鮮血の公爵閣下の深愛は触癒の乙女にのみ捧げられる~虐げられた令嬢は魔力回復係になりました~

束原ミヤコ

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雷と血と

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 雷が纏わりついた槍を、ジルバはアレクシスに向ける。
 アレクシスは顔色を変えずに、冷めた瞳でそれを見据えている。ルドガーが「アレクシス様、おさがりください」と言って、柄の赤い槍を構える。だがアレクシスは彼を一瞥すると、軽く首を振った。

「マルドゥーク伯直々に刃を交えるつもりらしい。そうとなれば、私もお前たちに任せ隠れているわけにはいかない。巻き込まれないよう、ラティアを守れ」
「ですが」
「ルドガー、雷将ジルバという名は飾りではない。あの御仁がそのつもりであるのならば、私が相手をする」

 ルドガーは兵たちに「ラティア様や馬車を守れ」と命じてさがった。
 ラティアはシュタルクに庇われて、馬車のある後方へと連れて行かれそうになる。だがシュタルクの腕を掴み、大きく首を振った。
 何が起こっているのか全て理解できるというわけではないが、アレクシスを癒やすのはラティアの役目だ。
 傍に、いたい。

「ヴァルドール、陛下の犬よ! 貴殿がいるかぎり我ら貴族は亀のように甲羅の中に首をねじ込み隠れ過ごさねばならん」
「犬、とは。妙なことを言う。我ら貴族は王家に忠誠を誓うもの。それが嫌なら、首を斬られて食われんように分厚い甲羅の中に隠れていろ」
「陛下の横暴は目に余る。娘を失った俺の悲しみにも耳を傾けず、やみくもに討伐をし罰則金と五年の蟄居を命じるなど、俺が雷将ジルバとわかっていての処遇か!」
「陛下は私闘を禁じている。それだけの話だ」
「足蹴にされても殴り返すなというのか。そんな情けのない話はない! 貴殿が俺に味方をしないというのならば、その首この場でもらい受ける!」

 ジルバは槍を構えて、馬の腹を蹴った。巨躯の馬と、煌びやかな鎧を着た将がアレクシスに駆ける。
 アレクシスは銀のナイフで手の平を切る。ラティアは息を飲んだ。
 アレクシスが魔法を使う瞬間を、はじめて見る。
 血を触媒にするとは、実際に血を流すことだと知った。
 背すじがざわりとした。アレクシスは表情ひとつ変えていないが、それは痛みを伴う行為だ。

 滴り落ちた血が渦巻き剣の柄のようなものを形作る。
 アレクシスはそれを掴んで、引き抜くような仕草をした。

 血液で形作られた長い刃を持つ剣が、アレクシスの手の中に現れる。
 一振りすると、血液が滴り落ちる。その血の一滴一滴がナイフの形になり、アレクシスの周囲に浮かびあがった。

「アレクシス、親殺しめ! 今のお前の姿を見たら、ヴァルドール公はさぞ失望するだろう!」
「死人に口などない。失望しようが、どうせ墓の下だ」

 ジルバが槍を頭上でぐるりと回すと、雲もないのに落雷が空から幾本も落ちる。
 それは彼の怒りに同調をするように、大地に穴をあけて木々を真っ二つに引き裂いた。

「威嚇か、マルドゥーク伯。魔力の無駄遣いをする必要はない」
「今のは警告だ。俺はいつでもお前の兵を焼け焦がし、殺すことができる!」
「やってみるがいい」

 ジルバの挑発を、アレクシスは鼻で笑う。怒りで顔を赤くして、ジルバは槍の穂先をラティアたちに向ける。雷鳴が鳴る。ラティアたちの頭上に、びりびりと帯電をする雷の球体がいくつも現れる。
 アレクシスの周囲に浮かびあがった血の小刀が、雷の球体を貫いて魔法を相殺した。

 ぶつかり合う魔法の衝撃に、激しい風が吹きすさぶ。
 転がりそうになるラティアの細い体を、シュタルクが片腕で抱きしめて庇ってくれる。

 ジルバの馬が天高く跳躍をする。跳躍の勢いが全て乗った槍が、アレクシスに降り降ろされる。
 アレクシスはそれを血の刃で受けた。
 槍の刺突を刃ではじき返し、同時に再びいくつもの血のナイフを周囲に作りあげる。
 ナイフは鋭く、ジルバを突き刺した。

 だが、致命傷には至っていない。ジルバが体に纏う雷が、鎧の隙間から刺さる刃をじゅっという音を立てながら蒸発させる。

「アレクシス、愛する者のいないお前にはわからんだろう! アリーチェとロザリアを失った悲しみ、そしてこの怒りは、癒えることはない! ケンリッド侯爵の血で贖わせる」
「二人が姿を消す前に、なぜ貴殿は娘を救わなかった? 出奔するまで思いつめたのは、ケンリッド侯の罪だけではない」
「知ったような口を……!」

 アレクシスは刃をジルバの首に向ける。
 冷ややかな殺気が、ラティアの肌まで伝わってくるようだった。

(アリーチェ……アリーチェ、マルドゥーク……)

 ラティアは心の中でその名を反芻する。つい最近、その名を聞いた。
 あの時は必死だったので、思い出すまでに時間がかかってしまった。
 ラティアはシュタルクの腕の中から抜け出して、アレクシスの元に駆ける。長いスカートを片手で掴み、転がるようにアレクシスの前に出た。
 アレクシスの目が驚愕に見開かれる。ラティアは両手を広げる。この戦いは、続ける必要がないものだ。ジルバは娘が消えてしまった、おそらく死んだと思い込んでいる。
 だが、それは違う。彼女は生きているのだから。

「ラティア! 退け!」
「小娘、死にたいのか! どういうつもりだ!」

 アレクシスとジルバの声が重なった。
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