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心臓の封印
しおりを挟む私は、レイン様に抱きしめられている。
レイン様の瞳から、ぽつぽつと涙がこぼれて、私の頬を濡らしている。
「ロザリア……私は、ロザリアを傷つけた。私は君を救わず、君を傷つけ続けた。それなのに、君は……」
レイン様の顔が、ぼやけて見える。
暗闇の中で私は未だ、ダルダリオスに追われ続けていた。
腐った手が、何本も私を捕まえようと、暗闇から伸びている。
走り続ける私の髪やドレスが、青くどろりと溶けた手に、掴まりそうになる。
「ロザリア、もう少し頑張れ。レイン君、しっかりしなさい」
お父様の声がする。
ぼやけた視界に、お父様とお母様、カナデルの姿がうつる。
どうしてみんな、地下室にいるのだろう。
「君たちが邪神の封印に奔走しているあいだ、私とカナデルでミューエ辺境伯家に残されていた古い書物を読みあさった。ダルダリオスの体の封印は、五芒星の聖廟に。それがすんだら、一番大事な、最後にやらなければいけないことが残されている」
「ロザリア、レインさん、少し痛いかも知れないけれど、耐えてね」
「姉様、兄様、そのまま動かないでください」
お父様の声に続き、お母様とカナデルの声もする。
私が守らなければと思っていた皆の声が、今はとても、頼もしい。
「五芒星の中央。ミューエ伯爵家の地下に、最後の聖廟がある。そこにはダルダリオスの心臓を封じる必要がある。体の中に残る魂と大いなる力。心臓を封じることによって、全ての封印は完成する」
いつもはのんびりとしているお父様の、今まで聞いたことのない厳しい声が、地下室に響いた。
「しかし、聖遺物はもう残されていません」
私をきつく抱きしめながら、レイン様が言った。
「聖遺物は、必要ない。心臓を封じるために必要なのは、レイン君。君自身。君の右目には、ゲンネの刻印がある。それはジェリジェンヌが残した、ダルダリオスへの愛惜。息子であり恋人であったダルダリオスを、ジェリジェンヌは完全に封印できなかった」
「私の、右目が……」
「あぁ。いつかダルダリオスが復活することを夢見て、ジェリジェンヌは私たちに、ダルダリオスの種子を残した。それがいつか芽吹き、ダルダリオスの封印がとけて、再びこの世に愛する息子が戻ってくるようにと。それがレイン君の右目。ダルダリオスの最後の欠片。心臓だ」
「……ロザリアを救えるのなら、私は喜んで、この体を捧げましょう」
レイン様は、自分の右目の上に手を置いた。
そして躊躇鳴くそれをえぐり取って、ぐしゃりと握りつぶした。
私の顔に、涙ではない液体がぽつぽつと落ちてくる。
ぼやけていた視界が戻る。
暗闇の中で私に手を伸ばしていたダルダリオスが、苦しげなうめき声をあげている。
「っ、は、ぁ、あ……っ」
胸が苦しい。
息が詰まる。呼吸ができない。
もがく私を、レイン様が腕の中に閉じ込めるようにして抱きしめる。
潰された右目からこぼれ落ちた血が、私たちを中心に赤く輝く五芒星をつくりあげる。
体があつくて、今にも全身が切り裂かれてしまいそうなぐらいに痛い。
私の胸から、今にも消えそうな炎を灯した赤い蝋燭が姿を現した。
蝋燭は、五芒星の中心に浮かび上がる。
そして――炎が消えた。
炎が消えると、赤い蝋燭も、砂のようにさらさらと崩れて消えていく。
揺れる視界に、レイン様の顔がうつる。
顔の半分は血まみれで、反対側の瞳からは、綺麗な涙がこぼれている。
「……ロザリア」
「レイン様……レイン様……っ」
私は、生きている。
誰にも私を奪われていない。
そしてレイン様も――
「ロザリア、おはよう。……大好きですよ」
レイン様は、泣きながら、微笑んだ。
私は力の入らない手足を無理矢理動かして、レイン様に抱きついた。
「私も、私もです」
これで、もう大丈夫なのだろうか。
安堵と共にこらえていた感情が、それから何回も繰り返していた私たちの記憶が、心の中にあふれてくる。
私たちはレイン様が好き。
大切なものを守ることができて良かった。
レイン様に縋り付きながら泣きじゃくっていると、お母様とお父様、カナデルが私たちの元へ駆け寄ってくる。
私の家族が、私たちを抱きしめてくれる。
私は家族を、そしてレイン様を守りたかったけれど、皆が私を守ってくれた。
――私は、ひとりじゃない。
いつだって、ひとりじゃなかった。
だから、どんなことがあっても、何があっても、空の青さを、風の心地よさを、喜ぶことができた。
「ありがとうございます、お父様。頼りないって思っていて、ごめんなさい」
「実際頼りないんだよ、僕は。文字を読むことと掃除ぐらいしかできないからね。でもこれで、やっと終わったのかな。レイン君、瞳の治療をしようか。君はもう、魔法は使えないのだろう?」
お父様はいつもののんびりとした口調で言った。
私たちから体を離して、レイン様の顔を覗き込む。
お母様は私の頭を「よく頑張ったわね」と言って、撫でた。
カナデルははっとしたように私たちから離れると、少し恥ずかしそうに俯いた。
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