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王立学園
しおりを挟むジルバは家にいるようにとアレクシスは言ったが、ジルバは共に行くといってきかなかった。
今度は目立たず、遠くからアリーチェを見ると言う。
アレクシスは仕方なくそれを認め、「何があっても出てくるな、隠れていろ」と釘を刺した。
アリーチェの働く学園とは、王立貴族学園のことである。
王都に学園はその一つしかない。貴族の子供たちが通う学園で、かつてアレクシスも、そしてジルバも学園の卒業生である。
十六歳から十八歳までの子供たちが通っているため、十七歳のラティアの腹違いの妹エストと、そして十六歳の弟トリスタンも在籍している。
魔竜に襲われた日はちょうど、王立学園の夏季休暇が終わり、領地から学園に通うために王都のタウンハウスに移動の最中だった。
学園にはラティアは通ったことがない。縁のない場所であるが、こうして訪れることになるとは思わなかったと、整然と並ぶよく手入れをされた街路樹や、古めかしいが威厳のある建物を眺めながら思う。
ジルバは身分を隠しているが、アレクシスとラティアはその必要はない。
あまり目立たないように王都までは移動してきた。
だが、アリーチェに会うにあたり身分を提示する必要があるという判断から、学園まではヴァルドール家の馬車を使用している。
「ここにはエストが……腹違いの妹がいます」
「おそろしいか?」
「いえ……はい、少し」
アレクシスが受付で身分を話し、アリーチェを呼んでもらっている間、二人で並んで言葉を交わす。
チョコレート色の制服を着た生徒たちが、明るい日差しの中を行きかっている。
ヴァルドールの名を聞いて、受付の女性は転がるようにどこかに走っていった。
彼女は真っ青になって震えていた。アレクシスは怖い人ではない。少なくとも、義母や腹違いの妹のようにはと、ラティアは不思議に思う。
「エストという女には、何をされた?」
「……大したことは、なにも。彼女は、義母の真似をしていただけです。義母は、私をおそれていました。私の顔を見るとシャルリアを思い出すのだそうです。シャルリアは女神リーニエの巫女でしたから、女神に責められているように感じるのだと言って、泣き叫ぶことがよくありました」
「女神のように敬い大切にすることで、不逞の罪が許されるとは考えなかったのだろうな。人は、おそろしいものを忌避したがる。それを憎み、否定する。お前を虐げることで、その女は己が安全だと感じたかったのだろう」
「そうなのですね、きっと。それに、純粋に私が邪魔で、嫌っていたのだと思います」
トリスタンは表立って何かをしてくるということはなかった。父と同じように、ラティアのことをいないものとして扱っていた。
エストは──告げ口が得意な女だった。
ラティアが仕事をしていなかった。縫物が下手で、ほつれがある。部屋の隅に埃が残っていた。
頼んでいたドレスとは違うものを持ってきた。汚い手でエストに触れた。
などと、使用人頭や義母に報告をしては、ラティアが叱られるように仕向けるのだ。
『あら、薄汚い鼠。たっぷり仕置きをされたのね。どうしたの、足を引きずっているわ。とうとうまともに歩けなくなったのね』
などと言って、ころころと笑うのだ。
足を引きずっていたのは、エストがラティアの背を押して階段から突き落としたからである。
ラティアは足を捻り、しばらくまっすぐ歩けなかった。
それを、ラティアが足を滑らせて階段から落ちて、持っていたエストの大切な人形を壊した、などと言う。
それはエストに運んでおくように頼まれたものだが、エストはラティアが部屋から盗んだと嘘をついた。
「……エストは、私を陥れるために嘘をつくことがよくありました。私が傷つくと、彼女は喜びました。どうしてなのかは、わかりません」
「お前のほうが美しいからだろうな」
「え……」
「シャルリアの血は特別だ。神官家の血筋は本来ならば尊ばれるべきものだ。その上、お前は美しい。だから、妬んだのだろうな。妬みを理由に、残酷な行為を行う者は多くいる」
「だ、旦那様、あの、それはその、褒めすぎ、です。私は……今は、旦那様のおかげで身ぎれいにしていただきましたが、薄汚れた鼠だったのです」
「私を救ったときのお前は、確かにやつれていた。だが、それで美しさが損なわれるわけではない」
「……っ、ありがとう、ございます」
ラティアは真っ赤になって俯いた。アレクシスはラティアを励ましてくれているのだろう。
世辞だとはわかっているが、こうも明け透けに、真っすぐに褒められると、どうしても恥ずかしくなってしまう。
世辞を言わなそうなアレクシスの言葉だから、余計に。
「フィオーレ家とは話がついている。あの家の者がお前に何かをするようなことはないだろうが、何かあったら私に言え。お前は私にとって……必要な存在だ」
「はい」
腕の中に抱いているルクエが『アレクシスにとっては確かに、ラティアは必要だ。触癒の巫女は貴重だからね』と呟いた。
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