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Scene2 デートなんかじゃない
Cut1
しおりを挟む「……ちょっと、どうしちゃったのよ二人とも」
手に持ったバターロールにブルーベリージャムを塗りながら美沙子が言う。
先に降りてきた智哉と、それから少し遅れたものの珍しく身支度を整え席に着いた朔夜は先程から一言も話そうとしない。
どちらかというと朔夜の方が無視を決め込んでいるという風で、ついさっき楽し気に智哉の為のミルクティーを作っていた少女は一体どこに行ったのだろうと不思議に思う程だ。
美沙子が智哉をチラリと見ると智哉はずっと朔夜の方を気にしているようだった。朔夜はただただ不機嫌そうにオムレツを口に運び続けている。
「えーっと、智哉君? 昨夜は遅くまで片付けてたの?」
居心地の悪さをなんとかしようと美沙子が口を開くと、智哉はすぐに答えた。
「はい、結局寝るタイミングもわからなくなって今までやってました。……それより、本当にすみませんでした、あんな夜中に来てしまって」
「あーいいのいいの、智哉君も大変だったでしょ。それにしても徹夜なんて、やっぱり若いわねえ」
「まあ……無理なスケジュールには一応慣れてるんで」
朔夜はそんな会話にも参加せず、相変わらず目の前の朝食に集中している。
サラダとスープも無言で平らげたかと思うと、朔夜はご馳走さまとだけ言って食器を片付け出した。
シンクの方で朔夜がガチャガチャやりはじめるのを横目に見ながら美沙子がまた話し始める。
「で、今日はどうするの? 何か手伝いましょうか」
「いえ、後の片付けは両親が来てからにして……ちょっと髪でも切ろうかなと。イメチェンというか……念の為に変装というか」
「そっか、智哉君ってわかったら騒がれちゃうものね」
「はい。一応眼鏡はあるんですけど、さすがにそれだけじゃ無理があると思って」
それはそうだろう。今も智哉が出演している連続ドラマが放送中なのだ。朔夜は自分達の家の前に大勢のファンが詰めかける様子を想像してぞっとした。
「どこか人目に付きにくくて口の堅いとこってありませんか?」
「んー? ちょっと難しい注文……ある、良い所があるわ! ちょっと待ってて」
美沙子は立ち上がると電話の子機を手に取りリビングの方に行ってしまった。
洗い物も終わり朔夜が水を止めた。美沙子の言う「良い所」は、おそらく朔夜のバイト先でもある美容室の事だと想像がつく。店主の鉄朗なら絶対に秘密を洩らすような事はしないだろうと思えたし、他の客に見られないようにという配慮もしてくれるだろう。
朔夜はすっかり安心し、布巾で食器を拭きながら今日の予定を考え始めた。
久々に部屋で読書でもしようか、それとも書店に併設されたカフェにでも行こうか。それよりまだチェックしていないオープンしたての雑貨屋を覗きに行こうか――そんな楽しい想像の最中に美沙子の声が侵入してくる。
「……ク、朔夜っ!」
朔夜が振り返ると美沙子が鋭い目で睨みつけていた。
「あ、ごめんなさい。何?」
「だから……何度も聞いてるんだけど、今日バイトは?」
「あ、ごめん。今日は休みだから買い物にでも……」
「あらちょうど良かった。じゃ智哉君の事、鉄っちゃんのお店まで連れて行って」
何が丁度いいと言うのか。バイトが休みなのだから店まで行く必要など無いというのに。しかもまだ、智哉との仲はぎこちないままだ。
返事をしないでいる朔夜の後ろから美沙子が抱き着くようにして小声で呟く。
「協力するって言ったわよね……そうよね? 智哉君ファンのサ、ク、ちゃん?」
「うわわかった、わかりました! 何時に行けばいいの?」
「さっすがサク! 鉄ちゃんはすぐにでも来て良いってー」
「はあ……そうね、わかった」
母娘の掛け合いをよそに一人食卓に残された智哉は居心地悪そうにしている。朔夜はテーブルの上の皿が全て空になっている事に気付くと、すぐにそれらを片付け始めた。
「俺がやるよ」
「いいわよ、それより早く準備して」
「そうね、片付けは朔夜に任せて智哉君はシャワーでも浴びたら? そっちのお風呂はまだ何にも出してないでしょうし、ウチのを使って。バスタオルとか出しておくから」
「はい……すみません何から何まで」
「何言ってるの、ここに住むからには智哉君も私の息子みたいなもんなんだから、どんどん頼ってちょうだい」
何気ない美沙子の言葉に、智哉は胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。
「あ……ボディーソープ詰め替えなくちゃ。ついでにタオルとか出しておくね」
「ありがと朔夜!……さて、智哉君? それで一体何があったの」
朔夜が浴室に向かった途端に美沙子が聞くが、智哉は口ごもる。
「いや、ちょっと僕が失礼な事を……言って」
「なんだ口喧嘩? 大した事じゃないならあの子すぐに忘れるわよ」
――大した事って、どのくらいの事なんでしょうかお母さん?――
酔って娘さんの頬にキスしました、などというのは結構大した事だと思えた。しかも照れ隠しの余計な一言で本格的に怒らせてしまったのだ。
それを知ったら目の前の美沙子はどんな反応を見せるだろう。
智哉は曖昧に笑うと、ご馳走様でしたと丁寧に言ってその場から逃げ出した。
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