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アレクシスの動揺
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ラティアが去った室内で、アレクシスはソファに深く体を沈めると天井を仰いだ。
彼女が去ったあとの部屋は、妙に広く感じる。
当主の私室なので、寒々しいぐらいに広く作られているのだが、アレクシスは今までその広さを意識したことはなかった。今はその広さが、何故だか気になった。
『おやすみなさい、旦那様。あなたが、よく眠れますように』
別れ際にそう言って微笑んだラティアの顔が、閉じた瞼の裏側に思い出された。
痛みを堪えるように、こめかみに指をあてながら手のひらで顔を覆う。
彼女の手のひらは、長年酷使されてきたからか少しかさついていた。
恩義を感じているからと従順にアレクシスを支えてくれようとする健気さや、そしてジルバとの戦いを止めようとした命知らずなところや、劣悪な環境で育てられたというのに損なわれない清廉さ、彼女を形作るもの全てがアレクシスの心をさざめかせた。
あのことがあってから、己を罪人だと考えて、いつ死んでもいいと思っていたのに。
『親殺し』
そう、ジルバはアレクシスを詰った。ラティアの耳にも入っていたはずだ。
けれどラティアは何も尋ねず、その態度も変わることがなかった。
彼女には──何故なのか、話したくなってしまう。己の抱えているものを。
あの老練な古将ジルバが己の全てをさらけ出し、懺悔をしたように。
それはラティアが女神リーニエの力を持ち生まれてきたからか。まるで女神に懺悔をするように己の罪を語りたくなってしまうのか。
「……違うな。ラティアは、ラティアだ」
アレクシスは、女神を信奉しているわけではない。
リーニエの力など、ないほうが彼女のためだ。あのような──己の身を犠牲にする力など。
ラティアはなんでもないように、より深い接触と口にしていた。
その意味が、わかっているのか。
(私も、再び口づけをされるのだろうと、少し期待していたのではないのか)
アレクシスの手を包み込んで、触癒を使うラティアの姿を思い出す。白い頬が薄く色づき、ふっくらとした唇や閉じた瞼に並ぶ長い睫毛が煽情的だった。
全身を激しく血が巡るような感覚に、アレクシスはその心地よさに耐えることに必死だった。
「……何をしているのか、私は」
彼女が自分以外の人間に触れられることを考えると、暗い怒りが胸を満たす。
己にならいいのか。それはラティアを利用していることにならないのか。
利用している。そう割り切ってしまえば、彼女から与えられるものを平然と受け入れることができただろう。
しかしそれをするには、ラティアは純真に過ぎる。
もし自分以外の男が彼女を拾いあげていたら──けれど、その想像の中の男と自分にどれほどの差異がある。
アレクシスは可能性を模索しようとする己の夢想を振り払うように頭を振り、心の中の淀みを吐き出すように深く息をついた。
ジルバを送り出した数日後、アレクシスはシュタルクとルドガーに王都に行くことを伝えた。
「アレクシス様とラティア様、お二人で?」
「護衛の必要はありませんか?」
シュタルクとルドガーに問われて、アレクシスは頷いた。
「此度は私用だ。用件が用件だけに、目立ちたくない。身分を隠しての旅になる。マルドゥーク伯爵は陛下から蟄居の命をくだされている。彼が王都にいるのを知りながら捨て置いていることや、あまつさえ彼に協力をすることは、陛下への裏切りだ」
「それでもマルドゥーク伯爵に協力をするのですね、アレクシス様」
「あぁ」
「わかりました。ヴァルドール家の者は、閣下の意向に従います」
アレクシスの返事に、シュタルクは細い目を更に細くした。
常時笑っているような顔の男だが、今は本当に笑っているようだ。
「アレクシス様が戦い以外の理由で外出するのは珍しいことです。領地の防衛は俺たちに任せて、ラティア様とゆっくり王都の観光でもなさってきてください」
「任せた。……観光はしない。そのような用事で行くわけではない」
「いいじゃないですか。ラティア様は伯爵家で酷い暮らしをしていたんでしょう? 王都の劇場や、宝石店、観光地にも行ったことがないんじゃないですか。きっと楽しいですよ!」
「目立てないと言っているだろう」
「あぁ、そうか。アレクシス様は目立ちますからね。変装をするといいと思いますよ」
アレクシスの言葉を聞いていないのか、ルドガーが快活な声で言う。
共に話を聞いていたファリナも両手を胸の前であわせると「とてもいいですね!」と笑った。
「本当は一緒についていきたいのですが、閣下、ラティア様をよろしくおねがいします」
「用件が済めば、すぐに戻る」
「ゆっくりしてきてください。閣下がいなくても、ルドガーや兵たちがいますから。魔竜が出ても皆で倒しますよ」
ファリナは「閣下は責任感が強すぎるんです」と付け加えた。たまには遊んだほうがいい、と。
遊びに行くわけではない。そもそも、アレクシスは遊んだことがない。
遊ぶということがどういうことか、理解できない。しようとも思わない。
「では、行こうか、ラティア」
「はい。アレクシス様、よろしくおねがいします」
旅装束に着替えたラティアを、ディゼルに乗せる。
頭からフード付きのローブをすっぽりとかぶって、旅用の飾り気のないブラウスとスカートをはいたラティアが、アレクシスの後ろに座って背後から腰に腕を回してくれる。
彼女を劇場に連れて行ったら喜ぶのだろうかと、アレクシスは考える。
ルドガーに言われてその気になっている自分が、浮ついているようで気恥ずかしく、その考えを打ち消した。
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