あんたらは司法取引に応じるのか?」
「上は既に記者会見で犯人はイアンだと言った建前、今更覆したくはないそうだ」
「あの日とまるで同じだな……」
「何の話しだ?」
「いや、忘れてくれ。それじゃ司法取引に応じるつもりはないんだな」
「アリスは司法取引出来ないなら犯人を教えないと言っている」
「俺にその女と面会させて欲しい」
「そんなの無理に決まってるだろ」
「それじゃ何故俺を呼んだ?」
「ジョン、お前にはあの女が無実であると証明して欲しいんだ」
「何?」
「上が司法取引を許可しない以上、彼女の無実を証明する条件として吐かせるしかない」
「本気か?」
「お前には素質があるんじゃないのか」
「バカを言え」
「ジョン、時間がない。アリスが送検される前に話しをつけたい。送検されたら俺はアリスとはもう話しが出来なくなる。どうする? お前次第だ」
「分かった。アリスは自分は無実だって言ってるんだろ。なら、それを確かめてやる」
 ジョンはそう言って直ぐに後悔した。また、面倒なことになってしまったと。だが、それもこれも真実を知る為。
 まさかあの後、事件の深い闇を覗くことになるとは、この時の俺は思いもしなかった。
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