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outside,こぼれ話
28.メディカルチェック
しおりを挟む「……やぁ、蒼月、や……」
目に涙をいっぱいに浮かべ、必死でふるふると顔を振る。掴んだ手を精一杯力を込め、ジリジリと後ろに下がる。
「大丈夫だ、痛いことも怖いこともされないから。あ、採血はちょっと痛いか」
「やあ!」
バッと飛退り、俺の背中に顔を押し付け抱きついたまま固まってしまう。
医師とその助手たちが苦笑している。
「すみません。この子、ここに来るまでだいぶ辛い目にあってきたようで、こういうところに慣れてなくて、雰囲気に呑まれてるんでしょう」
「とは言え、玄、規則だからなあ。お前だって、なんかの感染症持ち込まれても困るだろ。」
「わかってる。でも、何もわからないのに、教えもせず、知らない人、見たことの無いものばかりのところに放り込まれたら、そりゃ怖がるだろ。」
組合の事務長が連れて来いと言うから連れてきたものの、顔を合わすなり、『じゃあ、行こうか』と街中を進み、街一番の総合病院に連れてこられた。
「なら、今から説明」
「既に事務長は『怖い人』に認定されてるぜ。」
「なんでだよ。」
「事務長が喋るたび、この子の、ぎゅうぎゅう捕まってる力が強くなる。」
「なんで、お前じゃなくて、俺なんだよ!」
「!」
「ほら、大声出さないでくれよ。かわいそうに、ブルブル震えて。」
衛生状態も怪しい隣国の駐屯地で奴隷として過ごし、しかもその後、ここまで川を渡り森を抜けて来た。数日間に渡り何度となく森の泉の水や、木ノ実や芋、仕留めた野鳥を焼いて食べたリもしたと言う。生水に野鳥、どんな病原菌や寄生虫を取り込んでしまったともわからない。組合としても、感染症をばらまかれても困る。と言うわけで、メディカルチェックを受けに来た。
しかしこの子にしてみれば、連れてこられた先で大声で話すパワフルなジジイに巨大な建物、みたこともない設備、機器、そろって皆白い服を着てうろうろし、きわめつけは、薬臭い。ビリビリと危険信号を受信しているに違いない。
「蒼月、大丈夫。これからやるのはな、蒼月の健康状態や病気がないか調べるんだ。」
「どうやって?」
「例えば、背の高さを測って体重を測って、身長の割に体重が軽ければもっとたくさん食べて肉をつけなきゃいけない。」
「ん」
「血の流れている音や、呼吸の音を聞いて悪いところがないか調べるんだ。いろんな方法で調べるんだよ。」
「……」
「怖いことはないから、行っておいで。」
背中を押してやろうかと思ったのに、がっちり腕にしがみつかれた。下を見ると、泣くのを必死に耐えている、そんな顔をしている。
「旦那様、一緒じゃないの?」
ぐっさーと刺さる。多分付き添いくらいは許されると思うが……
「なんで、お前が懐かれてんだよ。」
「一宿一飯の恩?」
「あああ、もういいや。今日一日やるから、その子の付き添いしてやれ。結果を聞いてもその子じゃわからんだろ。」
「はいはい、ああ、マリオかカルロがいたら伝えておいてください。近いうち新人連れて森に潜るって」
「俺を伝言係にするとはいい身分だな。」
「だって、どうせ会うだろ?」
「さ、もう落ち着かれましたか? じゃあ、まずは採尿。これにここくらいまでおしっことって来てください。」
医師がキャップ付きの試験管を指差しながら説明する。
蒼月が試験管をじーっと見たまま動かない。考えている。
「蒼月、便所の前までなら一緒に行ってやるから、小便くらい自分で取れるだろ?」
さらに眉をひそめ難しい顔をする。
むむむむ……
「蒼月、管ついてないから、あれに入れるの難しい。」
医師の手にある試験管を指差し、きっぱりと答える。
たまらずに、医師や助手たちが横を向き吹き出す。
