麗しの王太子殿下の独占欲

束原ミヤコ

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その手の中に閉じ込めて



 リュクシアスの手が、シルフィの手の甲に伸びる。
 覆いかぶさるように繋がれると、硬い皮膚を持った骨ばった冷たい手がシルフィの紋様に触れた。

「あなたは、アストリウス様……? どうして、なのですか。あなたは私を利用して、嫌っていたのに」
「会いたかった。ずっと、君に。リリス。五百年と、それから、二十年? もう、忘れてしまったが、永遠に続く時が、君と出会えたことですべて無に消えた。ずっと待っていた。君の魂が流転して、君が生まれることを」
「魂の、流転……」
「あぁ。君の魂を、レディ・アリアの残した秘術を使って転生させた。もう一度、君に会いたかった。どうしても、どんな手を使っても。俺は君の……そして魔導師たちの心臓を食い、不死性と膨大な魔力を手に入れた。魔力持ちを食い尽くしてきた。だから、この国には今ほとんど、魔力を持つ者がいないだろう?」
「あなたが、食べてしまったから」
「そうだよ、リリス」

 アストリウスとはどんな人だっただろうかと、シルフィは記憶を巡る。
 出会ったばかりのころ、彼は誠実で優しく、気遣いに満ちた人だった。
 リリスの養父にも礼儀正しく接していた。孤児として生きてきたリリスの出自にも眉をひそめなかった。
 公平で、寛大で、人の死に心を痛めていた。
 そんなアストリウスが自らの望みのために人を殺して、食らった。
 もう、シルフィの目の前にいるのは、人の形をした人ではない何かなのかもしれない。

「あなたは、リュクシアス様ではないのですか?」
「名など、なんでもいいだろう。それはただの記号だ。俺が誰であれ、なんであれ、ただ君を愛しているのに、君を失った愚かで哀れな男にしかすぎない」
「あなたは私に、利用していたのだと、言ったのに……っ」
「愛していた。心から、君を。君だけを愛していた。君の肌に触れて、君の姿を目に映して、君の声を聴くことができるのは俺だけでいいとさえ、思っていたぐらいに。だから俺は君に仮面を被せた。覚えているだろう? だが、あの時の俺は力のない、木偶だった。だから、簡単に……操られた。ファウストの隷属魔法によって」

 リュクシアスはシルフィの肩に顔を埋めて、くつくつと低い声で笑う。

「俺が我に返ったのは、君が処刑をされた直後だったよ。目の前には君の亡骸がある。もう、話さない。俺を見てくれない。触れても、何の反応も示さない。冷たい体だ。誰を殺しても、君は生き返らない。君を傷つけた者は全員引き裂いてやったのに、君は、もう……目覚めない」
「……っ」

 シルフィは繋がれていないほうの手で、リュクシアスの背に腕を回して強く抱いた。
 彼は大きすぎてシルフィの腕の中には納まりきらないが、それでも、その凍えた心にぬくもりを伝えたかった。
 そんなことがあったなんて、シルフィは知らなかったのだ。

「手を尽くし、調べつくして、ようやく魂の流転の方法をみつけた。君の死から、十年以上は経っていただろうか。その間、君の体は俺の傍にいてくれた。毎日口づけて、毎日その体を撫でて、愛したよ。だが……そこにあるのは、静かな死だった。こうして君が私に話しかけてくれる、俺に感情を抱いてくれる、それがどんな感情でも、俺は、満たされる」
「リウス様は、私の……被虐の性質を抑え込んで、私を、守っていてくれたのですか?」
「嫉妬だ」

 リュクシアスの指が、シルフィの手の甲に食い込んだ。
 爪が皮膚に立てられる。その痛みにシルフィの瞳に涙の膜が張った。
 だが、痛みだけではない。神経を直接慰撫されているような悦楽がぞくりと背筋を這い上がり、シルフィの足から力が抜ける。
 ずっと堪えていたのだ。この印が現れてから、シルフィは──リリスであった時以上の飢えを感じている。

「っ、ぁ、あぅ……っ」
「俺と君は、悪意によって引き裂かれた。俺は君を守ることができずに失った。俺が支配をされている間、君は多くの男を隷属させて、抱かれていた。ファウストがよく話していた。君がどれほど淫らだったか、君のぬかるんだ場所がどれほど男をいやらしく包むのか、君が何と言ってファウストを誘うのか」
「それは……」
「理解はしている。それは仕方のないことだった。だが、臓腑が焼けただれるようだ。だから、君から力を奪った。同じことが再び起こらないように。俺だけを見て、俺だけに従って、俺だけを愛するように」

 リュクシアスに言葉を失うほどの苛烈な支配欲と執着を向けられて、かつてのシルフィなら恐怖を感じていただろう。
 だが今はただ、きっとどこか壊れてしまったのだろうが、それでもひたすらに、ただシルフィだけを求めている彼が愛しかった。

「リウス様……リュクシアス様、お願い。もう、耐えられないの。あなたが欲しい。ひどくして、もう離さないで。私の両腕を捥いで、あなたの腕の中に、ずっと、閉じ込めていて」
「あぁ、フィー。そうだね。……そうしよう」

 シルフィは小屋の床に押し倒される。
 リュクシアスの激情に呼応するように、小屋の外では嵐が吹き荒れ始めていた。


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