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交渉という名の命令
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ラティアは瞳をきらきらさせながら、切り分けた三段重ねのケーキをフォークで食べている。
一口食べるごとに「甘い」「これは、甘いです」と、小さな口をほころばせて、アレクシスに報告をしてくれる。
侍女たちに命じてラティアの薄汚れた体を綺麗にさせた。
あの時──重度の魔力枯渇状態と血液不足に陥っていたアレクシスの視界に映ったラティアも美しかったが、体を清めて髪を整えドレスを着せたラティアは、まるで地上に舞い降りた女神リーニエのようだ。
その彼女が、まるで生き別れの主を見つけた子犬のように、食事の美味しさをアレクシスと共有するようにして教えてくれる。妙なむずがゆさを感じて、アレクシスは彼女の口元から視線を逸らした。
あの行為を彼女はただの治療ととらえている。
もちろん、ラティアにとってそれ以上もそれ以下の意味はないのだろう。
彼女にとって接触とは治癒でしかない。それ以上の意味を理解していないのか、理解した上で治癒だと感じているのか。どちらにせよ、危ういことは確かだ。
彼女が伯爵家でどのような扱いを受けてきたのかは想像に難くない。
侍女たちの報告では、ラティアの背には鞭打ちの跡が残っていたのだという。
その体は肋骨が浮き出るぐらいに細く、食事もろくに与えられていないことはすぐに知れた。
そんな状態で──アレクシスの失われていた魔力を回復したのだ。
倒れるはずである。死ぬ可能性もあった。
それにアレクシスが部下たちを止めなければ、部下たちがラティアの首を落としていたかもしれない。
それを覚悟の上で、ラティアはアレクシスを救った。
面識もない。他人だ。ただ魔竜を討伐したというだけで。
彼女はアレクシスにとって命の恩人である。だが、彼女もまたアレクシスを命の恩人だという。
(いつものことだ。ただ、魔竜を倒した。それが私の義務だからだ。私の力を、普通の人間は恐れる。だが……ラティアは違う。世間知らずだから、か)
ラティアを伯爵家には帰せない。彼女の力を失うのは惜しい。そして──欲しい。
二十七年間生きてきて、これほど体が軽いのははじめてだ。
だが、彼女を傍に置く理由はそれだけではない。
(知られれば、搾取される。多くの者が彼女の体に触れる。ろくでなしの家族だ。彼女を道具のように扱うだろう)
魔力を持つ貴族たちは、こぞってラティアを欲しがるだろう。
伯爵家はラティアを使用人として扱っていた。特別な力があると知れば、今度はきっとそれ以上に──ラティアを利用する。
金をとり、ラティアを貸し出す。ラティアに癒されるために、彼女の体は貪られる。
それを──彼女の母は危惧していた。
シャルリアは知っていたのだ。自分の夫が信用ならないことを。
「ラティア。よく食い、休め。お前の仕事は私を癒やすことだけだ。それ以外は、何もしなくていい」
「それは困ります。閣下、私は働けます。お食事を恵んでいただいた以上、働かなくてはいけません」
「お前の労働は、私を癒やすことだけだ」
「そういう、わけには。私は、公爵家の下働きとして雇っていただいたのですよね」
「……違う。私の専属の魔力回復係……というのは、表向きには言えんな。お前の力を隠しておきたい。とすると、この家の侍女という立場ではどうか。名目上のことではあるが」
アレクシスが提案をすると、背後に控えていた執事のシュタルクが信じられないというような顔でまじまじとアレクシスに視線を送る。
アレクシスは眉を寄せて彼を睨んだ。傍仕え以外にどうしろというのか。他にいい考えが思い浮ばないのだから仕方ない。
「ありがとうございます、閣下。私、一生懸命働きます。恩返しの、ために」
「……お前は、よく食い、よく休め。それだけでいい」
「閣下は、くれな、いの……さいやく、と呼ばれているとお聞きしました。それは、強くて、優しい人、という意味ですね」
「違うが」
「違うのですか……?」
思わず頭を抱えそうになり、アレクシスは眉間の皺を深くした。
食事を終えたラティアを侍女たちに任せて、アレクシスは執務室に向かう。
シュタルクが後をついてくる。いつの間にかルドガーも合流していた。
彼らはアレクシスの腹心たちである。アレクシスの双肩だ。ラティアの件は既に伝えていた。
ラティアについて不敬な女だと言っていたルドガーは、彼女の意図を理解して「勇気ある女性」と言っている。シュタルクは「主の恩人」という認識をしたようだった。
執務室に入り「手紙を書く」と言うと、すぐにシュタルクが執務机にインク壺とペンと紙を置いた。
椅子に座ったアレクシスは、フィオーレ伯爵あてに手紙を書いた。
『ラティア・フィオーレ伯爵家長女について、知らせたいことがある』
そこまで書いて、アレクシスは手を止める。
「アレクシス様。先ぶれの手紙を出し、フィオーレ伯爵家に向かうのですか?」
ルドガーに尋ねられて、アレクシスは首を振った。
「何故私が弱小貴族に、直々に会いに行かなくてはならん。ラティアを悲惨な環境に置いていたろくでもない者たちだ。礼儀を払う必要はない」
「それはその通りです。ですが、手紙にはなんと書くのですか? 突然娘をもらうと言われて、伯爵が黙っているとは思えません」
いつも笑みを絶やさないシュタルクが、冷静な声音で言った。
「それなら、嫁にすると書いたらどうですか? アレクシス様の妻としてもらい受けるのなら、誰も文句を言いません。理由なくよこせというのは、いくらアレクシス様とはいえ横暴にすぎます」
「それはそうですね。ルドガーにしてはいい考えです。僕も同様に思いますよ。魔力の回復には身体の接触が必要なのでしょう。そのようなことを侍女にさせるのは、いささか問題があります」
先程シュタルクが何か言いたげな顔でアレクシスを見ていた理由が、ようやくわかった。
確かに彼の言う通り、アレクシスがラティアにした要求は、あのような身体的接触を続けさせるという意味だ。
侍女にさせる仕事ではない。だからといって──。
「突然妻に迎えると言われても、困るだろう」
「そうでしょうか。俺は嬉しいと思いますけどね。アレクシス様は皆の憧れですよ。まぁ、怖がる女性も多いですけど」
「突然ここにいろ、拒否権はない……というようなことを先程アレクシス様はおっしゃっていましたが、妻になれという言葉とさほど違いはありませんよ」
「違うだろう。侍女と、妻とでは」
結局手紙には『貴殿の娘が倒れているところを助けた。我が家で雇うことに決めた。ラティアを迎え入れるにあたり金が必要ならば金額を提示しろ』とだけ書いた。
アレクシスはそれをシュタルクに渡して「早急に届けろ」と命じた。
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