幼馴染の婚約者に浮気された伯爵令嬢は、ずっと君が好きだったという王太子殿下と期間限定の婚約をする。

束原ミヤコ

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 過去と今と 2

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 お父様やお兄様には叱られた。けれど、人を助けたのは尊いことだと、褒められもした。
 私が海に飛び込んだという話は、サーガさんや乗客たちに頼んで広めないで貰ったのだという。

 王都新聞に載ってしまいそうな手柄だとお父様は言ったけれど、「海に飛び込み死にかけるなど、伯爵家の娘としては傷になる。あまり、公にしないほうがいい」との判断だった。

 私はそれでよかった。有名になんてなりたくないし、ドレスを着て海に飛び込むなど――冷静になって考えると、愚か者のすることだ。
 だからただの風邪をひいて休んだのだと、学園のお友だちには説明をした。

 ただ、クリストファーだけは。

「お前の兄から聞いたぞ、リーシャ。海に飛び込み死にかけたのだと。……何故黙っている。どうして、お前から俺に言わない」

 そう、言われた。
 私は曖昧に笑うと「たいしたことじゃないから。言う必要はないと思って」と答えた。

 あのとき――泣きながら、怖かったのとすがりつけば。
 海の底で、あなたを思ったのだと伝えていれば。

 私たちの関係は、もっと良好なものになっていたのだろうか。

「お前は昔からそうだ」

 クリストファーはそれだけを言って、不機嫌になった。
 私はどうしていいかわからなくて、ただ拗ねているだけなのかと、そっとしておくことにした。
 数日すれば、いつものクリストファーに戻っている。
 誰にでも優しく、穏やかなクリストファーに。

 私の愚かさについて、怒っているのだ。だから反省はしたし、同時に心配されているような気がして嬉しかった。

 そんなことは――なかったのに。

「――リーシャ!」
 
 力強く私を呼ぶ声がする。
 うっすらと瞳を開くと、海面から私と、落ちた子供を抱え上げて顔を出しているゼフィラス様の姿がある。
 
 美しい銀色の髪が、夕日に照らされてきらきらと輝いている。
 海の底へと、ぶつぎりにされたクラーケンが沈んでいく。

 燃える炎のような赤い瞳が、心配そうに私を覗き込んだ。
 ゆらゆらと、海面が揺れる。
 異形の消えた海は、穏やかに凪いでいる。

 意識を失っている小さな女の子の体を、私はしっかりと抱きしめた。

「……イカ焼きに、できませんね、これでは」
「イカ焼き?」
「ふふ……ゼフィラス様……ゼス様、ゼフィラス様……」

 記憶の底に触れる何かがある。
 私の頬に触れるセイレーンに剣が突き刺さったのだ。

 意識を失う瞬間だった。
 胸を貫かれたセイレーンが、暗い海底へと落ちていく。

 黒い服を着た騎士様が、私を海中から引っ張り上げた。「大丈夫だ」「死ぬな」「俺が助ける」と、幾度も私を励ましてくれた。

「……思い出しました、ゼフィラス様。私は、あなたを知っています」

 ゼフィラス様は俄に目を見開いて、それから優しく微笑んだ。


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