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予言の巫女
しおりを挟む部屋に荷物を置いたあと、アレクシスはラティアを連れて外に出た。
宿の一階に食堂が併設されているが、夜は屋台街があると言われて、彼は少し考えるとそこに向かうことに決めたようだ。
メルクを腕に抱いたラティアは、彼の隣で大人しくしていた。
アレクシスに促されて、宿から出て屋台街に向かう。もう日暮れである。街の至る所に火がたかれ、街を優しく照らしている。夜になると火桶に火を入れるのは、魔竜除けの効果があるからだ。
少なくとも人々はそれを信じていると、アレクシスは言う。
彼自身は、信じてはいないようだった。ただ、暗がりに罪人は集まり、明るい場所を忌避する。
魔竜除けの効果はないが、罪人除けにはなるそうだ。
「旦那様は博識ですね」
『君はよくものを考えている人だね』
「そう、ルクエも言っています」
「……お前は今まで、危険な思いはしてこなかったのか?」
並んで歩きながら、アレクシスが尋ねてくる。
ラティアは頷いた。危険な目にはあっていない。この世の中には物を盗む人が多くいると彼は言うが、ラティアはいつでも薄汚れていたので、盗むものなどなにもないように見られていたのだろう。それに、実際そうだったのだ。
「特に、怖い思いはしたことがありません。厩で眠ることは慣れていました。馬たちはあたたかくて、優しいです。ディゼルもとてもいい子ですね」
「そうか。……ならばいい。美しい若い娘が、一人で厩で寝ていることが知られたら、危険なことが起こりうると考えたのだがな。何もなく、なによりだ」
「美しい若い娘……?」
「お前のことだが」
ぱちぱちと瞬きをしたあと、ラティアの顔が真っ赤に染まる。
うろうろと視線をさまよわせて、それからルクエをぎゅううっと抱きしめた。
腕の中のルクエが『ぷぎゅ』と、不思議な声を立てる。
「はじめて言われました。いつも、私は……」
「薄汚いネズミ、と」
「は、はい。綺麗にしていただいたので……ファリナさんたちのおかげです。旦那様にとってご不快ではない姿になっていれば、嬉しく思います」
「シャルリアは美しい人だった。遠目に見たことがあるだけだがな。お前もシャルリアに似ている」
「お母様は綺麗な人でした。綺麗で優しくて、大好きでした。……ありがとうございます、旦那様。旦那様がそうおっしゃってくださると、そんな気がしてきます」
胸にあたたかいものが広がっていくようだ。アレクシスの声は淡々としていて、そこに世辞や嘘が含まれていないことはよくわかる。
はにかみながら彼の瞳を見上げると、僅かに動揺が走るのに気付いた。
すぐに視線を逸らされてしまい、ラティアは首を傾げる。何か不快なことがあっただろうか。
「あ、あの、もうしわけありません。余計なことを言いました」
「そういうわけではない。……お前が力を隠していて、本当によかったと思っている。シャルリアには予言の力があった。お前の未来が見えて、力を隠せと言ったのかもしれんな」
「お母様は、私をお産みになったときには力を失っていました」
「最後に、リーニエからの祝福が与えられたのかもしれない。娘を守れ、と」
『その可能性はある。リーニエの祝福は、神獣が与えるんだ。彼女たちが力を使い果たせば、神獣は死ぬ。神獣が弱り、死ぬことで、リーニエの祝福が弱まり消えることを巫女は知る。シャルリアの神獣は、予言の神獣と呼ばれている。僕が、癒やしの神獣というように。神獣はシャルリアを憐れんで、最期の力を使って彼女に未来を見せたのかもしれない』
ラティアはアレクシスに、ルクエの言葉を伝えた。
アレクシスは「ただの想像でしかないが」と言った。
ラティアは彼の言葉を聞きながら、ルクエの死について考えていた。
できればそれが起こるのは、アレクシスのために力を使い果たした時がいいと思いながら。
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