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しおりを挟む理系の院生は死ぬほど忙しい。泊まり込みもザラ。
男性ばかりの中に女が泊まり込むなんて!と思ったけど、そんなこと気にしている暇もなければ気にされてもいない。
というか、実験の進行上帰るわけにはいかないこともある。
実験、データ解析、文献漁りetc.
クリスマスだ、お正月だ、バレンタインだときゃっきゃうふふとうかれ、事あるごとに飲み会に連れ出そうとする、就職した友人に本気でブチ切れた。
彼女らにとって、大学は恋人探しの場、会社は結婚相手探しの場でしかないらしい。
こんな時に、同じく院生の雄二は私の心情を察してくれる心強い味方だった。
私たちは無事修士課程を修了し地獄の研究室の日々から抜け出すことになった。
「え!?雄二、修論終わったの?」
「うん。華のところと違って実験はないから。」
「そっか。いいなぁ。」
「もうちょっとだ。頑張れよ。あとで差し入れでも持って行ってやるから」
「ん~、ありがとう。私は食べるより、ゆっくり寝たい…」
「華、痩せた?修論そんな大変だった?」
「ううん、もう終わってたっぷり寝て回復した。今はちょっと絞ってるの。」
「今でも十分細いのに、何でダイエットなんてしちゃうの?痩せ過ぎると抱き心地が悪くなるんだぞ」
「な!いや、むしろ抱き上げてもらうため発表会までに少し絞ってるんだけど。」
「発表会?バレエの?」
「そう、身内だけので気楽なもんだからそんな必死になってないけどね。急遽ピンチヒッターで出ることになってね、他にいなくてどうしてもって。怠けまくっていたから少し鍛え直さないと。」
「なんだ。せっかく飯でも誘おうと思ったのに。」
「発表会は来週だから、その後なら大丈夫だよ?」
「よし!じゃあ、行きたい店とか、食いたいものとかリクエストしろ。終わったらご褒美に連れてってやる」
「なんで雄二がいるのー!?」
「んー?そりゃ観に来たから。終わったら飯食いに行く約束したじゃん」
「いや、まあそうだけど。今日?」
「ん、今日は華見れたから満足。華、綺麗だった。疲れてるだろうし、送ってくよ。」
「あ、ありがとう。荷物多いから助かる。」
「気楽なものってわりにかなり大々的なんだな。」
「こんなもんだよ、だいたい。まあ、発表会に出るのはこれで最後だけど。」
「そうなの?」
「お金かかるし、多分時間取れなくなるだろうし。」
「そっか。安心した。」
「なんで?」
「相手のダンサーに嫉妬した。」
「華、引っ越しはいつ?」
「ん?もう終わったよ。」
「へえ、じゃあ荷物片付いたら遊びに行っていいか?」
「良いよー。おいでおいで。なんか美味しいもの買ってきて家飲みしよう!」
「おい、華。簡単に男を部屋にあげるなよ。酒出すなよ。襲うぞ。」
「あはは。兄が週末こっちに出張で来るんだ。だから一緒に飲もうよ。」
「あー、そういうオチね。お前んとこ相変わらず仲良いな。」
『職場の環境はどう?新歓コンパで、飲み過ぎてお持ち帰りされるなよ』
『大丈夫、もう帰ってきた。』
『早ええな。』
『だって、仲良くもない人と酒飲んで、何が楽しいの?』
『親睦を深めるために飲むんだろ?』
『親睦が深まってから飲みたい人と行けばいいんだよ。』
『来週から1ヶ月研修で福岡行く事になった。俺のいない間に変な男とくっつくなよ。』
『お父さんか! 明太子と通りもん、お土産よろしく!』
「華!」
「わーっ!何?なんで突然抱きつくの?酔ってるの?」
「華不足。」
「はあ?何それ。」
「華ちっちゃい、華柔らかい」
「え!? ちょ、ちょっと!離れてよ。」
「ヤダ。」
「こら、何駄々こねてんのよ。お土産持って来てくれたんでしょう?」
「うん。華いい匂いする~。はなだけに」
「もー!ちょっとドキドキして損したわ。何、親父ギャグのスキル磨いてきたの?」
「ははは。はい、お土産。九州のお茶も美味しかったから、新茶買って来たよ。」
「あ、知覧茶だ、ありがとう!食後に淹れてあげるね。」
「え?」
「ん?お土産貰うだけ貰って追い返すと思ったの? 明太子スパゲティご馳走するよ。」
「いいの? うわっすげー俺感激。もう一回抱きしめてキスして良い?」
「いやいやいや、もう一回って、さっきもキスはしてないから!」
「抱きしめるのはOK?」
「いや、それもダメ。~~!もうっ、離れてってば!」
「俺、今すげー幸せ。」
「もう!スパゲティくらいで大げさだなあ。」
「大げさじゃないよ。本当に嬉しいの!」
「なんだかなあ…あ、言い忘れちゃってた。」
「ん?」
「おかえりなさい」
「!…ただいま」
***
「ご馳走様でした。」
「はい、お粗末様でした。」
雄二の作ってくれたうどんのつゆは、最近はまっていた関西風だった。私たちの地元は関東なので、いつもなら醤油の香る濃い色のつゆになる。
まったく、いつの間にいったい何処までリサーチされてるやら。
食後のお茶まで甲斐甲斐しく給仕してくれた。
「それで?華、今日なんかあったの?話せることなら聞かせて。愚痴でもちゃんと受けてあげるから。」
ソファに並んで座り、神妙な顔で話しかけられた。
「そんな大したことじゃないよ。仕事でミスして自己嫌悪してただけ。」
「そっか」
頭をぽんぽん撫でられた。
「なんでそんなミスしたのか自分でも信じられないくらいのミスで…その煽りを受けた人からの指摘で気付いたの。」
「うん」
私はその日あったことを話した。頭をぽんぽん撫でられているうち、気が緩み感情と記憶が渦巻き、子供が母親に話をするみたいに、要領を得ない。
無限ループにはまりつつある私の話を、雄二は途中相槌を打ちつつ根気よく聞いてくれた。
「一人のミスをちゃんと周りのみんながフォローするなんていい職場じゃん。
……華、必要以上に気に病むなよ。」
「うん、わかってる。でも
「はーな!」
頭をぐっと抱き寄せられた。
「でも、だって、だけど、は禁止。キリがない」
「……」
「返事は?」
「…はい」
「ん、よろしい。」
ちゅっとおでこにキスをされ、そして今日は遠慮すると言ってたのに、やっぱり今日もまた押し倒された。伝わる体温と雄二の匂いに包まれて、それが心地よかったから、壊れ物に触れるかのようにそっと優しかったから、私は雄二に身を任せた。
真夜中、気が付いたら目の前に雄二の鎖骨があった。
雄二はいつもながらの満足そうな顔して静かに寝息を立てていた。
布団をかけ直してまた寝ようとして、突然、私はわかった。
『いつまで続くんだろ、こんなの。』
そうじゃない、
『いつまでも続いてほしい、この優しい関係が。』
私は雄二の胸元に額を寄せて、そのあたたかさに安心感を覚えて眠りに落ちた。
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