ファン・ミス・ノーウッド

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02 嵐 〈後編〉

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 それから数週間が経過したが、事件の捜査は難航していた。夜間から明け方による犯行は最も目撃者の情報が乏しく、有力な情報が中々手に入らないのが原因にあった。だが、分かったこともないわけではない。被害者のディーンは遺体解剖の結果、殺害前に上半身と顔面に複数殴られ、後頭部にも鈍器のようなもので殴られた傷があり、口腔内は歯が一本だけ無くなっていた。だが、後頭部の傷が死因ではないとのこと。推測では犯人は飲み仲間と解散し一人になったディーンを背後から後頭部に衝撃を与え、その後ディーンを殴り、服を全て脱がせたあと、火をつけて遺体を川へ投げ捨てた。おそらく後頭部の衝撃で意識は朦朧として抵抗出来る状況にはなかった筈だ。いくら闘技場選手でも会場外での不意打ちにまでは対応出来ない。犯人の思惑は現実通りとなり、結果ディーンは命を絶った。犯人の異常とも呼べる犯行はかなりの強い恨みによる殺害動機が想定される。そこで名が出たのはマイルズ。マイルズは過去にディーンと口論があった。きっかけはマイルズの卑劣な手口でビルの選手生命が絶たれたことだった。マイルズはディーンとの口論の際に止めに入った人物に手を出してしまい、それがきっかけで出場を停止させられていた。だが、マイルズを知ったジョンもウォルターも直感であの男ではないと気づく。マイルズ自身も犯行を否認した。
 ただ、マイルズの性格上、夜中の一人になったところを背後から不意打ちに狙う卑劣な手口はあの男らしいし、なによりアリバイがなかった。だが、あの男が犯人である決定的な証拠はまだない。
 アリバイがないと言ったら他にもいる。クリスだ。クリスはディーンがかつて強盗をした時に一緒で、接点はその日だけだ。いわゆる闇バイトでその日に集まったメンバーで犯行に及ぶ。その実行役のリーダーをつとめていた。その事件を担当していた警察はクリスと指示役との接点を疑った。他のメンバーはクリスに従ってそれぞれ与えられた役割にそって動いていたからだ。無免許と飲酒運転事故で再逮捕され現在服役中のトーマスは運転手役。彼は複数の交通違反による危険運転で免許はその時に失効。もう一人のイアンは見張り役。その彼は現在行方不明中で警察が行方を追っている。その警察はイアンがまた事件を犯してどこかに身を隠しているか逃亡しているとみていた。
 それでクリスは実際指示役とチャットのプライベートルームで連絡を取り合っていた。だが、クリスはその指示役と直接会ったことはなかった。
 何故、正体不明の怪しい大人に若者は簡単に従ってしまうのか? 世間にとって大きな謎であるが、大抵それは弱味を握られている場合だった。クリスの場合、盗撮にバレてそれが最初の始まりだった。些細なミスから大きな過ちを犯し続けていくうちに抜け出せなくなっていた。
 それからクリスは出所後に弁護してくれたカートの事務所で人生をやり直していた。クリスとは直接会いたかったジョンだったが、警戒したカートは完璧に彼を守っていて面会は叶わなかった。それは雇用主としての信頼か? 弁護士として守っているのか? それともそれ以外の理由なのか?




 その日の都内は明日にやってくる巨大な嵐に備える準備に取り掛かっていた。ほとんどの店は既に明日の営業を休みと知らせ、この日の営業も早めに終了するとなっていた。スーパーに行けば、明日に備える為に買い出しに来ている家族連れがレジ前で大渋滞を起こしている。その光景はまるで終末に備えるかのよう。
 すると、ジョンのポケットから終わりを告げるラッパではなく携帯の着信音が鳴り出した。ジョンは携帯を取ると電話の主はウォルターだった。確か、ウォルターはこの日、現在服役中のトーマスと面会に行っていた筈だ。連絡がきたということはその面会が終わったのだろう。
 ジョンは電話を出た。
「面会はどうだった?」
「あぁ、そのことなんだがトーマスはわざと無免許で事故を起こしたと打ち明けたよ」
「理由は?」
「仮釈放後、トーマスのもとに不審なメールが届いたそうだ。トーマスは最初詐欺メールかと思って拒否をしたら今度は電話がかかってきたそうだ。その声はボイスチェンジャーで明らかに声を変えていて、電話の主はトーマスの犯罪についてやたら詳しく話していたそうだ。それをお前が就職した会社や近所、大家にまで電話して教える、そうされたくなかったら言われた通りにしろと脅してきたそうだ。トーマスは引っ越しをし人生をやり直すつもりでいた。だが、謎のそいつはどこまでも追ってお前を追い詰めると言ってきた。いくら更生したとはいえ、その後の奴の人生は茨の道だ。自分のしたことだし自業自得とも言えるが、それだけでは彼は一生世間から許されず、自由も無くなる。実際トーマスはそれで自由になったと思ったら再び支配され同じ道に逆戻りになると思い、ならいっそ中にいた方が楽だと思ってしまったんだろう。一様、トーマスは警察に相談出来ただろうし、警察が嫌なら弁護士だって良かった。出所後のサポートもないわけではない。トーマスには選択肢があった筈なんだ。だが、トーマスは再び間違った道を選択してしまった」
「トーマスに連絡を寄越したそいつは強盗の指示役じゃないのか?」
「トーマスも多分そうだろうって言っていた」
「クリスなら知っている筈だ」
「だが、例の弁護士がクリスを匿っている。まるで塔の上のお姫様だ」
「ウォルターも感じてるんだろ? あの弁護士の匿い方は異常だ。クリスにもトーマス同様に指示役から連絡が来てもおかしくない。それにトーマスと違いクリスはどこまで指示役を知っているのか不明だ。そのクリスを何故か警察や俺から遠ざけるように匿っている。理由はなんだ? 弁護士はクリスを疑っているからか? それで弁護士として、雇い主として守っているのか?」
「俺とお前の考えてることは多分同じだと思うぞ」
「あの弁護士が指示役、そうだろ?」
「ジョン、あの弁護士は強盗をした犯人全員の弁護をしていたんだ。担当弁護士なら全員と面会も出来ただろうし、そこでどこまで喋ったのかも筒抜けだろうな。対して連中は相手が弁護士だから信用して喋るだろう。それだけでなく、連絡先、住所、実家、親の仕事、親戚……プライベートの知りたいことを知れる立場にあっただろう。そして、それは十分な脅迫材料として使える。きっと使い潰れるまで使う気だったんだろう」
「もし、本当なら酷い話しだ。あろうことか弁護士が事件の首謀者で守るべき筈がむしろ利用する為に立場を利用していたことになるんだからな」
「だが、そうなるとディーンは何故殺害された?」
「ディーンはもしかすると俺達のように気づいたかもしれない。ディーンにもトーマスに連絡がきたのと同じことがあったかもしれない。ディーンはそれで世間には公開されていない情報を詳しく知っていたから、疑ったかもしれない」
「それでディーンは口封じに殺害された? だが、証拠はない」
「弁護士なら殺人事件も担当するだろ。警察の捜査方法もある程度は知って対策出来るんじゃないのか?」
「確かに一理ある。だからといって違法捜査で得た情報は証拠にはならん」
「司法で裁けないなら俺が裁くまでだ」
「おい! 正気か? お前は闘技場ではヒーローだ。引退したとは言え自分の立場くらいわきまえろ。お前の強さをそんな簡単にドブに捨てるな」
「だったら方法はあるのか?」
「もしだ、あのカート弁護士が犯人ならカート弁護士自身もあの時間帯にアリバイがない筈だ。ジョン、もうだけ少し時間をくれ」
「3日だ。それ以上は待てん」
「努力はする」




