麗しの王太子殿下の独占欲

束原ミヤコ

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アストリウスとの婚約



 魔力というものは年齢を重ねるほどに強まり、ある一定の年齢になると安定化する。
 それが起こるのはおおよそ十五歳から二十歳ほど。
 リリスの魔力は今まさに強まっている最中にあった。

 体に渦巻く魔力が膨大で不安定なものになるほどに、リリスは他者の魔力を求める。
 リリスの体に浮かんだ花弁が、被虐の印と呼ばれる所以はここにある。

 本人の自由意志など、飢えや渇望が食いつくしてしまう。それほどに──魔力を求める。
 それはつまり、他者から与えられる快楽を求めることと同義だ。
 ただの体の接触では足りない。より深い交わりを求めてしまう。

「例えば、王国史に残っている伝説の魔女レディ・アリア。彼女は一国を滅ぼすほどの力を持っていた。彼女は魔女の塔に多くの配下を侍らせていた。これは皆、アリアの愛人だったと言われている。そうせずにはいられないほどに、彼女の魔力が膨大だったということだ」
「私も、同じようになるのでしょうか」
「いや、大丈夫だ。殿下に正直に話そう。魔力が安定化する二十歳まで、君の衝動を抑え込んでもらおう。だが、殿下がそれを忌避するというのならば婚約は断る。別の相手を探す必要があるからな」
「そんなことを、殿下に……」

 リリスは養父の説明を聞きながら、荒れ狂う嵐の中で一人彷徨っているような心もとなさを感じた。
 それはリリスにとっては、苦しいほどの羞恥心を伴うものであった。
 だが、同時にとても切実で大切なことだ。

 誰彼構わず異性を求めるような女にはなりたくない。それは、リリスにとってはとても恐ろしかった。
 路地裏で殺した男たちの姿が脳裏にちらつく。あんな怖いことを、自ら進んで求めるなど、信じられない。

「お父様。……私は、人殺しです。殿下には相応しくありません」
「それも話そう。君は被害者だ。隠す必要はない。それに……君よりもずっと私は、戦場で多くの人を殺している。きっと君もそうなる、リリス。国を守るために、王家のために、力があるものはその力を使わなくてはいけないのだから」

 アストリウスとの婚約は、リリスにとって彼と踊ったダンスの──夢の続きのように、信じられないぐらいに嬉しいことだった。
 だが、まるで実感がわかない。それにきっとうまくいかないと、半ば諦めていた。
 あの美しく高貴な人が、己のような女を受け入れてくれるわけがない。

 どうして──他者とは違うのか。リリスは己の天命を疎んだ。だが養父の言葉に勇気づけられてもいた。
 まともに生きることはできないかもしれない。それでも、国の役に立てる。
 リリスの出自を厭わずに手を取ってくれたアストリウスの力になることができる。
 そう思うだけで、リリスの心には曇り空から一筋の光が差し込むようだった。

「──被虐の印」
「はい。リリスのことは包み隠さずに殿下にお伝えしました。この子の面倒を見てくれるのならば、この子を殿下にお任せしたく思います。ですが、少しでもリリスの運命を疎ましく感じるようならば、誰か相応しい男をみつけます」
「伯爵、あなたの話は理解した。リリスのことは俺に任せて欲しい。……つまり、彼女を」
「それ以上は口にしないで結構です。殿下、リリスの力が強まるほどに、リリスはあなたを必要とします。どうか、リリスをよろしくお願いします」

 婚約の提案から数週間後、養父はリリスを連れて王城を訪れた。
 挨拶の場で人払いを頼み、養父はアストリウスにだけリリスの事情を説明した。
 母親が実の娘であること。父親は敵対勢力の男であったこと。そして、孤児として生きていたリリスが男たちに襲われそうになった時に、魔力暴走が起こり加害者の男たちを殺めたことなどを。
 それらを静かに聞いていたアストリウスは、驚くべきことにリリスの全てを受け入れたのである。

 リリスと二人で彼は話したいと言った。
 養父は礼をすると、リリスをアストリウスに任せて部屋から出て行った。

 養父の隣に座り、ソファの上で小さな体をさらに小さくしていたリリスに、アストリウスは遠慮がちに手を伸ばした。

「リリス、不安なことばかりだろう。確かに王家は、君の力を欲して君と俺の婚約を決めた。かつては誰も反乱を起こそうとは考えないぐらいに強大だった王家の魔力は、今はもう薄れている」

 アストリウスの落ち着いた声を、リリスは頷きながら聞いていた。
 魔力持ちは、徐々に減ってきているのだと養父も言っていた。そのため、養父のような力を持つ者は重宝されるのだ。

「魔力持ちが生まれることさえ珍しいほどだ。そのため、君のような血を欲していた。魔伯爵の娘であれば、それがたとえ養女であっても家柄も問題はない。だが……君は伯爵の孫娘だったのだな」
「はい。お父様は……私の、おじい様です」
「そうか。であれば、余計に俺の妃としてふさわしいだろう。リリス、それは大人たちの事情だ。俺が君を妻にしたいと望むのは、魔力を欲しているからではない」
「私には、それ以外はなにも」
「君をはじめて見たとき、俺は君の美しさに目を奪われた。言葉を交わし、共に踊り、更に君を好きになった。あの時は、すまなかった。俺が傍にいて君を守っていれば、君は傷つけられることなどなかっただろう」
「ありがとうございます。私は、不吉なばかりです。人を、殺して、パーティで騒動を起こして、それから……私は」
「俺は、君が好きだ。君を守る役目を、名誉だと考えている」

 リリスはアストリウスの伸ばされた手に、遠慮がちに自分の手を触れさせる。
 途端に、リリスの体は激しい熱を帯びた。甘い吐息が唇から零れ、瞳が潤む。
 それが恋なのか、宿痾のための欲望なのか、リリスには判断ができなかった。

 アストリウスは立ち上がり、リリスの隣に座る。それから、リリスの体を遠慮がちに抱きしめた。
 まるで誘われるかのように唇に触れられる。アストリウスの香しい魔力が触れ合う皮膚や粘膜を通して体に流れてくる。
 自然に流れてくるというわけではない。リリスは無意識の内にアストリウスからそれを奪っていた。
 まるで、花の蜜を吸う蝶のように。
 アストリウスのリリスを抱く腕に力がこもる。強引に舌が口腔に捻じ込まれて、ぐちゃぐちゃに蹂躙される。
 時間を忘れて、夢中でリリスの唇を貪るアストリウスがようやく唇を離した時、リリスは羞恥と快感に頬を染めながらくたりと、ソファに横たわっていた。

「……っ、すまない、リリス」
「……りう、すさま……もっと」
「……リリス」

 忘我の彼方で頭に浮かんだ言葉を小さな声で呟いて、リリスはアストリウスに手を伸ばす。
 アストリウスの咽頭が大きく上下に動くのを、リリスはぼんやり見ていた。

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