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小さな家
しおりを挟むアリーチェがケンリットの家を出たとき、彼女はマルドゥーク家から持参していた母の形見の首飾りを持っていた。
大きなルビーのついた首飾りを売って金にして、路銀にしそして家を借りるための支度金にしたのである。
その話を聞いて娘のあまりの不憫さに涙ぐむジルバをアリーチェは睨みつけた。
それから考え直したように首を振る。「私の苦痛など、ラティア様に比べれば……」と、ジルバに対する怒りを抑え込んだ。
馬車は王都の大通りの馬車止めで止まり、馬車を降りるとアリーチェの案内で細い路地に入る。
路地の行き止まりにある集合住宅の二階が、アリーチェとロザリアが住む場所だ。
一階の花壇には、慎ましい小さな花が植えられている。種が飛んできて勝手に生えた花なのか、それとも誰かが植えた花なのか区別がつかないほどに貧相なものである。
「こんな小さな家に住んでいるのか」
「私にとってはそれでも贅沢なものです。偶然一室が開いていて、私のような事情を抱えた女でも入居させていただくことができました」
「そうか、苦労をさせてしまったな。だが、俺の知らない間にお前は何でもできるようになっていたのだな」
「そうぜざるを得ませんでしたから」
ジルバを冷たくあしらいながら、アリーチェは外付けの階段をカンカンと音を立てながらあがっていく。
その先にある扉を開く。古ぼけたソファとベッドが置かれている。カーテンのない窓からは光が直接部屋に差し込み、小さな部屋を白く輝かせていた。
大柄なジルバと、体格のよいアレクシスが部屋にはいると、それだけで部屋がいっぱいになってしまう。
ベッドに寝かされているロザリアにジルバが駆け寄ろうとするのをアリーチェが制して、「おそろしい顔をしたお父様を見たらロザリアが驚いてしまうので、壁際にいてください」と命じた。
ジルバは言われた通り、借りてきた猫のようにおとなしく壁際で小さくなる。
アレクシスはちらりとロザリアの顔を見たあと、何も言わずに腕を組んでジルバの隣の壁に背を付けた。
ラティアはベッドの前に膝をついてロザリアを覗き込むアリーチェの隣に立った。
ロザリアは深く目を閉じて、荒い呼吸を繰り返している。
額には玉のような汗粒が浮かび、その顔は真っ赤だ。
「ロザリア、ごめんね、一人にして、ごめんね……っ」
「おかあさま……?」
瞳を潤ませながら、力ないロザリアの手を握り締めて何度も謝罪をするアリーチェの声に気づいたのか、ロザリアがうっすらと目を開いてかすれた声で呟いた。
熱があるのは明らかで、その命は今にも病によって奪われてしまうように、ラティアの目には映った。
ルクエがベッドの上に飛び乗ると、何かを探るようにロザリアの顔に花を近づける。
「いぬ、さん」
ロザリアが不思議そうに、ルクエに手を伸ばす。
その手がふわふわの体を撫でるのを、ルクエは好きなようにさせていた。
『犬ではない。ラティア、やはり魔熱だよ。魔力が乱れて、熱が出ている。魔竜の纏う禍々しい魔力……瘴気というべきかな。瘴気に、侵されている』
「私なら、癒やせますか」
『あぁ。それが君の力だから』
「よかった。……私も、役に立つことができるのですね」
ラティアは何かに突き動かされるように、両手でロザリアの顔に触れる。
「おねえ、さん、あのとき、の……たすけてくれた、おねえさん」
「ロザリアさん。大丈夫ですよ、もう、大丈夫。病気は癒えます、私が癒やします」
「病気、なおる? わたし、死んじゃうのは、いや。おかあさまを、ひとりにしたくない。おかあさま、寂しがり、だから。私がいてあげない、と」
「ロザリア……っ」
花瓶の水があふれるように、とうとうアリーチェの瞳から大粒の涙がこぼれおちる。
ロザリアがその小さな体で母親を守ろうとしていることに、ラティアの胸も締め付けられるようだった。
「ロザリアさん、大丈夫、すぐに、治りますよ」
アレクシスにはじめて触癒やしを行ったとき、誰に教えてもらわなくてもラティアははじめからそのやり方を知っているかのようだった。
今も同じだ。アレクシスに施した触癒とは、己の魔力をアレクシスに渡す行為だった。
だが、乱れた魔力を元に戻すということは、はじめてである。
しかしラティアはその方法を知っている。体に、そして魂に刻まれているように。
ラティアはロザリアの額に自分のそれをぴたりと合わせて目を閉じる。
銀の髪が、風もないのにふわりと浮かびあがる。
触れた皮膚が、内側から発光をしているかのように光を帯びた。
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