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図書館の司書
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いくつかの、選択肢があった。
貴族籍があり王立大学卒業の証明書もあるリリアに提示された道は、一つが王城への士官。
これは幼い王子や姫の教育係として。
二つ目は王立研究所での勤務。
これは王城の敷地内にある名誉ある研究所だ。医療や歴史や機械学やエネルギー学など、様々な分野の研究所が併設されている。
三つ目はテネグロ図書館の司書。
膨張する図書館と呼ばれる王都の図書館での管理業務を行う。
そのほかにも──と、受付係が仕事を斡旋しようとしたところで、リリアは「決めました」と口にした。
どの仕事もやりがいがある。リリアの求めていた、誰かの役に立つことにもつながる。
給金を鑑みても、十二分に一人で生活できる金額が手に入る。
ただ──王城への士官や、王立研究所での勤務はどうしても、貴族や王族と関わることになる。
リリアはエラドに復讐をしたいわけではない。彼の立場や、そしてルイーズの立場を悪くすることは求めていない。
例えば──社交界で嘲りの対象になっている父や義母のように。
それは腹違いの弟や妹にも当然影響が出るだろう。
(誰かの不幸の上に成り立つ幸せなんて、私はいらない)
劇場で歌う助けを求める歌姫や、不実な夫から別の男の手を取り逃げた女、尊敬する職場の上司に横恋慕していた女のように。
彼らの情熱の陰には、リリアのような誰の目にも入らない物語の主役にはなれない者がいる。
それでもリリアは、ただ穏やかな日々が欲しい。
だからリリアの置かれている立場や、グリーズ家の醜聞が広く伝わってしまうような職場は避けるべきだろう。
だとしたら──。
「テネグロ図書館での司書の仕事をさせていただきたいです」
「……あなたの学歴ならば、王子付きの侍女でも十分にやっていけると思いますが」
「本が、好きです。インクの匂いも。それに、テネグロ図書館では子供たちに本の読み聞かせも行っているでしょう? 私は、そういう仕事がしたくて……」
「わかりました。では、紹介状を書きましょう。こちらをお持ちになって、直接テネグロ図書館へ行ってください。対応してもらえます」
受付の男は、リリアに職業斡旋所からの紹介状を持たせてくれた。
リリアはそれを持ち、一度家に帰った。
鞄の中に大切にしまった紹介状は、リリアにとっては神様から授けられた希望の光のように思えた。
エラドの生活は日に日に悪くなっていく一方だった。
朝帰りの日が増え、日によっては昼過ぎまで帰らないこともあるし、二日三日と留守にすることもある。
「坊ちゃんはどうしてしまったのでしょうか。リリア様のおかげで少しは真面目になられたかと思ったのに……」
グリーズ家に古くから仕えている侍女頭のイルマは、エラドが幼いころには乳母も務めていた。
恰幅のいい優しそうな女性で、エラドを直接叱ることはしないが、色々思うところはあるようだ。
リリアにお茶をいれながら、悩まし気に溜息をつくことが最近はかなり増えている。
「……イルマさん。このままエラド様の帰りを待つ日々は、ただ苦しいばかりだわ」
「奥様……」
「今までは家の物を売ったり、小物を青空市場で売ったりしていたわね」
「ええ。奥様の作る刺繍入りのハンカチは、とても人気で!」
心配そうに、他の侍女たちや使用人たちもリリアの元にあつまってくる。
リリアは全てを隠すことはできないと、彼らを見渡して唇をひらいた。
「皆と共に青空市場でものを売るのはとても楽しいわ。……私、働くことが好きなの。それはエラド様の求める女性ではないことはわかっている」
皆が静かに、リリアの言葉に聞き入っていた。
不安気な瞳がリリアに向いている。彼らからの信頼を感じて、リリアは嬉しくなった。
ここにいた時間は、無駄ではない。
リリアは一人ではない。リリアの努力は──エラドには届かなかったが、それでも報われていた。
「でも……働きたいわ。私が働けば少しでも、家計の足しにもなるでしょう? 私の義母も、父の商売を手伝っている。貴族でも働くのが、今の社会だと私は思う」
「奥様は働きに出るのですか?」
「ええ。家のことや、青空市場のことはイルマさんに任せておけば大丈夫でしょう? 古いドレスの整理は私が休日に行うわ。エラド様はそもそも家に帰らない。もう、何日も言葉を交わしていないぐらいよ。だから私が日中多少留守にしても、大丈夫だと思う」
皆が顔を見合わせる。彼らは少なからず、リリアを心配し同情していた。
それでもリリアの気持ちが伝わったのだろう。
わかりました──と、頷いてくれた。
家人たちの了承が得られたので、リリアは翌日紹介状を持ってテネグロ図書館に向かった。
