優しい関係

春廼舎 明

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華に初めて会ったのは小学校の時だった。

田舎の小さな学校だったから、たいていが顔見知りのはずだった。
同学年の顔はだいたい覚えた頃、見たことのない子がいることに気がついた。それが華だった。
顔が小さくスッと背筋が伸び、綺麗な姿勢が印象的だった。

中学になる頃には華はかなりモテていたが、ボディガードの兄貴を突破できたやつはいなかった。

高校の合格発表の日、駅で嬉しそうに電話してる彼女に会った。


「受かったんだ?佐久間さん。」

「うん!」

「おめでとう。」

「ありがとう!」


華が嬉しそうに顔を綻ばせた。パッと周りまで明るくなった気がした。
小柄な彼女の頭はちょうど良い位置にあったので、お祝いと称して撫でてやった。


高校は別の学校に進み、大学でバッタリ会った。

「あ!雄二君だ!わぁ、久しぶり。同じ大学だったんだね!」

俺を一目で見分けてくれたのが嬉しかった。
ニコニコ笑い、ちょこちょこと駆け寄ってくる姿が可愛くて、初対面じゃないけど一目惚れした。
相変わらず可愛らしく小柄で華奢で、顔は小さく胸はデカかった!

華とは同じ学部で講義もよく被った。
一緒にランチをとったり話をしたりするようになった。
華を狙う男どもに羨ましがられたが、俺だって話し相手以上に近づくことはできなかった。
ランチタイムに想いの通じない片思いの相手の話を延々聞かされていたから。


「夕飯に誘ったりね、帰りの電車で寝ぼけたふりしてしなだれかかったりしてみたりしたけど、それだけだった。」

くそ~!
俺が代わりたい!いくらでも寄りかかっていいよ!

「…それ、二人きりで行ったの?」

「うん。」

なに!俺ならお持ち帰りする!
こんな可愛い女に見向きもしないって、そいつ不能なのか!?

「あんまり無防備に二人きりになるなよ。」

「え~、むしろ彼に襲われたいんだけど」

「いや、まあ、そうか」



学年が上がりキャンパスが移った頃、華は実らぬ恋に心が折れ別の男と付き合い出した。
ランチタイムの話相手は恋人に取って代わられたが1年と持たなかった。
散々ノロケ話を聞かされたかと思ったら、今度は泣きながら別れた奴の話を聞かされた。
傷心につけ込んで押し倒してやろうかと思ったが、それをやったら華からは一生信用されなくなると思ったのでやめておいた。

その後、進級祝いだ、就職祝いだと色々理由をつけデートに誘ったが、誘い方が悪かった!
理由をつけちゃいけなかった。彼女は全く俺の気持ちに気付く気配がなかった。
バイトの先輩を鈍感だと思ったが、華自身も相当鈍感だ!
ん?待てよ、もしかして相手のサインにこいつ気付いていなかっただけじゃ…
とにかく俺は、遠回しな言葉や態度では伝わらないと思い、簡潔で直接的な言葉でハッキリ言うことを誓った。


『初ボーナス出た。指輪は買ってやれんけど、今来日してるバレエ団のラ・シルフィード、マチネ連れてってやる。行く?』
『行きます!!ありがとう!観たかったんだ。でも、私が既にチケット入手してたらどうするつもりだったの?』
『そういや、そうだな。でも華なら二度目でも観るだろ?』
『もちろん!』


「おおー?華がスーツ着てる!エロ可愛い。なに?仕事だったのか?」

「ちょ、変な枕詞入れないでよ。」

いやぁ、駆け寄ってくれた時ゆっさゆっさ揺れてたんだもん。
それに並んでるとね、俺の位置から華を見下ろすと襟元から谷間が見えるんだよ。眼福眼福。

「うん、今日は午前だけ仕事してきた。」

「飯は?」

「軽く、お腹鳴らない程度に食べた。」

「それむしろ、胃が刺激されて鳴るんじゃね?」

「う、幕間に甘いカフェオレでも飲んで誤魔化す!」

「はは。じゃあその後にご飯食べに行こうな?」

「うん!」


劇場を出て、予め調べておいた彼女の好きそうな店に連れて行く。
華はさっきまで観ていたバレエの興奮が冷めないようで、ふわふわとした足取りで上機嫌だった。

「華、あんまりふらふらするなよ。はぐれるぞ。」

どさくさに紛れて手を繋いでしまった!手、小さっ
って小学生かよ俺!手を繋いだだけで浮かれるとは。

「ん~?子供じゃないんだから大丈夫だよ。」

「華が大丈夫でも、俺が困る。華はちっちゃいから、人混みに紛れると見つけづらいの。」

小さいと言われてちょっと口を尖らせていたけど、手を引くと素直に身を寄せてきた。
腕を絡ませるようにくっ付くから、むにゅむにゅと柔らかいのが当たって嫌でも意識させられた。
うおぅ!小学生でなくてよかった。

これ気がつかないでやってんのかな。わざとやってんの?俺にどうしろと……
でも華の事だから、当たってるの知ってるけどだから何?ってところなんだろうな。
せっかくだから何も言わないことにした。

まだ少し早い時間だったので、目的の店で良い席へすんなり案内された。


「おおー、もう少し遅い時間なら夜景が見れただろうね~。」

「そうだね。でも今日はそんな時間までお腹持たなかっただろ。」

「うん、無理!」

「はは。じゃあ先ずはご飯。はいメニュー。」



「ご馳走様。ねえ、本当にご飯までご馳走になっちゃって良かったの?」

「言ったじゃん。今日は奢るって。」

「チケットだけかと思ってた。ありがとう!」

「どういたしまして。この後は?まだ時間あるだろ?」

天候が崩れ人が居ない展望スペースで、華はさっきのバレリーナみたいにふわふわした足取りで展望窓を巡っていた。
振り向いてふわっと笑う彼女が可愛くて、つられて俺も笑顔になった。
俺、絶対今デレデレな顔してる!

「ん~、じゃあ飲みに行こう?」

「あー、酒はまずいかも。」

「あれ?そういえば食前酒も飲んでなかったね。車?」

食後のコーヒを飲むくらいのつもりだったが、酒好きの華は飲みたいようだった。
華はまた腕に抱きつくように寄ってきて、きょとんと俺を見上げた。
マジで無自覚にやってんの?

「いや、電車だよ。」

「じゃあ良いじゃん、行こう?私もう少しこのふわふわした感じでいたいの。」

「あー!もう!飲んだら俺、暴走する自信ある。」

「どんな自信? じゃあ、まっすぐ帰る?」

「…華、お持ち帰りして良い?」

「家飲み?良いよ。行こ!」


ああああああああああ!!!!
伝わってねー!
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