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和也の車に乗り込んだ社長はシートベルトをしめた。
「しかし、実際どうするんですか? もう一度佳代子を説得しますか?」
「いや、それは後回しだ。先に此方が得た手掛かりを追う。佳代子は夢遊病のような症状が出ていた時、あいつは寝言を口にしていた。本人には言わなかったが、寝言に度々出てきた勝俣修という男、なにかしら関係があるだろう。その男について調べる。前に佳代子は大戦の話しをしていた。おそらく時代はそれぐらいだろう」
「そんな曖昧な手掛かりだけでなにかつかめますかねぇ?」
「まぁ、それはそれだ。あと、佳代子にはああは言ったが、七不思議の七つ目の手掛かりが本当にないわけではない」
「え? あるんですか」
「それを知っているのは兄だ」
「最悪っすね、それ」
「しかし、私も決心はついたつもりだ。あいつとの交渉は任せろ」
「大丈夫ですか? 俺も付き合いますよ」
「いや、お前は他のことをしろ。お前まで付いていっては効率が悪い」
「しかし、相手はお兄さんでしょ」
「クソ兄貴をよく知っているのは私だけだ」
「そこまで言うなら分かりました」
「よろしい」
「それで、どこへ向かいますか? 事務所に戻ります?」
「いや、事務所には戻らない。私の言う場所へ向かってくれ」
そうして到着した場所は、柿の木が庭にあった家である。
その家の玄関の前で、老婆と市の職員と口論していた。
そこへ社長が間に入った。
「はい、失礼しまーす」
「誰だい」
「誰だ、あんた」
二人からそう言われた社長は「こんにちは。私はこういう者です」そう言って名刺を見せたが、老婆は受け取ろうとはしなかった。
「あんたは名刺がなきゃ自己紹介も出来ないのか」
「いえ……私は探偵事務所で社長をしています五十嵐と言います」
「五十嵐さんね。で、探偵事務所がなんの用だい」
「用があって来たわけじゃないんです。この市の職員がしつこくしているのを見て黙っていられなくなったんです」
「そんな! あなたには関係ないでしょ」
「いいえ、黙って見てなんていられません。こんなにお婆さんが嫌がっているのになんでしつこく土地を引渡せとか言うんですか? 普通、ずっと過ごしてきた家を失うのは誰だって嫌なことです。あなたにとっては仕事としてやっていても、お婆さんは実際に生活に直結するわけです。そういったご理解もないんですか、あなたは」
「いや……しかしですね」
「最後はどこで一生を終えたいかは皆自分の家と答えるでしょう。まさか、見知らぬ住まいに引っ越せと言うんですか」
市の担当者も今日ばかりは無理だと思ったのか最終的には出直すかたちになった。
社長にとっての邪魔者が消えると老婆は咳払いをした。
「それで、わしはお前さんにお礼を言うべきかの? それともかわりになにか売りつけたりするのか」
「いえいえ、そんなことはしませんよ。そう言えば、庭にあった柿の木、枯れてしまいましたね?」
「ああ、突然だった。わしにも原因は分からん」
「そうですか。あの木には色々な噂がありますが、本当のところどうなんですか?」
「なんだい、あんたいい歳して七不思議なんか信じているのかい」
「ええ、信じてます。実際、私の知る限りでは半分は本当でした」
「そうなのかい。そりゃ知らなかったよ。私もこの町には長くいるのに、あんたの方が知っているなんてね」
「いえいえ、庭の木については実はあんまりなんです」
「まぁ、そりゃそうだろうね。知っているのは家の家族だけさ。この家が建つ前はね、ここは飯屋が建っていたのさ。店主は榊原靖といってな、その店主には息子がいた。名は颯と言ってな、颯は父親の店を継ぐ筈だった。父親は頑固で息子の颯は中々包丁を握ることを許されなかったんだ。厳しい世界でね、認められない限り包丁は握らせてもらえないんだ。でも、認められれば、その証に料理長から包丁をプレゼントされた。息子は中々認めてくれない父親に文句を言っていたが、いつかは認めさせてやると彼も父親譲りか負けず嫌いなところがあった。でも、それも長くは続かなかった。戦争でその息子の颯は戦地に行かなければならなくなった。包丁が握りたかった彼が最後に持たされたのは人を殺す武器だった。可愛そうでしょうがなかったよ。その後、ここは空襲にあい、店も被害にあった。全てが焼け、店を失った。悪いことは続くものでな、今度は靖のもとに颯の戦死の知らせが届いた。靖は全てを奪われたのさ。全てが憎く見えただろう。結局、店を立て直すことはなかった。この木はね、その靖が植えたのさ。それが空襲にあってもそれだけは無事だった。嫌になったろうねぇ。残ったのがまさか柿の木だったんだから。でも、この柿でも食ってどうか生き延びてくれと颯が言っているように聞こえたんだ」
五十嵐はそっとハンカチを差し出す。
「すまないね。あの木には思い出があったのさ。この土地にもね。でも、世間は年寄りの私がわがままを言っているようにしか見えないんだろうね。話しの続きだけど、あの後靖は強い後悔を持った。息子を認めてから送り出すべきだったと。しかし、そうしてやらなかった。深い後悔だけが残った。その時さ、あの木が歪んでしまったのは」
