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ルヴィ達が石畳の街道をひたすらに歩き、隣町へと抜けるために森に入った頃には昼を過ぎていた。
朝には身支度がとっくに終わっていたというのに、町を出るときにルヴィが貴金属店を眺めたり洋服を眺めたりと道草をしたがったせいで、出発が遅くなった。それに加えて少し歩いただけで足が痛いと文句を言ってルヴィが休憩ばかりしていたせいで、予定よりも大幅に時間の遅れが出ている。
「このままでは、森の中で野営かもしれませんね、お嬢様」
森の入り口で足を止めたジストが、冷静に状況を判断する。
特に気にしている様子もなく、キールも中天から傾き始めた太陽を見上げるとこくりと頷いた。
「ふざけたことを言わないで頂戴。この私に、道端で寝ろというの?」
野営という言葉に憤慨するルヴィを、ジストは静かに見下ろす。
「森にはきちんと道がありますから迷うということはなさそうですが、日が落ちてから無闇に移動するのは賢明ではありません。今のままの足取りでは日があるうちに抜けることは難しそうですから、ある程度進んだところで野営の準備をするべきだと判断します」
「絶対に、絶対に、絶対に嫌よ!」
「お嬢の気持ちはわかるけど、お嬢が文句ばっかり言ってのろのろ歩いてるからもうこんな時間なんですよ。昼飯なんて適当に歩きながら済ませりゃ良いのに、座り込んでゆっくり食べたりするから……」
呆れたように口を挟むキールを、ルヴィは睨み付ける。ルヴィは小柄なので、背の高い二人を睨むとどうしても上目遣いになってしまう。薄い水色の常に潤んでいるように見える瞳が見上げてくる様は、とても可愛い。
メリアドの女帝は口を開いたら恐ろしいが、顔だけは可愛いと影でこそこそ言われている由縁である。
「うるさいわよキール。食事をゆっくりとるのは当たり前のことじゃない。そんなこともできないなら私の執事として相応しくないわ」
「酷い。傷つきますよ、お嬢。別に俺は食事をとることを否定してませんよ。ただ、このままいくと野営になる理由を説明させてもらっただけですよ」
「それなら、ゆっくり食事をとる時間を私に提供した上で、次の街まで時間どおり案内なさい」
時間に遅れがでているのはルヴィの責任なのだが、彼女はとてつもなく偉そうに彼らに命令した。
いつもの事なので特に気にした様子もなく、ジストはルヴィを促して歩き始める。このままここで押し問答していても仕方ないとの判断だ。
ルヴィはどんなに説得したとしても、気に入らないことに対して素直に頷くような人格の持ち主ではないことを、長く仕えている二人は熟知している。
ここで元の街に引き返しても彼女は文句を言うに決まっているだろうし、かといって駆け足で森を抜けるように頼んでも絶対に言う事を聞かない。まさしく時間の無駄である。
「……どの道、夜になれば」
「何か言ったかしら」
小さな声でジストは呟く。
尋ねるルヴィに、彼はなんでもありませんと首を振った。
鬱蒼と木々の茂る森は、それでも馬車一台が通れる程度の道がきちんとあって、歩くのには然程苦労しない。
時折行き交う馬車に気をつけながら、「あれに乗りたいわ、馬車に乗れないとか本当に最悪」と不機嫌になるルヴィを眺めすかして歩く事数刻、夕闇が辺りに近づきはじめる。
森に住む野生のぷるぷるとしたゼリー状の魔物をジストが焼いたり、ルヴィを襲おうとした身の程知らずの野盗をキールが半殺しにしたりと多少の出来事はあったものの、大きな危険もなく分かれ道まで辿り着いた。
分かれ道はちょうど森の中腹になっているようで、休憩所として管理されているらしく、聖域にされているようだった。
聖域とは、神聖魔法を使える聖職者が定期的に浄化をすることで、魔物を近づけないようにしている場所のことである。街の他に、道の途中にもこういった場所が点在している。旅人が安全に休息するための場所だ。
「お嬢様、ここで休憩にしましょう」
「……休憩には賛成よ。足が痛いわ」
ジストは立ち止まると、道から少し外れた開けた草むらへと手を翳す。
丁度木々が目隠しになって、道を行く人々からの視界を遮ってくれる場所だ。
とはいえもう夕暮れになる。馬車も通らず、森の中には最早人の姿はない。賢明な旅人達は、明るいうちに森を抜けるものだ。わざわざこんな場所で野営を選ぶのは、危機感のないルヴィを抱えて移動をしなければいけない彼らぐらいのものだろう。
ジストが示した場所を切り取るようにして、空間が歪んだ。一瞬のうちに木々に愛らしいランプがぶらさがり辺りを照らし、寝台にもなる木に布を貼った簡易椅子が並んだ。
簡易椅子の下には広い絨毯も敷かれている。それを囲むようにして、天幕がはられた。
「魔法ってのは便利で良いな。なんでも出せるんだろ?」
ルヴィを抱き上げて、椅子に座らせながらキールが言う。
今までの休憩もただ道の端に座り込むわけではなく、ジストがルヴィのためにきちんと椅子を用意している。異空間に仕舞い込んだ物を出し入れできる高度な魔法だ。とても便利だが、使える者はごく少数である。
実力者揃いの宮廷魔導師でも、使える者は限られている。ジストの場合は、ルヴィの我儘を全て叶えるために独学で習得したものだ。
この魔法のお陰で、重たい荷物を抱えて移動しなくてすむ。ジストの魔法がなければ、ルヴィの着替えだけでも片手ではおさまりきらないぐらいの量になっていた筈で、そんな荷物を抱えては旅をすることなど到底無理な話だった。
