たとえば君が

遠之森きゃお

文字の大きさ
8 / 9
Scene2 デートなんかじゃない

Cut1

しおりを挟む
 
「……ちょっと、どうしちゃったのよ二人とも」

 手に持ったバターロールにブルーベリージャムを塗りながら美沙子が言う。

 先に降りてきた智哉と、それから少し遅れたものの珍しく身支度を整え席に着いた朔夜は先程から一言も話そうとしない。
 どちらかというと朔夜の方が無視を決め込んでいるという風で、ついさっき楽し気に智哉の為のミルクティーを作っていた少女は一体どこに行ったのだろうと不思議に思う程だ。

 美沙子が智哉をチラリと見ると智哉はずっと朔夜の方を気にしているようだった。朔夜はただただ不機嫌そうにオムレツを口に運び続けている。

「えーっと、智哉君? 昨夜は遅くまで片付けてたの?」

 居心地の悪さをなんとかしようと美沙子が口を開くと、智哉はすぐに答えた。

「はい、結局寝るタイミングもわからなくなって今までやってました。……それより、本当にすみませんでした、あんな夜中に来てしまって」

「あーいいのいいの、智哉君も大変だったでしょ。それにしても徹夜なんて、やっぱり若いわねえ」

「まあ……無理なスケジュールには一応慣れてるんで」

 朔夜はそんな会話にも参加せず、相変わらず目の前の朝食に集中している。
 サラダとスープも無言で平らげたかと思うと、朔夜はご馳走さまとだけ言って食器を片付け出した。

 シンクの方で朔夜がガチャガチャやりはじめるのを横目に見ながら美沙子がまた話し始める。

「で、今日はどうするの? 何か手伝いましょうか」

「いえ、後の片付けは両親が来てからにして……ちょっと髪でも切ろうかなと。イメチェンというか……念の為に変装というか」

「そっか、智哉君ってわかったら騒がれちゃうものね」

「はい。一応眼鏡はあるんですけど、さすがにそれだけじゃ無理があると思って」

 それはそうだろう。今も智哉が出演している連続ドラマが放送中なのだ。朔夜は自分達の家の前に大勢のファンが詰めかける様子を想像してぞっとした。

「どこか人目に付きにくくて口の堅いとこってありませんか?」

「んー? ちょっと難しい注文……ある、良い所があるわ! ちょっと待ってて」

 美沙子は立ち上がると電話の子機を手に取りリビングの方に行ってしまった。

 洗い物も終わり朔夜が水を止めた。美沙子の言う「良い所」は、おそらく朔夜のバイト先でもある美容室の事だと想像がつく。店主の鉄朗なら絶対に秘密を洩らすような事はしないだろうと思えたし、他の客に見られないようにという配慮もしてくれるだろう。
 
 朔夜はすっかり安心し、布巾で食器を拭きながら今日の予定を考え始めた。

 久々に部屋で読書でもしようか、それとも書店に併設されたカフェにでも行こうか。それよりまだチェックしていないオープンしたての雑貨屋を覗きに行こうか――そんな楽しい想像の最中に美沙子の声が侵入してくる。

「……ク、朔夜っ!」

 朔夜が振り返ると美沙子が鋭い目で睨みつけていた。

「あ、ごめんなさい。何?」

「だから……何度も聞いてるんだけど、今日バイトは?」

「あ、ごめん。今日は休みだから買い物にでも……」

「あらちょうど良かった。じゃ智哉君の事、鉄っちゃんのお店まで連れて行って」

 何が丁度いいと言うのか。バイトが休みなのだから店まで行く必要など無いというのに。しかもまだ、智哉との仲はぎこちないままだ。

 返事をしないでいる朔夜の後ろから美沙子が抱き着くようにして小声で呟く。

「協力するって言ったわよね……そうよね? 智哉君ファンのサ、ク、ちゃん?」

「うわわかった、わかりました! 何時に行けばいいの?」

「さっすがサク! 鉄ちゃんはすぐにでも来て良いってー」

「はあ……そうね、わかった」

 母娘の掛け合いをよそに一人食卓に残された智哉は居心地悪そうにしている。朔夜はテーブルの上の皿が全て空になっている事に気付くと、すぐにそれらを片付け始めた。

「俺がやるよ」

「いいわよ、それより早く準備して」

「そうね、片付けは朔夜に任せて智哉君はシャワーでも浴びたら? そっちのお風呂はまだ何にも出してないでしょうし、ウチのを使って。バスタオルとか出しておくから」

「はい……すみません何から何まで」

「何言ってるの、ここに住むからには智哉君も私の息子みたいなもんなんだから、どんどん頼ってちょうだい」

 何気ない美沙子の言葉に、智哉は胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。

「あ……ボディーソープ詰め替えなくちゃ。ついでにタオルとか出しておくね」

「ありがと朔夜!……さて、智哉君? それで一体何があったの」

 朔夜が浴室に向かった途端に美沙子が聞くが、智哉は口ごもる。

「いや、ちょっと僕が失礼な事を……言って」

「なんだ口喧嘩? 大した事じゃないならあの子すぐに忘れるわよ」


――大した事って、どのくらいの事なんでしょうかお母さん?――


 酔って娘さんの頬にキスしました、などというのは結構大した事だと思えた。しかも照れ隠しの余計な一言で本格的に怒らせてしまったのだ。
 それを知ったら目の前の美沙子はどんな反応を見せるだろう。


 智哉は曖昧に笑うと、ご馳走様でしたと丁寧に言ってその場から逃げ出した。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

疑惑のタッセル

翠月 瑠々奈
恋愛
今、未婚の貴族の令嬢・令息の中で、王国の騎士たちにタッセルを渡すことが流行っていた。 目当ての相手に渡すタッセル。「房飾り」とも呼ばれ、糸や紐を束ねて作られた装飾品。様々な色やデザインで形作られている。 それは、騎士団炎の隊の隊長であるフリージアの剣にもついていた。 でもそれは──?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

すべてはあなたの為だった~狂愛~

矢野りと
恋愛
膨大な魔力を有する魔術師アレクサンダーは政略結婚で娶った妻をいつしか愛するようになっていた。だが三年経っても子に恵まれない夫妻に周りは離縁するようにと圧力を掛けてくる。 愛しているのは君だけ…。 大切なのも君だけ…。 『何があってもどんなことをしても君だけは離さない』 ※設定はゆるいです。 ※お話が合わないときは、そっと閉じてくださいませ。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...