麗しの王太子殿下の独占欲

束原ミヤコ

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聖女メルティーナ



 それから三年後、リリスが十八歳の時に養父が亡くなった。
 一時期は落ち着いていた教皇側の勢力がまた活発になったのだ。
 国王が病によって崩御したことが原因であった。
 まだ若いアストリウスの即位を待たずに辺境にて兵をあげた教皇派の討伐をするため、養父は戦場に向かい、帰らぬ人となった。

 魔伯爵が倒れるなど、国王側は想定していなかった。教皇派は潜伏期間の間に王国中から有能な魔導師を集めていたのだ。同じ魔法のぶつかり合いで、養父は数の暴力に負けた。

「アストリウス様、私は父の仇を討つため、そしてあなたの国を守るために戦いに行きます」
「リリス、君にそのような危険なことはさせられない」
「私は父を愛していました。父は私を救ってくださいました。このまま、何もせずに泣き寝入りすることはできません。それに、あなたのために戦うのは私の望みです」
「わかった。リリス、俺と共に来てくれ」

 即位したばかりのアストリウスは、リリスを連れて反乱軍の討伐に向かった。
 このころのリリスはすでに、自分の魔力を制御できつつあった。
 昼は養父に熱心に魔法の指導をしてもらっていた。そして夜になると、毎夜訪れてくれるアストリウスに滾る欲望を慰めてもらっていた。
 子を作るのは婚姻を結んでからだとアストリウスは言って、彼はひたすらリリスに舌や指先で愛を注いでリリスの体を高め、何度も果てさせてくれた。

 その誠実さと献身に、リリスは泣きたくなるほどに愛されているのだと感じた。
 そしてそれを感じるたびに、リリスの心もまたアストリウスに囚われていくようだった。

 まるで、愛玩犬が飼い主に尻尾を振り懐くように、リリスもまたアストリウスに夢中になっていった。毎日彼の訪れが待ち遠しく、愛を注いでもらうのが──嬉しい。

 だからリリスは、彼の愛情に応えたい。
 祖父を失った怒りと、アストリウスを守りたいという使命感に突き動かされるように戦場で力を振るった。

 リリスの雷は多くの兵を焼き、『魔伯爵の再来』『恐ろしい魔女』と皆に言われるようになるまでは、多くの時間はかからなかった。
 魔力を使いすぎたときには、体の熱がおさまらなくなる。
 その煩わしさだけには閉口させられた。
 男ばかりの兵たちに囲まれていると、つい、彼らの手が己を犯すところを想像してしまうのだ。
 そこにあるのは嫌悪感と恐ろしさと、欲望が満たされていく充足感。
 屈強な体つきをした若い兵士と目が合うと、彼はリリスの異変に気づいたように熱のこもる視線を向けてくる。
 思わず熱い吐息を漏らしてしまったことは、一度や二度ではない。

 アストリウスを愛しているのに。
 膨大な魔力と引き換えの制約は、あまりにも代償が大きい。

「リリス。俺は君の淫らな顔を、皆に見られたくない」
「陛下、私はそのような顔はしておりません」
「君は気づいていないだろう。魔法を使うとき、そして魔法を使った後、君の白い頬は林檎のように色づき、大きな瞳は涙で潤む。物欲しげに唇が開かれて、甘く切ない吐息を漏らす。声には、俺に愛されている時のように艶やかに、男を誘う」
「違います、私は、陛下だけを……っ」
「知っている」

 戦場では、婚約者として振舞うことはやめた。アストリウスとは距離を置き、陛下と呼んでいる。
 それをアストリウスは寂しがったが、リリスは私情を交えたくなかった。
 
「二人きりの時は、リウス、と」
「それは、できません。……アストリウス様、ここでは、いけません」
「俺の女神は、俺が欲しいだろう」

 駐屯地の片隅で、彼の立派な天幕で、そして、森の中で。
 アストリウスはリリスの腕を引いて、華奢な体を腕に閉じ込める。誰が見ているかもわからないのに、アストリウスはリリスのスカートの中に手を入れ、唇を吸った。
 
「教皇の首をとり、戦争を終わらせよう。王都に帰還したらすぐに、結婚をしよう。俺の可憐で可愛い魔女。早く、君の中に入りたい」
「……リウス様」
「リリス、君の素顔を誰にも見せたくない。戦場では、仮面をつけてくれるか? 誰にも君の淫らな顔をみられないように」
「あなたの、望むままに」

 彼と深くつながることができたら、どれほど幸せだろう。
 どれだけ彼の指で、舌で果てを迎えても、粘膜の接触で魔力をそそがれても、リリスは満たされない。
 体の奥に欲しいのだ。常に飢えて、切ない。
 だが、愛し合うならばアストリウスがいい。他の誰かでは嫌だ。それを想像してしまう自分を嫌悪した。これほどアストリウスを愛しているのに、愛されているとわかるのに、満たされない己の醜悪さがリリスの心を常に苛んでいた。

 アストリウスの望むままに、リリスは仮面をつけることにした。
 白い仮面で顔を隠して、戦場に赴く。教皇側が集めた魔導師たちを打ち払う。時には腕を切られ、腹を貫かれ、皮膚を燃やされ、酷い怪我を負うこともあった。だがそれも、たちどころに魔法で癒えた。

 『白の魔女』と、リリスは呼ばれるようになった。白い仮面とローブからついた名だ。
 リリスはアストリウスのために、軍を率いて敵地に攻め込んだ。アストリウスは共に行くと言ったが、彼の身を危険に晒したくなかった。教皇の首を取ることが、リリスの役目だ。
 そう信じて──各地を転戦しながら戦った。幸いにして、被虐の印による衝動も魔力の安定化と共に以前よりも落ち着きはじめていた。
 
 教皇は隠れて出てこないが、彼の右腕と言われている神官ディアスを討伐してリリスは帰還した。
 すぐにアストリウスのもとに向かったが、そこでリリスは信じられないものを見た。

 アストリウスの隣には、『聖女』と呼ばれる可憐な女がいたのである。
 彼女は、癒しの魔法が使える、治療師だった。
 駐屯地で献身的に働いている姿にアストリウスは魅かれた。
 聖女と国王陛下はお似合いだ。きっと国をよい方向に導いてくれる。

 聖女は、元々教皇の養女である。教皇を説得して、和解をするために兵になった。
 そんなことを、駐屯地の兵たちが噂しているのを聞いた。
 
「メルティーナが和解のために努力をしているというのに、何故ディアスを殺したのだ、白の魔女よ」

 敵将を討伐したことを報告するリリスに、アストリウスはまるで赤の他人のような冷たい声をかけた。


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