悪役令嬢、お城の雑用係として懲罰中~一夜の過ちのせいで仮面の騎士団長様に溺愛されるなんて想定外です~

束原ミヤコ

文字の大きさ
60 / 74

描いた絵地図

しおりを挟む


 ◇


 国王トーラスに剣を向け、襲いかかってくる兵士たちを切り捨てて、レオンハルトは謁見の間から出た。

 トーラスも、そしてアルヴァロも。仕えるべき主ではない。
 そんなことは分かりきっていた。それは、赤子の時に殺せと実父に捨てられたからではない。

 レオンハルトはグレイグとルーネの子である。子のない彼らはレオンハルトを嫡子として育ててくれた。
 血のつながりはないが、レオンハルトは十分すぎるほどに恵まれていて、それ故に今更トーラスを恨む気持ちはなく、アルヴァロを羨む気持ちもなかった。

 だから、王を王として戴くことができないというのは、ユースティス公爵としての判断だった。

 グレイグは、長く続く王の盾としてのユースティス公爵の立場を遵守する立場にある。
 それを、己の代で終わらせることなどとてもできなかったのだろう。
 心はではすでにトーラスを見限ってはいても、王家を見限ることができなかったのだ。

 その心情は、理解できる。だから、早々に爵位をレオンハルトに譲り、隠居を選んだ。
 
 レオンハルトがトーラスに反旗を翻すことを決めたのは──今から、五年前のことである。
 その頃、王弟ベルクントは怒りと復讐に燃えていた。

 巷でまことしやかに流れていた噂は本当で、トーラスはベルクントの妻を穢し、子を孕ませた。
 そして、レドリックが生まれた。ベルクントの妻は心を病み、自死を選んだ。

 表向きには病死とされていたが、人の噂は早い。それに、刺激的な噂ともなれば余計にそうだ。

 当然その噂はレオンハルトの耳にも入ってきていたが、王族間の諍いなどに関わりたくはなかったので、あえて自分からその話題に触れることもなかった。
 トーラスの女癖の悪さは有名だ。弟の妻をその毒牙にかけたとしても、今更、驚きもしない。

 そんなある日、レオンハルトはトーラスに呼び出された。

「レドリックは私の子だ。ベルクントに差し出すように再三言っているが、いうことを聞かない。レオンハルト、ベルクントの元に赴き、レドリックを連れてこい」

 なぜそんなことを、俺に頼むのか──と、当然腹が立ったし、うんざりした。
 それはレオンハルトの仕事ではない。取り巻きや従者にでもやらせておけばいいものを。
 
 かつてトーラスは、グレイグにレオンハルトの処理を任せた。
 それと同じだ。グレイグがいなくなり、今度はレオンハルトにレドリックを攫えと言う。

 ユースティス家をなんだと思っているのかと、込み上げる怒りを隠しながら、レオンハルトはトーラスに頭をさげると、ベルクントの元へと向かった。

「レオンハルト、お前もわかっているだろう。兄上は──トーラスは、もう、駄目だ。アルヴァロも、トーラスによく似ている。このままにしておけば、国は破滅する」

 同じ王家の血が流れているというのに、ベルクントはトーラスとは全く違う性格をしていた。
 愛妻家で、家族思いで慈悲深い。それ故に、妻を失った悲しみは深く、その原因を作ったトーラスに向ける憎悪は、常軌を逸しているほどだった。

 説得は不可能であり、レオンハルトが何を言ってもその怒りを煽る一方だった。
 果てはレドリックを奪うのなら自分を殺せと言って、剣を向けてきた。

「ベルクント様、レドリック様はトーラス陛下のご落胤なのでしょう。あなたにとっては、顔も見たくないほどに、邪魔な存在ではないのかと考えます」
「それは違う。子に罪はない。誰が父であろうと、シレーネが残してくれた彼女の形見だ。あれは、私の子だ」
「……ベルクント様。どうか、剣をお納めください。私はあなたに向ける剣を持たない」

 ベルクントの人となりは、グレイグから聞いて知っていた。
 今は怒りで目が曇っているものの、その慈悲深さは彼の心に残っている。
 ベルクントが王位を継いでいればと、残念に思えてならなかった。

 この時、ベルクントの屋敷のものたちほぼ全員が武器を取り、レオンハルトにむけていた。
 彼の実子でさえ、レドリックを守るというベルクントの意思に従ったのだ。

 それほど、ベルクントには人望があったし、まだ十歳にも満たないレドリックは、今は亡きシレーネによく似ており愛らしい少年だった。
 レオンハルトは初めから戦う気などなかった。
 こうなるだろうとは思っていたので、だからこそ兵も連れずに一人でベルクントの屋敷に訪れたのだ。

