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国王トーラスに剣を向け、襲いかかってくる兵士たちを切り捨てて、レオンハルトは謁見の間から出た。
トーラスも、そしてアルヴァロも。仕えるべき主ではない。
そんなことは分かりきっていた。それは、赤子の時に殺せと実父に捨てられたからではない。
レオンハルトはグレイグとルーネの子である。子のない彼らはレオンハルトを嫡子として育ててくれた。
血のつながりはないが、レオンハルトは十分すぎるほどに恵まれていて、それ故に今更トーラスを恨む気持ちはなく、アルヴァロを羨む気持ちもなかった。
だから、王を王として戴くことができないというのは、ユースティス公爵としての判断だった。
グレイグは、長く続く王の盾としてのユースティス公爵の立場を遵守する立場にある。
それを、己の代で終わらせることなどとてもできなかったのだろう。
心はではすでにトーラスを見限ってはいても、王家を見限ることができなかったのだ。
その心情は、理解できる。だから、早々に爵位をレオンハルトに譲り、隠居を選んだ。
レオンハルトがトーラスに反旗を翻すことを決めたのは──今から、五年前のことである。
その頃、王弟ベルクントは怒りと復讐に燃えていた。
巷でまことしやかに流れていた噂は本当で、トーラスはベルクントの妻を穢し、子を孕ませた。
そして、レドリックが生まれた。ベルクントの妻は心を病み、自死を選んだ。
表向きには病死とされていたが、人の噂は早い。それに、刺激的な噂ともなれば余計にそうだ。
当然その噂はレオンハルトの耳にも入ってきていたが、王族間の諍いなどに関わりたくはなかったので、あえて自分からその話題に触れることもなかった。
トーラスの女癖の悪さは有名だ。弟の妻をその毒牙にかけたとしても、今更、驚きもしない。
そんなある日、レオンハルトはトーラスに呼び出された。
「レドリックは私の子だ。ベルクントに差し出すように再三言っているが、いうことを聞かない。レオンハルト、ベルクントの元に赴き、レドリックを連れてこい」
なぜそんなことを、俺に頼むのか──と、当然腹が立ったし、うんざりした。
それはレオンハルトの仕事ではない。取り巻きや従者にでもやらせておけばいいものを。
かつてトーラスは、グレイグにレオンハルトの処理を任せた。
それと同じだ。グレイグがいなくなり、今度はレオンハルトにレドリックを攫えと言う。
ユースティス家をなんだと思っているのかと、込み上げる怒りを隠しながら、レオンハルトはトーラスに頭をさげると、ベルクントの元へと向かった。
「レオンハルト、お前もわかっているだろう。兄上は──トーラスは、もう、駄目だ。アルヴァロも、トーラスによく似ている。このままにしておけば、国は破滅する」
同じ王家の血が流れているというのに、ベルクントはトーラスとは全く違う性格をしていた。
愛妻家で、家族思いで慈悲深い。それ故に、妻を失った悲しみは深く、その原因を作ったトーラスに向ける憎悪は、常軌を逸しているほどだった。
説得は不可能であり、レオンハルトが何を言ってもその怒りを煽る一方だった。
果てはレドリックを奪うのなら自分を殺せと言って、剣を向けてきた。
「ベルクント様、レドリック様はトーラス陛下のご落胤なのでしょう。あなたにとっては、顔も見たくないほどに、邪魔な存在ではないのかと考えます」
「それは違う。子に罪はない。誰が父であろうと、シレーネが残してくれた彼女の形見だ。あれは、私の子だ」
「……ベルクント様。どうか、剣をお納めください。私はあなたに向ける剣を持たない」
ベルクントの人となりは、グレイグから聞いて知っていた。
今は怒りで目が曇っているものの、その慈悲深さは彼の心に残っている。
ベルクントが王位を継いでいればと、残念に思えてならなかった。
この時、ベルクントの屋敷のものたちほぼ全員が武器を取り、レオンハルトにむけていた。
彼の実子でさえ、レドリックを守るというベルクントの意思に従ったのだ。
それほど、ベルクントには人望があったし、まだ十歳にも満たないレドリックは、今は亡きシレーネによく似ており愛らしい少年だった。
レオンハルトは初めから戦う気などなかった。
こうなるだろうとは思っていたので、だからこそ兵も連れずに一人でベルクントの屋敷に訪れたのだ。
「どうか、我がユースティス家を信じてくださいませんか。反乱の意思がおありだというのなら──ユースティス家は、あなたの剣となりましょう」
決断の時が、来たのだろう。
このまま──トーラスやアルヴァロの盾となり、その治世を守っていくことは、できない。
レオンハルトはベルクントの前に膝をついた。
そして、ベルクントたちを秘密裏に、匿うことにしたのである。
だが、心の中には僅かな引っ掛かりがあった。
王に弓引くということは、ルティエラを敵に回すということだ。
あのとき逃げたいと言っていた少女を、守りもせずに。敵対し、悲しませることしか自分にはできないのか。
この思いは一方的なものだ。ルティエラはレオンハルトのことなど忘れてしまっている。
鬱屈した思いを抱えながら──表向きにはトーラスやアルヴァロに膝をつき、従順な騎士を演じていた。
そうしながら、反王連合の仲間を集っていた。
反王派は少なくはないが、一枚岩というわけではない。リューゼはベルクントが姿を隠したという噂に勢いづいて、血気盛んにも反乱を起こした。
レオンハルトが三年を費やしていたのは、反乱の鎮圧ではない。
リューゼを説得し、ベルクントと引き合わせて──反王連合に賛同する者たちと血の誓いを交わした。
表向きはだらだらと反乱の鎮圧を続けているふりをして、反乱の準備をしていたのである。
──ベルクントやレドリックを旗印に反乱の狼煙をあげてもいいが、それではまだ、足りないとレオンハルトは考えていた。
ユースティス家が王に反旗を翻す、明確な理由が欲しい。
彼らを悪だと断じるに足るもの。
例えば自分も、ベルクントのように愛する女性を奪われたとしたらどうだろう。
リューゼのように、両親の命を奪われたとしたらどうだろう。
漠然とそう考えていた。そして、その気持ちはルティエラを抱いた夜に、明確なものへと変わっていった。
聖女が現れたことで、反王派の旗色はやや悪くなっている。
聖女を苦しませたと皆に思われているルティエラを連れ帰れば、より反発をされる可能性もある。
しかし彼女は冤罪だ。そのうえ、聖女とは魔女であり、ルティエラを陥れた。
トーラスやアルヴァロがルティエラを強引にレオンハルトから奪おうとした。
その事実があれば──レオンハルトがベルクントやレドリックを擁立し、反乱を起こす理由に足る。
「レオンハルト様、ルティエラ様がクレスルードによって、連れていかれました。連れていかれた場所は、アルヴァロの私邸です」
「全く、思い通りに動いてくれる。俺はすぐに救出に向かう。お前はユースティス家に早馬を飛ばせ。時は満ちた、すぐに王都に軍を向けろと伝えろ」
「心得ました」
レオンハルトが影として使っている、顔を半分を黒い布で覆った暗部の者からの報告に、レオンハルトは頷いた。
ユースティス家ではいつでも出陣ができるように、兵たちが待機している。
ベルクントや、リューゼ。そして、ベルクントの息子ミシュラ。それ以外にも賛同する貴族がいる。
勝てる戦だ。
──こうなることを予想はしていた。
だが、実際にことが起こると。
ルティエラがどんな目にあっているのか考えるだけで、頭が焼けつくように、怒りで満ちた。
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