「しかし、実際どうするんですか? もう一度佳代子を説得しますか?」
「いや、それは後回しだ。先に此方が得た手掛かりを追う。佳代子は夢遊病のような症状が出ていた時、あいつは寝言を口にしていた。本人には言わなかったが、寝言に度々出てきた勝俣修という男、なにかしら関係があるだろう。その男について調べる。前に佳代子は大戦の話しをしていた。おそらく時代はそれぐらいだろう」
「そんな曖昧な手掛かりだけでなにかつかめますかねぇ?」
「まぁ、それはそれだ。あと、佳代子にはああは言ったが、七不思議の七つ目の手掛かりが本当にないわけではない」
「え? あるんですか」
「それを知っているのは兄だ」
「最悪っすね、それ」
「しかし、私も決心はついたつもりだ。あいつとの交渉は任せろ」
「大丈夫ですか? 俺も付き合いますよ」
「いや、お前は他のことをしろ。お前まで付いていっては効率が悪い」
「しかし、相手はお兄さんでしょ」
「クソ兄貴をよく知っているのは私だけだ」
「そこまで言うなら分かりました」
「よろしい」
「それで、どこへ向かいますか? 事務所に戻ります?」
「いや、事務所には戻らない。私の言う場所へ向かってくれ」
そうして到着した場所は、柿の木が庭にあった家である。
その家の玄関の前で、老婆と市の職員と口論していた。
そこへ社長が間に入った。
「はい、失礼しまーす」
「誰だい」
「誰だ、あんた」
二人からそう言われた社長は「こんにちは。私はこういう者です」そう言って名刺を見せたが、老婆は受け取ろうとはしなかった。
「あんたは名刺がなきゃ自己紹介も出来ないのか」
「いえ……私は探偵事務所で社長をしています五十嵐と言います」
「五十嵐さんね。で、探偵事務所がなんの用だい」
「用があって来たわけじゃないんです。この市の職員がしつこくしているのを見て黙っていられなくなったんです」
「そんな! あなたには関係ないでしょ」
「いいえ、黙って見てなんていられません。こんなにお婆さんが嫌がっているのになんでしつこく土地を引渡せとか言うんですか? 普通、ずっと過ごしてきた家を失うのは誰だって嫌なことです。あなたにとっては仕事としてやっていても、お婆さんは実際に生活に直結するわけです。そういったご理解もないんですか、あなたは」
「いや……しかしですね」
「最後はどこで一生を終えたいかは皆自分の家と答えるでしょう。まさか、見知らぬ住まいに引っ越せと言うんですか」
市の担当者も今日ばかりは無理だと思ったのか最終的には出直すかたちになった。
社長にとっての邪魔者が消えると老婆は咳払いをした。
「それで、わしはお前さんにお礼を言うべきかの? それともかわりになにか売りつけたりするのか」
「いえいえ、そんなことはしませんよ。そう言えば、庭にあった柿の木、枯れてしまいましたね?」
「ああ、突然だった。わしにも原因は分からん」
「そうですか。あの木には色々な噂がありますが、本当のところどうなんですか?」
「なんだい、あんたいい歳して七不思議なんか信じているのかい」
「ええ、信じてます。実際、私の知る限りでは半分は本当でした」
「そうなのかい。そりゃ知らなかったよ。私もこの町には長くいるのに、あんたの方が知っているなんてね」
「いえいえ、庭の木については実はあんまりなんです」
「まぁ、そりゃそうだろうね。知っているのは家の家族だけさ。この家が建つ前はね、ここは飯屋が建っていたのさ。店主は榊原靖といってな、その店主には息子がいた。名は颯と言ってな、颯は父親の店を継ぐ筈だった。父親は頑固で息子の颯は中々包丁を握ることを許されなかったんだ。厳しい世界でね、認められない限り包丁は握らせてもらえないんだ。でも、認められれば、その証に料理長から包丁をプレゼントされた。息子は中々認めてくれない父親に文句を言っていたが、いつかは認めさせてやると彼も父親譲りか負けず嫌いなところがあった。でも、それも長くは続かなかった。戦争でその息子の颯は戦地に行かなければならなくなった。包丁が握りたかった彼が最後に持たされたのは人を殺す武器だった。可愛そうでしょうがなかったよ。その後、ここは空襲にあい、店も被害にあった。全てが焼け、店を失った。悪いことは続くものでな、今度は靖のもとに颯の戦死の知らせが届いた。靖は全てを奪われたのさ。全てが憎く見えただろう。結局、店を立て直すことはなかった。この木はね、その靖が植えたのさ。それが空襲にあってもそれだけは無事だった。嫌になったろうねぇ。残ったのがまさか柿の木だったんだから。でも、この柿でも食ってどうか生き延びてくれと颯が言っているように聞こえたんだ」
五十嵐はそっとハンカチを差し出す。
「すまないね。あの木には思い出があったのさ。この土地にもね。でも、世間は年寄りの私がわがままを言っているようにしか見えないんだろうね。話しの続きだけど、あの後靖は強い後悔を持った。息子を認めてから送り出すべきだったと。しかし、そうしてやらなかった。深い後悔だけが残った。その時さ、あの木が歪んでしまったのは」
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