 だが、結果はむしろ最悪へと向かった。カート弁護士にはアリバイがあったのだ。その時間帯は都内におらず、都市から8時間以上はする地方のホテルへと宿泊していた。そのホテルからそれは確認済み。行き帰りの往復を考えるとカート弁護士がディーンを殺害するのは不可能ということになる。
「カートは犯人じゃなかったんだ」
 パブで落ち合ったウォルターはジョンにそう言った。
「また振り出しだ……」
 ウォルターはそう言ってグラスに入っていた強い酒を飲み干した。
「もし、違ったら?」
「アリバイがか?」
 ウォルターは顔を上げてジョンを見た。ジョンは酒をまだ飲んではいなかった。
「アリバイは完璧だ」
「アリバイのことじゃない。カートが犯人ではないって話しだ」
「もし犯行を可能にするアリバイトリックがあるなら是非知りたいよ。それとも瞬間移動でもしたのか? 未来のロボットがそんなアイテムをカート弁護士は貰ったのか? どれもあり得ない話しだ」
「お前らしくない。諦めて酒に逃げるのか? 警察がそれじゃ市民はいったい誰に頼ればいいんだ?」
「……そうだな。だが、犯人はやはりカートじゃない誰かだ」
「もし、カートがディーン殺害を誰かに指示していたらどうだ?」
「何?」
「それならカートにアリバイがあってもおかしくはない。そして、丁度行方不明の怪しい人物がいるじゃないか」
「イアンか」
「全国の警察が目を光らせてイアンを捜索しているのに未だ見つからないのは何故だ?」
「指名手配犯でも見つからず時効をむかえた事件だってある。警察の目も残念ながら完璧ではない」
「だが、それは誰かが匿っていた場合だろう。時効間近で見つかった犯人の中には仲間に匿っていたことが分かっただろう。勿論、それが全てではないが、もし、イアンを警察から匿える人物がいるとしたら」
「クリスも同じだ。そうか……カートがクリスとイアンを匿っているなら」
「その場所を突き止めればいけるんじゃないのか?」
「もう少し調べてみよう」
 ジョンはようやく目の前にある酒を飲みだした。




 嵐到来。
 物凄い突風と大雨に落雷。あの故郷で起こったことと同じ気象が今度は都市を襲った。外出を控えるようにと警告のアナウンスが各地で流れ、嵐の来る前から避難所に避難している住人もそれなりに集まっていた。
 ウォルターはその都市にはいなかった。先頭を走る一台の覆面パトカーと、それに追従する複数のパトカーがカートの別荘への前で止まる。玄関には既に警官が数人集まっており、中から二人の男が警官に連れられ中から出てきた。それはクリスとイアンだった。
 カートはアリバイが証明され自分の疑いは回避出来たと思い込んでいた。まさか、イアンを匿っていると警察が嗅ぎつけるとは思わず。
 もし、カートが偽名義で自分とは関わりのない場所に匿う程に慎重であったら、強盗事件のときに指示役が捕まらなかったように今回も逃げられていたかもしれない。そこはちょびっとだけ神が手助けし、カートに天罰をくらわせたのかもしれない。
 どちらにせよ、二人の供述でカートに逮捕状が出てカートは逮捕された。




 少年時代の過ちは後に大きな嵐となってクリス、トーマス、イアン、そしてディーンの人生を狂わせた。その嵐の中心にいたのは彼らの弁護士だった。
 弁護士の裏の顔を知った世間は衝撃を受けた。肩書で信用していたが、所詮それはその人物の内面までは語られることはない。疑心暗鬼を生み出す今回の事案は世間を騒がせ、それはまるで嵐のようだった。
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