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ユースティスの聖母
しおりを挟む救国の聖女と英雄の婚礼は、国をあげて大々的に行われた。
聖女ではなく魔女。それはレオンハルトもルティエラもよく理解していた。
疲弊した王国民を励ますためだと、ルティエラは聖女とされた。
王国民はルティエラたちの婚礼を心から祝福し、王国全土で祝福の祭りが開催された。
「英雄祭、というそうです」
婚礼の儀式に参列するために王都から戻ってきたロネが言う。
ロネは、クレスルードからルティエラへの謝罪の手紙を持ってきていた。
そこにはつらつらと、今までの非礼への懺悔や、不出来な己への後悔が書かれていた。
ルティエラがそれを読み終えると、レオンハルトはその手紙を暖炉に焚べてしまった。
それが謝罪の手紙だとしても、男からの手紙を持っているのは許せない、ということらしい。
ルティエラは、悋気の強い夫にくすくす笑った。
婚礼の儀式と初夜を終えた数日後にそんなことがあり──ルティエラは今、ロネとレオンハルトと侍女たちと共に、街の見物のためにユースティス家の見張り塔へと登っている。
見張り塔からは、眼下にユースティス領の都市を見下ろすことができる。
未だ復興中の街だが、それを覆い隠すように飾り付けがされており、多くの人で賑わっている。
遠く、賑やかな楽隊の奏でる音楽が聞こえる。
人々の笑い声も、風に混じり響いて聞こえそうなほどに、賑やかな様子である。
「あまり、もてはやされるのもな」
「暴君による治世は、人々の心に暗い影を落としていました。聖女というわずかな希望も悪夢に変わり、多くのものが傷ついた今、すがる相手が必要なのでしょう」
「女神がいるだろうに」
「女神は手を差し伸べてくれませんが、レオンハルト様は政変を起こしましたからね。仮面の英雄が、今は美貌の英雄騎士です」
ロネは淡々とそう告げると、「話し過ぎました。邪魔をしましたね」と、ルティエラとレオンハルトに礼をして、侍女たちを連れてさがっていく。
レオンハルトと二人きりになったルティエラは、視線を街からレオンハルトの横顔に移した。
金の髪が風になびき、青空のような瞳が遠くを見つめている。
美貌の英雄騎士団長。
その何に相応しい、勇ましくも美しい姿だ。
「街の人々が元気になり、嬉しいです」
「そうだな。君のおかげだ、ティエ。俺の不在の間、父や母を、領民たちをよく支えてくれた。誰よりも優秀なエヴァートンの花。ユースティスの聖母。……俺だけの、可愛いルティエラ」
レオンハルトは少しだけ拗ねるように言って、ルティエラを背後から抱きしめる。
ルティエラはそのしっかりした体躯に、体を預ける。
「あなたの、ルティエラです、レオ様」
「俺ばかりが、嫉妬をしている。俺だけが君のことを理解していればよかったのに。誰にも見せることなく、閉じ込めてしまいたい。だが、同時に君の優秀さを心から得難いものだと喜んでいる。度し難いな、俺は。英雄などではないだろう」
「いいえ。レオ様は私の騎士様で、英雄です。それに……」
ルティエラは困ったように、眉を寄せた。
嫉妬を全くしないかといえば、嘘になる。
レオンハルトを好きだと思うほどに、どうしても、ちくりと胸に刺すものがある。
「レオ様はお顔を皆に見せるようになりました。私しか、知らなかったのに。皆がレオ様に見惚れるのです。魅了の力がなくとも、レオ様は美しいですから」
「それは君も同じだ」
「レオ様の方がお綺麗です」
「自分の顔に興味などない。君の好みであれば、嬉しいがな。ティエ、嫉妬をしてくれていたのだな。嬉しい」
首筋に、口づけられる。
長い初夜を終えたのは、昨日のことだ。体を清めてもらい、眠り、目覚めて、また交わった。
そんな日々を続けていたものだから、首筋に唇が触れただけて、すぐにくたりと力が抜けてしまう。
「ティエ、感じやすい。可愛い」
「レオ様が、そうしたのです……」
「君があまりにも愛しくて、可愛いものだから、ついな。……そうだ。君が望むのならば、俺の顔を描くときには仮面をつけるようにと伝えよう。石像を立てるのだと街の者が言っていたが、それにも仮面を」
「仮面をつけるのですか?」
「あぁ。俺の顔が皆に見られるのが嫌なのだろう? 君が嫉妬をしてくれたのは初めてだ。あまりにも可愛くて、抱きたくなってしまうな」
「お部屋まで、我慢をしてください……私、恥ずかしいのは、苦手なのです」
不埒な指先が体に触れて、ルティエラは懇願するようにレオンハルトの手を握った。
レオンハルトは嬉しそうに目を細めると、ルティエラを抱き上げた。
──偽の聖女とは、なんだったのか。
それは、天災の魔女である。
はじまりの聖女もクラリッサと同じ、自分は人とは違う、特別だと信じていた。
自分は別の世界から来た、特別な存在だと。
隠れ里の魔女たちの中には、その伝承が残っているという。
そして、解放の魔女はかつてのルティエラのように、天災の魔女から迫害をうけた貴族令嬢だったそうだ。
歴史は繰り返すというが、聖女の嘘が明らかになり、人々が聖女に縋らなくなった今、新たな聖女が祀りあげられることはないだろう。
魔女たちは徐々に隠れ里から出て、人々と交流をはじめている。
おそろしいのは力ではない。
権力も武力も神秘の力も。
それをもつ者の心根で、全てが変わってしまう。
それだけのことだと、やがて慈愛の王と呼ばれるレドリックは、彼の師である英雄の言葉を熱心に人々に伝えた。
救国の英雄レオンハルトの肖像画や石像は各地に残されたが、なぜかどれも仮面をつけていたという。
それは彼の愛するユースティスの聖母と呼ばれた妻が、彼の美しい顔を石像や肖像画に残して、後世の人々に知られるのが嫌だと言ったからだと伝えられている。
可愛らしい悋気を英雄は喜んで、顔を隠した肖像画を描かせたのだと。
ユースティス家の奥には、一枚だけ。
子供たちに囲まれて微笑む、幸せそうな英雄と聖母の絵が残されている。
その絵には、英雄が直筆で文字を書き残している。
『美しき愛と優しさを知る君へ、永遠に変わらぬ愛を誓う』
情熱的で流麗なその文字からは、英雄が聖母に捧げた愛情の深さが感じられるのだと、ユースティス家の当主はのちに語ったそうである。
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