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春廼舎 明

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幕間__SS

約束

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 昔、ウィペットという犬を飼っていた。温和でおとなしく、賢い犬だった。
 どんな犬? と訊かれると、外見とかを想像したいのだとわかっていても答えてしまう。

「よく寝る犬。気がつくと寝てる。」
「猫って、寝る子って意味の眠子ねこから来てるとか来てないとか。」
「そんな感じ。寝犬。でも競走犬だったというのもあって、走る姿はかっこいい。」

 へえ~、っと言いながらソファにコロンと倒れ込む。
 クッションを抱え、うとうとしだす。

 秋イベントも終わりのんびりした晩、いつものように、当たり前のように彼女がソファでくつろいでる。俺はふと思いついた企画が通り書類仕事を持ち帰ってきた。

 静かにキーボードを叩き、書きかけを眺める。まだ辛うじて温いコーヒーを口にし、ふと振り返ればさっきと同じ姿勢のまま、あどけない表情で眠っている。

 ウィペットをもう一度飼った気分だ。
 当時はまだ珍しく、なんていう犬種ですか? とよく訊かれた。細身で毛が短いスムースコートの中型犬。尻尾や脚が鞭のように細く、寒がり。寒さに極端に弱いから涼しい時期は服を着ていた。性格は温和で静か、吠えない。あんまりよく寝てるから、吠えるタイミングを逸しているだけなんじゃないだろうかと思うほど、よく寝る。
 いや、起きてても吠えない。雷が轟音でバリバリごうごう言っていても、落ち着かなげに近寄ってくるくらいで鼻をピーピー鳴らすことすらしない。火事のサイレンが鳴って、近所のワンコたちが一斉に遠吠えを始めても、不安そうに目を潤ませるくらいで、吠えたり鳴いたりしない、とにかく静か。というか、寝てるし。ベッドの上やソファ、クッション、柔らかい所の上で寝てる。あまりに大人しいから、生きてるか居なくなってしまっていないか思わず振り返る。でも必ず同じ部屋か、犬からは自分が見えるのだろう位置にいる。頭や背中を撫でてやると、うっとりと体を脚にくっつけておとなしく撫でられていた。

 そっと、フリースのブランケットをかけてやる。触り心地のいい髪を撫でる。ふわふわのほっぺを突く。くすぐったそうに、でもちょっと楽しそうにかぶりを振る。鼻の頭をちょいちょいと指先で撫でる。むず痒そうに眉をしかめ手を払われそうになる。
 反応が可愛くて、ソファの隣に座り込み、クッションを抱きかかえている翠をブランケットごと抱き抱える。もぞもぞと居心地のいい態勢をとり、またすやすや寝息を立て始める。彼女の表情を確かめたくて、顔を覗き込む。
 パチッと目を開ける。

「……りゅーいち、さん…?」
「ん?」
「なにしてるんです?」

 眠そうに滑舌悪く尋ねられる。舌足らずな感じがそれもまた可愛らしい。

「翠のこと見てた。ベッド行く?」
「しごと、終わりました?」
「もう少しかかるかな。」
「なら、終わるまでここに居ます。」

 こてんとまた肩に頭を乗せられた。可愛いんだけど、翠を抱きかかえたままじゃ仕事、できないんだけどな。こんなことしてたらしたくなっちゃうのに、こめかみにキスを落とす。彼女の髪のほんのり甘い香りにムラムラとしてくる。彼女の平和な表情を見て、飼っていた犬を思い出し気分が落ち着く。
 仕方ない、とふっと息をつき、彼女が寝付くまで抱きかかえて頭を撫でてやることにした。

 本当に、ウィペットをもう一度飼った気分だ。
 飼おうかな。子供ができたらお腹が大きい時の散歩はちょっと大変かな。でも子供が生まれたら子守も手伝ってくれそうだな。
 鹿のような優しい眼差しで赤ん坊を眺める犬の姿を想像した。
ってちょっと先走りすぎたかも。
 そうっと彼女をベッドに運んだ。

 ようやく仕事を終わらせて、風呂に入ろうと着替えを取りにベッドルームに入ると、翠は起きていた。カーテンを開け、ちょうどよく見える月をぼーっと眺めている。

「どうしたの?」
「月、見てました。ここからだとよく見えますね。」
「翠、体の調子はどう?」
「ん~、散歩中たまにくらっとすることもありますけど、普通です。」
「それ、普通じゃ無いでしょ。」
「そうなんですか? 立ちくらみくらい誰にでもあるんじゃないの?」
「あ…その程度ね。じゃあ、明日は夕方少し時間取れる?」
「はい、夕方なら大丈夫です。」
「じゃあ、約束のイルミネーション見に行こうか?」

 翠が目を丸くし、すぐにゆっくりと、にっこり微笑む。月に照らされた綺麗な微笑みに見とれた。

「はい」
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