「どうか、我がユースティス家を信じてくださいませんか。反乱の意思がおありだというのなら──ユースティス家は、あなたの剣となりましょう」

 決断の時が、来たのだろう。
 このまま──トーラスやアルヴァロの盾となり、その治世を守っていくことは、できない。
 レオンハルトはベルクントの前に膝をついた。

 そして、ベルクントたちを秘密裏に、匿うことにしたのである。

 だが、心の中には僅かな引っ掛かりがあった。
 王に弓引くということは、ルティエラを敵に回すということだ。
 あのとき逃げたいと言っていた少女を、守りもせずに。敵対し、悲しませることしか自分にはできないのか。

 この思いは一方的なものだ。ルティエラはレオンハルトのことなど忘れてしまっている。
 鬱屈した思いを抱えながら──表向きにはトーラスやアルヴァロに膝をつき、従順な騎士を演じていた。
 そうしながら、反王連合の仲間を集っていた。
 
 反王派は少なくはないが、一枚岩というわけではない。リューゼはベルクントが姿を隠したという噂に勢いづいて、血気盛んにも反乱を起こした。
 レオンハルトが三年を費やしていたのは、反乱の鎮圧ではない。
 リューゼを説得し、ベルクントと引き合わせて──反王連合に賛同する者たちと血の誓いを交わした。
 表向きはだらだらと反乱の鎮圧を続けているふりをして、反乱の準備をしていたのである。
 
 ──ベルクントやレドリックを旗印に反乱の狼煙をあげてもいいが、それではまだ、足りないとレオンハルトは考えていた。
 ユースティス家が王に反旗を翻す、明確な理由が欲しい。
 彼らを悪だと断じるに足るもの。
 
 例えば自分も、ベルクントのように愛する女性を奪われたとしたらどうだろう。
 リューゼのように、両親の命を奪われたとしたらどうだろう。

 漠然とそう考えていた。そして、その気持ちはルティエラを抱いた夜に、明確なものへと変わっていった。
 聖女が現れたことで、反王派の旗色はやや悪くなっている。
 聖女を苦しませたと皆に思われているルティエラを連れ帰れば、より反発をされる可能性もある。
 
 しかし彼女は冤罪だ。そのうえ、聖女とは魔女であり、ルティエラを陥れた。
 トーラスやアルヴァロがルティエラを強引にレオンハルトから奪おうとした。
 
 その事実があれば──レオンハルトがベルクントやレドリックを擁立し、反乱を起こす理由に足る。

「レオンハルト様、ルティエラ様がクレスルードによって、連れていかれました。連れていかれた場所は、アルヴァロの私邸です」
「全く、思い通りに動いてくれる。俺はすぐに救出に向かう。お前はユースティス家に早馬を飛ばせ。時は満ちた、すぐに王都に軍を向けろと伝えろ」
「心得ました」

 レオンハルトが影として使っている、顔を半分を黒い布で覆った暗部の者からの報告に、レオンハルトは頷いた。
 ユースティス家ではいつでも出陣ができるように、兵たちが待機している。

 ベルクントや、リューゼ。そして、ベルクントの息子ミシュラ。それ以外にも賛同する貴族がいる。
 勝てる戦だ。
 ──こうなることを予想はしていた。 

 だが、実際にことが起こると。
 ルティエラがどんな目にあっているのか考えるだけで、頭が焼けつくように、怒りで満ちた。


しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

結婚式に結婚相手の不貞が発覚した花嫁は、義父になるはずだった公爵当主と結ばれる

狭山雪菜
恋愛
アリス・マーフィーは、社交界デビューの時にベネット公爵家から結婚の打診を受けた。 しかし、結婚相手は女にだらしないと有名な次期当主で……… こちらの作品は、「小説家になろう」にも掲載してます。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

兄様達の愛が止まりません!

恋愛
五歳の時、私と兄は父の兄である叔父に助けられた。 そう、私達の両親がニ歳の時事故で亡くなった途端、親類に屋敷を乗っ取られて、離れに閉じ込められた。 屋敷に勤めてくれていた者達はほぼ全員解雇され、一部残された者が密かに私達を庇ってくれていたのだ。 やがて、領内や屋敷周辺に魔物や魔獣被害が出だし、私と兄、そして唯一の保護をしてくれた侍女のみとなり、死の危険性があると心配した者が叔父に助けを求めてくれた。 無事に保護された私達は、叔父が全力で守るからと連れ出し、養子にしてくれたのだ。 叔父の家には二人の兄がいた。 そこで、私は思い出したんだ。双子の兄が時折話していた不思議な話と、何故か自分に映像に流れて来た不思議な世界を、そして、私は…

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

処理中です...