「仕舞い込むにも限度がありますけどね。お嬢様、檸檬水ですよ」
瓶に入った飲み物を受け取って、ルヴィは口をつける。
こくりと飲み干してから、くるりと周りを見渡した。
「……いつもの休憩よりも、きちんとしているわ」
はっとしたようにジストの顔を見上げる。
「まさか、野営のつもりじゃないでしょうね?」
「休憩ですよ、お嬢様。街に着くためには夜も歩かなければいけませんので、夕食もすませてしまいましょう」
「そう、なら良いけど」
渋々頷いて檸檬水を上品に飲み始めるルヴィを尻目に、彼らは意味ありげな表情を浮かべて小さく頷き合った。
せっかくだから食料を調達してくると森の奥へとキールが入っていくのを見送って、ルヴィは長椅子へとしどけなく寝そべる。
足が痛いのも疲れているのも本当だ。自分の足で長距離を歩いたことなど今までなかった。
街への移動とは馬車で行う物。細いヒールの華奢な靴は、歩くためじゃなく足を飾り立てるためにある。なんでこんなことになってしまったのかと思いながら一番星が瞬きはじめた空を見上げる。
(あぁ、夜になっちゃうじゃない。まったく、最悪だわ……)
ルヴィは心の中で呟いた。
あの事故が起こった日から既に、もう何日も繰り返しているのだ。
流石に学んだ。それは、どうしようもないということを。
「ジスト、沢山歩いたから汗で気持ち悪いの。綺麗にして頂戴」
「はい、お嬢様」
異空間から干し肉や乾燥させた果物などを取り出して、小さなテーブルに並べていたジストが顔を上げる。
服の内側が清涼な水で洗われて、ふわりと風が通る感触がした。異空間収納といい、浄化魔法といい、ジストが使える魔法は便利なものが揃っている。
それもこれも、ルヴィの要求に全て応える為に学んだものだ。
喉が渇いたと言われたらどんな状況であっても即座に飲み物を提供し、座りたいと言われたら安全な椅子を提供する。そして、お風呂に入りたいと言われたら、どんな場所であっても体や衣服を清潔にできるようにするためのもの。
もともと浄化魔法というのは体を綺麗にする効果などない。その場を清め、邪悪を寄せつけず、呪いを解くためのもの。それをジストは、ルヴィの要求を叶えるためだけに改良した。
「ちゃんとお湯に浸かりたいわ。浄化の魔法はすっきりはするけど、それだけなのよね」
怠惰に長椅子に寝転がりながら文句を言うルヴィに、ジストは思案するように自分の掌をみつめた。
「宿についたら、ゆっくり体を洗ってさしあげますよ。申し訳ありませんが、今はこれで我慢をしてください、お嬢様。お嬢様の言うとおり、この魔法にはもう少し改良の余地がありそうですね」
「お湯に浸かったような感覚が欲しいわね。じんわり体が温まるような」
「わかりました、お嬢様。それなら、火炎魔法と組み合わせればどうにかなりそうですね。数日、時間をください」
「でも、所詮は魔法よ。本当にお風呂に入るのとは違うわ。あぁ、早く街につきたい」
一番星が輝いていた夕焼け空が、あっという間に闇色に染まっている。ジストの取り出したランプのお陰で天幕の周辺は明るいけれど、木々の向こうにかすかに見えていた辿ってきた道は、闇に覆われ見えなくなってしまった。
「そうですね、お嬢様。……お疲れでしょう、キールが戻るまで、足でも揉んで差し上げましょうか」
ジストの申し出に、ルヴィは彼に向かって足を差し出した。
世話をやかれ慣れている仕草には、愛らしい少女の見た目とは裏原に女帝としての貫禄がある。
ジストはルヴィの足元にひざまづくと、丁寧に靴を脱がせる。絹の靴下の上から、細い足首に手を這わせた。
「……キールは、遅いわ」
「元々好戦的な男ですからね。暗くなれば魔物が増える。戦っているのかもしれませんね」
「何よそれ、時間の無駄じゃない。私の側を離れて魔物の相手をするだなんて、有り得ないわ」
「お嬢様の安全のために、危険な者を先に狩っておきたいのでしょう。足が痛みますか、お嬢様。おかわいそうに、赤くなっている」
するりと絹の靴下を抜き取った掌が、ルヴィの足の裏に触れる。
ジストは治療魔法を使用したのだろう。じんわりとした暖かさとともに、痛みが消えていく。
キールの無骨な掌とは違う、繊細で長い指がルヴィの脹脛を滑るようにしながら軽く押した。
ルヴィは心地よさに目を細める。
心地よさと同時に忍び寄ってくる淫らな快楽の芽が、ゆっくりと育ちはじめることから、必死で目を逸らした。
「……ん、……もう、良いわ」
「どうされました、お嬢様。まだ、キールは戻りませんよ。出発までは、時間があります」
「もう良いって言ってるでしょ。離れなさい、ジスト」
厳しい口調で命令すると、ジストの指先がするりと離れていった。
失われた体温を、追い求めそうになる衝動を唇を噛んで押さえつける。
「お嬢様、呼吸が乱れていますよ。体の調子が悪いのですか?」
「なんでも、ないわ。……まったく、冗談じゃないわ。きちんとした宿のベッドで寝たいのよ、私は。こんなところで夜を明かすなんてごめんよ、キールは遅すぎるわよ。帰ってきたら、叱ってやらないと」
いつもの文句にも、覇気がない。
居心地が悪そうに膝を擦り合わせて、スカートの裾を引っ張るルヴィの白い頬は薄く色づき、瞳もいつもよりも潤みはじめている。
夜の訪れと同時に起こる体の変化に、ルヴィは「最低だわ……」と小さな声で呟いた。
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