最強の私と最弱のあなた。

お母様の食事改革

　お風呂に入り着替えを済ませると、お母様が家に帰ってきていた。
　どうやら果林のお母様の帰宅時間は、かなり遅いらしい。
　時刻はすでに午後八時をまわっている。私の国ではこの時間は、夕食も身支度を済ませて寝室でゆっくり過ごす時間である。
　オイルランプや蝋燭が勿体無いので、暗くなったら眠りにつくのが私たちの基本的な暮らしだった。

　けれど果林の自宅は、夜中でも明るい。
　仕組みはよくわからないけれど、スイッチを押すと明かりがつく。部屋は昼のように明るくなり、夜も不自由さがまるでない。

「果林ちゃん、夕ご飯を準備したわよ。お母さんも果林ちゃんに協力しようと思って、今日は蒟蒻と海藻のサラダにしたわよ。夕ご飯は、軽くて良いんですって。もう寝るだけだから」

　昨日は油たっぷりどっしりした茶色いおかずが並んでいたけれど、今日は食卓の上にはふにゃふにゃしたものがたくさん入った器が置いてある。
　蒟蒻と、海藻。
　私の国にはなかった。謎の食材だ。

「ありがとうございます、お母様」

「やだ、果林ちゃん、お母様なんて。良いところのお嬢様みたいね」

「今日もお仕事お疲れ様でした。お仕事とは、大変なのですよね、きっと。お母様、私もアルバイトを始めようと思っているの」

　蒼依は部屋にこもっているのか、姿が見えない。
　食卓から見えるリビングルームのテレビには、夜のニュースが流れている。
　事故があったとか、子供が行方不明とか、殺人事件とか。

　この国は平和かと思っていたけれど、そうでもないのかもしれない。

　私はサラダを食べた。
　蒟蒻と海藻というものは初めて食べたけれど、あっさりしていて美味しい。

「果林ちゃん……大丈夫よ、ありがとう。お母さん、果林ちゃんや蒼依のために、頑張るわね。二人のためにお金が必要って思って、お父さんを頼りにしていたけれど、それじゃだめよね」

「お母様……私も働くわ。自分で使う分は、自分で稼ぎます」

「……果林ちゃん。気を使わせてごめんね」

「当然のことよ。私はもう十六歳。働けるのだから」

「そういえば、昨日誕生日だったのよね。……お母さん、自分のことでいっぱいで。ちゃんとお祝いしなくてごめんね。ケーキは買ってきたんだけど、結局食べなかったわよね」

　私の目の前に座ったお母様が、お茶を飲みながらため息をついた。
　今日もお母様はスーツを着ている。
　どこか疲れた雰囲気は漂っているけれど、それなりに綺麗な方だ。きっと昔はもっと綺麗だったのだろう。

「お祝い、しなおしましょうか、果林ちゃん」

「遠慮しておくわ。そうね、もし祝ってくれるとしたら……私のダイエットが成功した時にしてくれるかしら」

　お母様は私の顔をじっと見た後に、困ったように笑って微笑んだ。

「わかったわ、果林ちゃん。……おかしいわね。果林ちゃん、果林ちゃんじゃなくなっちゃったみたいね」

「人が何かを変えるには、別人のように振る舞う必要があるのよ。そのうち、元に戻るわよ、きっと」

「悪いって言っているわけじゃないのよ？　今の果林ちゃんをみていると、励まされるわ、お母さんは」

　お母様の言葉に悪気はきっとないのだろう。
　それはそうだ。
　だって私は、なんせシャーロット・ロストワンだからだ。
　私の姿を見て憧れを抱き、自分もかくありたいと思うのは、当然のこと。

　けれど、ずきりと胸が痛んだ気がした。

　私はこの体から早々に去るべきだ。
　私のためにも、果林のためにも。