紹介状を見たテネグロ図書館の管理者はすぐに「では、明日から働きに来てください」とリリアを司書として、受け入れてくれた。
貴族籍があり王立大学卒業の証明書もあるリリアに提示された道は、一つが王城への士官。
これは幼い王子や姫の教育係として。
二つ目は王立研究所での勤務。
これは王城の敷地内にある名誉ある研究所だ。医療や歴史や機械学やエネルギー学など、様々な分野の研究所が併設されている。
三つ目はテネグロ図書館の司書。
膨張する図書館と呼ばれる王都の図書館での管理業務を行う。
そのほかにも──と、受付係が仕事を斡旋しようとしたところで、リリアは「決めました」と口にした。
どの仕事もやりがいがある。リリアの求めていた、誰かの役に立つことにもつながる。
給金を鑑みても、十二分に一人で生活できる金額が手に入る。
ただ──王城への士官や、王立研究所での勤務はどうしても、貴族や王族と関わることになる。
リリアはエラドに復讐をしたいわけではない。彼の立場や、そしてルイーズの立場を悪くすることは求めていない。
例えば──社交界で嘲りの対象になっている父や義母のように。
それは腹違いの弟や妹にも当然影響が出るだろう。
(誰かの不幸の上に成り立つ幸せなんて、私はいらない)
劇場で歌う助けを求める歌姫や、不実な夫から別の男の手を取り逃げた女、尊敬する職場の上司に横恋慕していた女のように。
彼らの情熱の陰には、リリアのような誰の目にも入らない物語の主役にはなれない者がいる。
それでもリリアは、ただ穏やかな日々が欲しい。
だからリリアの置かれている立場や、グリーズ家の醜聞が広く伝わってしまうような職場は避けるべきだろう。
だとしたら──。
「テネグロ図書館での司書の仕事をさせていただきたいです」
「……あなたの学歴ならば、王子付きの侍女でも十分にやっていけると思いますが」
「本が、好きです。インクの匂いも。それに、テネグロ図書館では子供たちに本の読み聞かせも行っているでしょう? 私は、そういう仕事がしたくて……」
「わかりました。では、紹介状を書きましょう。こちらをお持ちになって、直接テネグロ図書館へ行ってください。対応してもらえます」
受付の男は、リリアに職業斡旋所からの紹介状を持たせてくれた。
リリアはそれを持ち、一度家に帰った。
鞄の中に大切にしまった紹介状は、リリアにとっては神様から授けられた希望の光のように思えた。
エラドの生活は日に日に悪くなっていく一方だった。
朝帰りの日が増え、日によっては昼過ぎまで帰らないこともあるし、二日三日と留守にすることもある。
「坊ちゃんはどうしてしまったのでしょうか。リリア様のおかげで少しは真面目になられたかと思ったのに……」
グリーズ家に古くから仕えている侍女頭のイルマは、エラドが幼いころには乳母も務めていた。
恰幅のいい優しそうな女性で、エラドを直接叱ることはしないが、色々思うところはあるようだ。
リリアにお茶をいれながら、悩まし気に溜息をつくことが最近はかなり増えている。
「……イルマさん。このままエラド様の帰りを待つ日々は、ただ苦しいばかりだわ」
「奥様……」
「今までは家の物を売ったり、小物を青空市場で売ったりしていたわね」
「ええ。奥様の作る刺繍入りのハンカチは、とても人気で!」
心配そうに、他の侍女たちや使用人たちもリリアの元にあつまってくる。
リリアは全てを隠すことはできないと、彼らを見渡して唇をひらいた。
「皆と共に青空市場でものを売るのはとても楽しいわ。……私、働くことが好きなの。それはエラド様の求める女性ではないことはわかっている」
皆が静かに、リリアの言葉に聞き入っていた。
不安気な瞳がリリアに向いている。彼らからの信頼を感じて、リリアは嬉しくなった。
ここにいた時間は、無駄ではない。
リリアは一人ではない。リリアの努力は──エラドには届かなかったが、それでも報われていた。
「でも……働きたいわ。私が働けば少しでも、家計の足しにもなるでしょう? 私の義母も、父の商売を手伝っている。貴族でも働くのが、今の社会だと私は思う」
「奥様は働きに出るのですか?」
「ええ。家のことや、青空市場のことはイルマさんに任せておけば大丈夫でしょう? 古いドレスの整理は私が休日に行うわ。エラド様はそもそも家に帰らない。もう、何日も言葉を交わしていないぐらいよ。だから私が日中多少留守にしても、大丈夫だと思う」
皆が顔を見合わせる。彼らは少なからず、リリアを心配し同情していた。
それでもリリアの気持ちが伝わったのだろう。
わかりました──と、頷いてくれた。
家人たちの了承が得られたので、リリアは翌日紹介状を持ってテネグロ図書館に向かった。
紹介状を見たテネグロ図書館の管理者はすぐに「では、明日から働きに来てください」とリリアを司書として、受け入れてくれた。
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