「あー、すみません。女性医師か助手の方、説明してやってもらえますか……」
「で? こんな風に連れ出してるってことは、病気とかはなかったってこと?」
「まあな。栄養失調、貧血、低血糖、低血圧それらに伴った諸症状はあるが、まあ、栄養あるもん食っているうち改善するだろう。森の中で生水ガブガブ飲んでたから、薬は出されたがな。」
蒼月は見えない尻尾をパッタパッタと揺らしながら、嬉しそうに甘芋と小豆の善哉を食べている。今日は温かいバージョンで白玉餅も入っている。ゴマと砕いたナッツが散らされ、香ばしい香りがなんとも食欲をそそる。
大きく口を開けて、はむうぅっとスプーンに引っ付いた白玉餅をひっぺがし食べる。
「おー、ゆっくり食えよ。餅はちゃんと噛まないと喉に詰まるぞ。」
「んー」
「他は?」
「んー、寄生虫病原菌検査の時が笑えたぜ。」
「そう言う話?」
「いや、だってよ。それまで、戦々恐々と次はこの検査、次はこの検査ってビクビクしてたのに、『2~3日以内に便をとって持って来てください』って言われた時の顔、」
思わず思い出し笑いをする。
「なに、一人で笑うよ。」
「いやな、医師の顔見て『ええ~? ナニこの人、変態?』みたいな顔すんだぜ。」
「ぶ」
「ちゃんとさ、説明すれば理解すんのに、説明省いてあれやれ、これやれって言うから不審がるのに。」
「わかった、わかった。そうじゃなくて、あの子のメディカルチェックの様子を報告に来ただけじゃないだろ?」
「あー、すまん。そうだ。カルロは弓矢は使えるか?」
「銃じゃなくて、今時、弓矢?」
「うーん、なんか、火薬の匂いが嫌みたいなんだ。駐屯地で嫌な思いしてるからだろ」
「まあ、弓と銃で飛距離の優劣が出るほど、密林じゃ、離れた先まで見通せないしねえ。でも、弓をひくのだって筋力いるよ?」
「それは、おいおい付けるとして」
食べ終わった蒼月が器を戻しに、屋台へトテトテと歩いて行き、頭を撫でられて帰ってくる。
無表情なのに、なんだかとても満足げな顔をしている。
「どうして矢は前に飛ぶの?」
「なんだ、なんだ、哲学か?」
蒼月がテーブルに転がっている楊枝をつまみ、弓をひくようなジェスチャーをする。
「どうして下に落ちないの?」
つまんでいた指を離すと、ポロリと楊枝がテーブルの上に落ちる。
「矢を射る時は、弓につがえ鉉を引くだろ?」
「うん」
「引っ張られた鉉が元に戻ろうとする力を利用して、矢を飛ばすのさ。」
「ん~、利用?」
「あれ、難しかった?」
「んー、矢は意思を持ってるの? 違う。物は自分からどうしようって、自分で考えて動かない。」
「え……」
「スリングショットはゴムの前にある物がゴムが戻るときに、一緒に押し出される。矢は違う。鉉と一緒に摘まれてるだけ。」
カルロが買って来ていたサンドイッチの包みを留めている輪ゴムを外す。左手の人差し指に引っ掛け、親指と中指で引っ張り弓の弦のように見立て、右手で楊枝とゴムをまとめて摘まみ、指を離す。楊枝が落ちる。
「鉉を引っ張って離せば、弦は元に戻る。どうして横にあるだけの矢は前に飛ぶ?」
カルロがポカンとした口を開ける。
「まいったな、こりゃ……中途半端な説明じゃ納得してくれなさそうだねえ。矢の構造から説明すればいいのかなぁ」
しかし蒼月は、開けてしまったサンドイッチの包みに興味津々だ。
「ええっと、まず、矢は横にあるだけに見えるかもしれないけど、……って聞いてる?」
「すまん、もう飽きたようだ。」
「いや、リーダーが謝ることじゃないけど……ちょっと、僕のランチだよ。これ。」
後日、組合の引退した傭兵から短弓を譲ってもらい、射場を借り練習をした。見よう見まねで番た矢は弓の右側にあり、綾の国の血を感じた。
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