麗しの王太子殿下の独占欲

束原ミヤコ

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過去


 アクアを睨みつけるジェズを、彼女は意に介していないように背筋を伸ばして見下した。
 学園での、皆に愛されている彼女とは違う。まるで女王のような姿だ。

「田舎貴族の次男と、公爵家の一人娘のシルフィ。お似合いね。他の男と姦淫をしたシルフィはリュクシアス様の婚約者でいることは難しいでしょうから、しかるべき裁きを受けた後に存分に愛し合えばいいわ」
「あなたが手引きしたことも訴えますよ、アクア様」
「私は何も知らないわ、ねぇ、先生」
「そうですね。あなたの訴えに聞く耳を持つものはいないでしょう。あなたはシルフィ様の魔力紋をどうやってか消し去り、二人きりで愛を語り合っていた……大罪人。王太子殿下の婚約者に手を出す不届きな輩です。そしてシルフィ様、あなたもまた殿下を裏切った罪人だ」

 ジェズの反論を小馬鹿にするように、アクアとファウストは顔を見合わせた。
 腰の剣にジェズが手をかける。剣を抜いてアクアに向ければ、そしてもし危害を加えればさらにジェズの罪は重くなる。シュラクス家のアクアをその手にかけるなどあってはならないことだらからだ。

 完全に、道を塞がれた。騙され嵌められ、どうにもならない。
 気づいた時には手遅れだった。そう。かつてと、同じ。

 シルフィは、リリス・スティアだった。

 スティアというのは本名ではない。リリスを拾ってくれた人がつけてくれた名だ。
 リリスは物心ついた時には、野良犬のように路地裏に転がっていた。母は娼婦だった。リリスを身ごもったことで娼館を追い出された。
 孕み女は商品にならない。子はおろせと言われるが、母はそれを嫌がったのだ。
 ひどい折檻をされた母は顔に傷を負い、唯一の武器だった美貌も失った。
 王都の片隅でリリスを生んだ。王都は多くの人を受け入れてくれる。住民の人数が多いだけに、有象無象の坩堝になっているからだ。
 田舎の村や町ではこうはいかない。互いの顔を知っているだけに、訳ありの女は受け入れられない。

 だからリリスの母は、王都の貧民街を第二の住処として選んだ。
 だが長年の不摂生が祟ったのだろう。リリスを生み育てはじめてすぐに寝所から起き上がることができなくなった。
 やがてリリスが五歳の時に死んだ。
 病人は疫病を恐れられて、すぐに王都の外にある共同墓地に埋められる。
 母の遺体また、葬儀も行わないままにすぐに持っていかれた。
 一人残されたリリスに手を差し伸べるものは誰もいなかった。

 建物の影に隠れるようにして、リリスは生きていた。友人といえば共に残飯をあさるネズミたちぐらいだった。
 大人に見つかれば殴られ蹴られる。薄汚い子供だと、眉を顰められた。
 十歳になると、リリスは薄汚れてはいるものの母がそうであったように徐々に美しさの片鱗を見せ始めていた。
 
 そのせいだろうか。いつものように残飯をあさっていると、気づけばにやにやと薄ら笑いを浮かべる男たちに取り囲まれていた。

『娼婦の子供らしい』
『死んだ娼婦、美しい女だったようだな。元貴族だったとか。月館の高級娼婦だと聞いた。俺たちではとても手が届かない値で一夜を売っていたとか』
『その子供がこれか。確かに可愛い顔をしている』
『俺たちで飼ってやろう。そのうち客を取らせれば、金になる』

 リリスには理解できないことを男たちは話し合う。
 まともに教育を受けていないリリスには、それは遠い異国の言葉に聞こえた。
 だが、何が起ころうとしているのかは理解できた。
 
 降り出した雨の中湿り気を帯びた冷たくかび臭い地面に押し倒されたとき、嫌悪感とともにリリスの中の何かがはじけた。

 それはリリスの頭上に黒々とした暗雲を生んだ。降り注ぐリリスの怒りと慟哭に似た雷が、男たちの体を焼いた。
 リリスには、自分ではそうと気づかなかったが、やがて支配の魔女と呼ばれるほどの魔力があったのだ。
 だがその時のリリスは何が起こったのか理解できず、焼け焦げた死体の中で一人、動けないまま泣いていた。


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