麗しの王太子殿下の独占欲

束原ミヤコ

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使い魔の猫



 拘束が解かれたファウストが、己の傷を抉るように肩を強くつかんだ。

「残念だったな、リュクシアス。隷属の魔力紋を解除する魔法はすでにある。あの時はそれができず、お前に従うしかなかったが、今は違う。シルフィ様の紋様を調べ、解呪の方法を私が構築した。甘んじて隷属を受け入れるわけがないだろう」

 ファウストの首の紋様が青く光り、パキンとガラスが砕けるように消えた。
 そして彼は、シルフィに手を伸ばす。
 媚びるような瞳に見つめられ、シルフィは眉を寄せる。

「リリス、覚えているでしょう。私の献身を。だというのにあなたは私を忘れてしまった。残酷な人だ」
「覚えています。でも」

 リリスが捕縛されたとき、ファウストは己もリリスに操られていたと言ったのだ。
 彼は自ら望んで、リリスに従っていたというのに。
 それは裏切りだった。だがリリスはファウストを信じてなどいなかったので、傷ついたりはしなかった。
 彼との間にあったのは、互いの欲を満たす関係に過ぎない。
 結局ファウストが何を考えているのかは最後までわからなかったが、それもリリスにとっては興味も関心もなかった。

「あなたは……どうして、私の傍にいたのですか。いいえ、そんなことはもうどうでもいい。私はシルフィ。リリスでは、ありません」

 今更、心を動かされたりはしない。
 彼が嘘つきで、残酷で、シルフィやリュクシアスを傷つけるために行動をしていることだけはわかる。

「そのとおりだよ、フィー。君は、シルフィ。別の人生の記憶があろうが、君はフィーだ」

 シルフィの体をファウストから隠すように抱いて、リュクシアスが言う。
 シルフィに向けるものとは違う、感情の籠らない醒めた声で続ける。

「それにしてもファウスト、罰が足りないようだ。お前は、懲りないな。かつて俺はお前を殺し、転生魔法の贄にした。四肢をひきさく苦痛に、そのいかれた頭も憎しみまみれの心も落ち着いたかと思ったが」
「ふざけるな。お前のせいで、怠惰な人生をもう一度繰り返しているんだ。少しぐらい刺激がないと楽しくない。私は何度でも、お前からリリスを奪う。お前の絶望を眺めたいんだ」
「嘘だな。お前は許せないだけだ。かつてはお前に縋っていたリリスが、俺に縋り俺を愛することが許せないのだろう。だがお前に、フィーに触れる資格はない。それがあるのは俺だけだ」

 さぁ、と。
 リュクシアスは両手を広げた。

「そのうるさい口を、閉じてもらおうか。両手があると余計なことをする。人の言葉を話せると、さらに余計なことをする。お前は、そうだな……動物になるぐらいがちょうどいい」

 ファウストの足元から、黒い影が伸びてきて彼の体にまとわりついた。
 影が消えると──そこには、両手で抱えられる程度の大きさの檻が置かれている。
 そしてその中では、金の瞳をした黒い猫が毛を逆立てて威嚇をしていた。

「人生を二度、繰り返したくないのだろう? お前は、猫。俺の使い魔として、飼われるといい。よかったな、ファウスト。俺の元にいれば、シルフィを見ていることができる。檻の中で、存分にな」

 猫はなにか文句を言ったようだが、それは鳴き声にしか聞こえなかった。
 リュクシアスが指を弾くと、檻も猫も消えてしまった。
 シルフィは、呆気にとられながらそれを見ていた。
 人が猫に変わる魔法など、シルフィは知らない。
 しばらくぼんやりしていたシルフィはふと我に返り、弾けるようにリュクシアスを見上げる。 
 何か尋ねようと口を開く前に、リュクシアスは愛しげに目を細めて、きつくシルフィを抱きしめた。

 シルフィは「アストリウス様」と呟いた。
 今はもう、はっきりと思い出すことができた。

 リュクシアスは、アストリウスに似ている。
 髪型こそ違えど、似ているどころではなく、同じ顔をしていた。

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