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公爵領地へ
しおりを挟む身支度を終えたラティアは、館の入り口に向かった。
そこには既にディゼルを含めた馬が何頭も用意されている。いくつかの馬車も並んでいた。
タウンハウスに残り家の管理をする者もいれば、共に公爵家に戻る者もいる。
ファリナたち侍女は馬車に乗って、護衛たちと共にゆるやかな旅路につくという。
「支度ができたか、ラティア」
「はい。とても綺麗にしていただきました。ルクエもこんなに可愛くなりました」
『僕も可愛くなった』
「ルクエも喜んでいます」
ラティアの両手に抱えられたルクエは、ぱたぱたと尻尾を振っている。
ラティアの旅用のドレスは厚手の濃い紅色で、それはアレクシスの瞳の色に似ていた。肩から長いショールをかけており、ベロア生地が風にひらりと靡く。
整えられた銀の髪は、金の葉とレッドベリーの小さな丸い赤い実を模した硝子の髪飾りで飾られている。
「ありがとうございます、旦那様。こんなに綺麗な服を着たのははじめてです。とても嬉しく思います」
「……あ、あぁ。よく、似合っている」
「ありがとうございます」
ラティアはもう一度礼を言い、はにかんだ。
ルドガーが近づいて来て、胸に手を当てて礼をする。
「アレクシス様とラティア様の御身は、我らヴァルドール兵がお守りします」
「ルドガーさんたちも、お気をつけて」
「ラティア様、お優しい。そして、とても可愛らしいですね」
「褒めていただいて、嬉しいです」
ルドガーの後に、細い瞳をした笑顔の男がアレクシスの隣に立って口を開いた。
「ご挨拶が遅れました。シュタルク・ドーリスともうします。ファリナの兄で、ヴァルドール家の執事をしております。以後お見知りおきを」
「はじめまして。ラティアともうします。アレクシス様に救っていただきまして、傍仕えの侍女としてお傍に置いていただけることになりました」
「存じあげておりますよ。フィオーレ家では大変な思いをしていたとお聞きしました。アレクシス様とラティア様の出会いはきっと、女神リーニエの導きなのでしょう」
「ええ。きっと。ご迷惑をおかけしないように、頑張りますので、よろしくお願いします」
「こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
シュタルクやルトガ―に「出立をする」とアレクシスは指示をした。
それから、ラティアに「行くぞ」と短く言った。ファリナがやってきて、「わんちゃんはこっちに」とルクエを抱きあげる。
『ラティア、またあとで』
ルクエは満更ではなさそうな顔をして馬車に連れて行かれた。
尻尾をぱたぱたさせている。もしかしたらルクエも、何年もラティアの前に姿を見せないようにしていたのだから、寂しかったのかもしれない。ファリナや侍女たちがルクエを可愛がってくれることを、ラティアは微笑ましく感じた。
ディゼルに向かい歩きはじめるアレクシスの後を、ラティアは慌てて追いかける。
ドレスというものは裾が長い。旅用の靴もまだ履き慣れない。そのせいだろうか、ドレスの裾を踏んずけて転びそうになる。
「危ない」
ちょうど傍にいたルドガーが、べしゃっと転びそうになったラティアを抱きとめた。
太く逞しい腕がしっかりとラティアを支えてくれる。至近距離で顔を覗き込まれて、恥ずかしさにラティアは頬を染めた。
「も、もうしわけありません。ありがとうございます」
「いえ。怪我はありませんか?」
「大丈夫……あ、わ……っ」
ルドガーに抱えられているラティアを奪うように、戻ってきたアレクシスがラティアを抱きあげた。
見送りの使用人たちや、随行する兵士たち皆が集まる前で抱きあげられて、ラティアは今度はうろたえながら顔を真っ赤に染めた。
「だ、旦那様、私は大丈夫……」
「黙っていろ」
「……アレクシス様、今のは不可抗力です。そんなに睨まないでください」
「睨んでなどいない。生まれつきこの顔だ」
ルドガーが両手を顔の前にあげて、困ったように笑った。
そんなルドガーを睨みつけたあと、アレクシスはラティアをディゼルの鞍に乗せる。
ヴァルドール家の者たちが微笑ましい笑顔でアレクシスとラティアを見守っている。
特にファリナとシュタルクは並んでにやにやしながら、アレクシスを見ている。
兄妹だからなのだろう、その雰囲気はとことなく似ていた。
「……お前たち、何を見ている。さっさと準備をしろ」
再度ぎろりとアレクシスに睨まれて、皆慌てて自分の馬に乗り、馬車に乗り込んだ。
アレクシスはひらりと馬に乗ると綱を手にする。
それから思いのほか高い馬上で身を竦めているラティアの体を片手で抱いて、自分のほうへと引き寄せた。
「ラティア、しがみついていろ。遠慮はするな、落ちるからな」
「は、はい。旦那様……私、馬の世話をしたことはありますが、馬に乗るのははじめてです。こんなに高いものなのですね」
「怖いか?」
「旦那様がいてくださるので、大丈夫です。ええと、それでは、失礼します……!」
ラティアはアレクシスの腰に手まわして、ぎゅっと抱きつく。
布越しに、ごつごつとした体の感触がある。一瞬、アレクシスの体がびくりとこわばったような気がした。
顔をあげて表情を見ようとしたが、ゆっくりと馬が動き出して体が揺れるために、少しの怖さを感じてラティアはさらにぎゅっとアレクシスにしがみついた。
「大丈夫だ」
耳元で、低い声がする。
片手が背を撫で、髪を撫でる。胸の高鳴りに気づいて、ラティアは戸惑いながら軽く眉を寄せた。
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