鮮血の公爵閣下の深愛は触癒の乙女にのみ捧げられる~虐げられた令嬢は魔力回復係になりました~

束原ミヤコ

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ディゼルのお世話

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 唖然としていたルドガーは気を取り直したように軽く首を振った。

「すみません、ラティア様。アレクシス様がそのように誰かに自分を呼ばせることなど、はじめてだったものですから」
「旦那様は、ヴァルドール閣下と呼ばれることを好まないとおっしゃっていました。ですから、尊敬を込めて旦那様、と。いけなかったでしょうか……?」
「いいえ。そんなことはありませんよ。アレクシス様がそうお望みならば、なんと呼んでいただいても……だが、あぁ、そうか。そういうことなのですね」
「そういう?」
「いえいえ、こちらの話です。ともかく、ラティア様。アレクシス様が自らそうして誰かに声をかけることは珍しいんです。だからつい、驚いてしまいました」

 困ったようにルトガーが言う。ぱちぱちと瞬きをした。
 そうなのだろうか。アレクシスは親切で優しい人なのに。

「あの……私はただの侍女です。旦那様に助けられて、温情でこちらに置いていただいています。ですから、私のことは皆様もただの侍女として扱っていただきたいのです。敬称などは、落ち着かなくて」
「ラティア様はラティア様です」
「それはできかねます。ラティア……などと呼んで親しくしたら、アレクシス様に殺される」
「まさか、そんなことは」

 思わぬことをルドガーが言うので、ラティアは目を丸くした。
 ルドガーは笑いながら「今のはちょっと大げさでした」と言った。

「ラティア様、これからも閣下の傍仕えとして働けそうですか? もしお辛いようでしたら、他の立場を考えていただきますが」
「大丈夫です。とても、優しくしていただいています」
「そうですか! よかったです、それは本当によかったです。ラティア様、閣下をどうぞよろしくお願いします」
「それは、こちらこそ、です」

 ファリナが嬉しそうに口元をほころばせて礼をするので、ラティアも深々と頭をさげた。
 いつの間にかどこかに消えていたルクエがやってきて、ラティアの足元に体をすりつける。
 ラティアはルクエを抱きあげた。ファリナは「あぁ、わんちゃん!」と言って、ルクエの頭を撫でる。
 ルドガーも「変わった犬ですね」と、ルクエの体をわしわしと撫でた。
 ルクエは満更でもなさそうな顔をしている。犬と呼ばれて不満げだったが、もう慣れたようだ。

「ファリナさん、旦那様は領地に帰るとおっしゃいました。私に、共に馬に乗るようにと。そんなことをして、いいのでしょうか。心配になってしまって」
「まぁ! 閣下がそんなことを? もちろん構いませんよ。ヴァルドール家では閣下の言葉は絶対ですから。でも馬車ではなく、馬でいいのかしら……」
「アレクシス様は馬車を嫌いますからね。のろのろと遅い、と言って。雨の日でも馬に乗りたがります。ですが、ラティア様と同行なさるのなら馬車のほうがいい気がしますね」

 ファリナの言葉を、ルドガーが継いだ。
 ラティアは大きく首を振る。ラティアは徒歩でもいいと考えている。共に乗馬するのは分不相応なのではないか、ヴァルドール家の者たちを不快にさせるのではないかと不安だっただけだ。
 だから、ファリナに尋ねたかった。
 せっかく、新しい居場所を作ってもらったのに、自分の存在が再び誰かを不愉快にしてしまうことが嫌だった。また──皆に嫌われて蔑まられることは、怖い。

「私は馬に乗ります。乗りたいと、思います。ですから大丈夫です、ルドガーさん」
「そうですか? ラティア様がそうおっしゃるのなら、それでいいですが……」
「ファリナさん、旦那様は出立の準備をするとおっしゃいました。私も、お手伝いをしますね。馬屋に行ってもよいですか?」
「ええ、もちろんです」

 ルドガーは「俺も準備をしないとな」と言いながら、挨拶をして去っていった。
 ラティアはファリナと共に馬屋に入る。ファリナは「閣下の馬ですよ。名は、ディゼルです」と、黒毛馬の元に案内をしてくれた。
 艶やかな肌をした黒い馬は、穏やかな瞳でラティアを見る。
 ラティアはディゼルの顔に手を伸ばして、湿った鼻や艶々の鼻筋を撫でた。
 美しい鬣をしている。よく手入れをされている証だ。

「ディゼル、はじめまして。ファリナさん、少し手入れをさせていただいてもいいですか? 長い旅になりますから、ブラシをかけてさしあげたいのですが」
「構わないと思いますけれど……ラティア様がそんなことまでなさる必要はありません」
「……いけませんでしょうか」
「ラティア様がそうなさりたいのなら、かまいませんよ」

 馬屋には、ディゼルの他に何頭かの馬がいる。馬番が水や飼葉を運んでいるのを、ラティアは手伝った。それから、ブラシを持ってディゼルの体を撫でるようにして擦っていく。
 ディゼルは気持ちよさそうにしていた。ファリナはルクエを抱いて、せっせと働くラティアの姿を微笑ましそうに見ている。

「ラティア、こんなところで何をしている?」
「旦那様!」

 そこに──アレクシスが現れた。
 彼は真っ直ぐにラティアの元に歩いてくると、ディゼルの額を軽く撫でたあとに、ラティアの腕を掴んだ。

「出立の準備とおっしゃっていましたので、馬の手入れをと思いまして……」
「それはお前の仕事ではない」
「ですが……」
「閣下、ラティア様がそうしたいとおっしゃるのですから、いいのではないでしょうか。ディゼルに共に乗るのでしょう? ディゼルと親しくなるのはいいことかと思います」

 ファリナが慌ててラティアを庇ってくれる。ルクエは『この男はどうして怒っている?』と不思議そうに言った。

 アレクシスは無言でラティアを抱きあげた。
 抱えあげられたラティアは、彼の腕の中で体を小さくしていた。

「閣下、そう怒らなくても」
「怒ってなどいない。ただ、どこにいったかと思って探していた。連れていくぞ、ファリナ」
「え、ええ。はい。領地にお帰りになるのですよね」
「その予定だ」

 アレクシスはそれ以上は何も言わずに、ラティアを抱えたまま馬屋を後にした。

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