冬の水葬

束原ミヤコ

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美術部への入部

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 入学一日目にして遅刻しそうになった私を心配してくれたのか、凪先輩はそれから私を時々迎えに来てくれるようになった。
 といっても、それは私が寝坊してしまった時だけで、それ以外の日は大凡私は起きることができて、道の途中で凪先輩に会うことができた。

 顔を見るたびに、声を聞くたびに、話をするたびに、思う。
 私は、凪先輩が好き。

 いつから好きなのかはよく分からない。
 気づいたときには一緒に遊んでいたし、良く面倒も見て貰っていた。

 単純な私と違って、凪先輩はいつも何かを考えているような人だ。
 良く気がつくし、優しくて、繊細なのだと思う。
 私が男に産まれて、蓮水君が女だったら良かったのにねと、お母さんには良くからかうように言われていた。

 夕霧家――つまり、私の家なのだけれど、夕霧家にはある事情があって、お父さんはいない。
 お母さんと私、女だけの二人暮らしで、凪先輩が唯一の近くにいる男の人だった。 
 
 単純な私はすぐにハスミちゃんに懐き、気づけば私の目の前に、ツリーの下に届いたクリスマスの朝のプレゼントのように、『恋』が綺麗な箱に入って置いてあった。

 学校が始まって数週間。
 元々の学力とは全く違うレベルの内容の勉強に四苦八苦しながら、それでも私は特に問題なく高校生活を送っていた。

 通学の朝だけだけれど、それでも毎日凪先輩と会うことができる。
 そう思うと、多すぎる宿題も、早起きの朝も、何も苦にならなかった。

 どうやら今日は部活見学があるそうだ。
 放課後の時間を使い、入りたい部活を決めるらしい。
 夏の気配の近づくブレザーが少し蒸し暑く感じる朝の道を、凪先輩と一緒に歩きながら、私は口を開いた。

「私も凪先輩と一緒に、美術部に入っても良いですか?」

「七瀬は、運動が好きだっただろう?」

「運動部は、中学の時の陸上部で懲りました。あんまり向いてないみたいです」

「そう。別に駄目とは言わないけど。絵を描くぐらいしかやることがないが、良いのか」

「美術部なんだから、それはそうでしょ。私だってそれぐらいは知ってますよ」

「話をする時間も、菓子を食べる時間もない」

「だからぁ、部活ですよね。先輩、私をなんだと思ってるんですか」

「中学時代は、放課後友人達と菓子を持ち込んで食べては、良く先生方に怒られていたな。蓮水君からも注意してくれと、何度か言われた」

「忘れてくださいって。私は生まれ変わったんですよ」

「一年経つと、変わる、か」

「そうそう。去年の私とはひと味違います。目標は、中間試験をギリギリクリアすることです」

「大丈夫そうなのか」

「任せてくださいよ」

 大丈夫かどうかは私には分からないけれど、なんとかなるだろう。
 ギリギリ駄目でも追試があるし、大丈夫。
 追試なんてやっていたら部活で凪先輩と過ごす時間が減ってしまうから、頑張るつもりだけど。

 放課後になって、私は真っ直ぐに美術部に向かった。
 一階の校舎の一番奥にある美術部は、その空間だけ賑やかな学び舎から忘れられてしまっているように、ひっそりと静まりかえっていた。
 春の日差しがあたたかく差し込んでいる筈なのに、何故だか少し薄暗く感じた。
 静かすぎるせいなのかもしれない。

 美術部の前には私しかいなくて、運動部みたいに先輩達が並んで「是非入部を!」なんて大声で勧誘さえしていない。
 閉じられた扉の前で、本当にこの場所で良いのかと考えていると、私の後ろからにょきっと白い手がはえた。

「美術部、ここよ。入部希望の子?」

 振り向くとそこには、真っ直ぐな長い黒い髪をした、綺麗な女の人が立っていた。

「入って」

 その女性は、私の代わりに扉をあけてくれた。
 美術部にはイーゼルが並び、その前に数人の生徒が座っている。
 私は案内をしてくれた女の人にお礼を言おうとして振り向いた。

 振り向くとそこには、誰も居なかった。
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