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舞踏会の思い出
しおりを挟むーー大広間には美しい音楽が流れていて、並んだグラスには鮮やかな赤色の飲み物が注がれている。
ベリーの果汁を絞って作ったベリージュースには、レモンの輪切りが浮かんでいる。
舞踏会のたびにドレスを新調するのは、公爵家にうまれた私の義務のようなものだ。
公爵家の財政が困窮していないことを皆に知らしめるため。
セルジュ様の婚約者である私が豊かであるということは、この国が豊かであるという指標になる。
私は白を基調にしたドレスに、菫を模した髪飾りをつけている。
セルジュ様の色を身に纏うのは、婚約者としての礼儀である。
私とセルジュ様は少し年齢が離れていたので、十五歳の私にとって十九歳のセルジュ様は婚約者であり、もう一人の兄のような感覚に近かったように思う。
身を焦がすような思慕や、熱烈な愛を感じるということはない。
気づいたら傍にいて、それが当たり前だった。
空気のようなものだ。
婚約は義務なのだから、そこに感情は必要がない。選んだのは私ではない。選ばれたいと努力したわけでもない。
それはただの偶然で、私は偶然公爵家にうまれて、セルジュ様の婚約者に選ばれた。
そしてセルジュ様は穏やかで優しいお兄様のような方だった。
偶然だけれど、幸運だったのだろう。
セルジュ様がろくでもない男だったら、私は苦労していたはずだ。とはいえ、そこは私なので、婚約者の性格がどれほど悪くてもそれなりに躾ける自信はあるのだけれど。
セルジュ様にエスコートしていただきお城の大広間に来た私は、セルジュ様と数曲ダンスを踊った。
それから、来賓のご友人たちとお話をするセルジュ様の元を離れて、私の元にやってくるご令嬢の方々の相手をしていた。
出てくる話題といえば、新しいドレスのデザインについてや、最近流行りのアクセサリーや化粧品、香水や髪型などについて。
それから婚約者との関係についての悩み相談や、会場にいらっしゃる男性の中で誰が素敵か、など色々。
私だって常に苛立っているわけじゃない。ごく普通に話をすることだってある。
ただ、目についてしまった素行の悪さや、態度の悪さ、努力や配慮の欠如などを他者に指摘することがよくあるというだけで。
セルジュ様には「シャーロットの言い分は理解できるけれど、言い方というものがある。それに、完璧な人間などは存在し得ないのだから、多少は人間のよくない部分も受け入れる必要があるのではないかな」と、何度か言われていた。
セルジュ様の言葉が理解できない私ではなかったけれど、私は公爵令嬢として、またセルジュ様の婚約者として、完璧な自分であるように自分を律しながら生きている。
他人を叱り教育するのもまた私の役割だと思っていた。
「……あぁ、ごめんなさい……!」
皆とお話をしていると、不意に私に誰かがぶつかってきた。
泣き出しそうな表情を浮かべているその女は、私と同じ歳の子爵家の令嬢で、名前は確かオリーフィアさん。
オリーフィア・ヒストリカ。
先日私が注意をして泣かせた方だ。
注意をした理由はなんだったかしら。確か、先日の晩餐会でセルジュ様に不敬にも自分から話しかけてきたのではなかったかしら。
オリーフィアさんは最近ヒストリカ家に養子に貰われたばかりとかで、礼儀やマナーがなっていない。
だからセルジュ様はそれを許した。
そしてセルジュ様の優しい態度にすっかりのぼせ上がったオリーフィアさんは、セルジュ様にその晩餐会の間中付き纏っていた。
私は呆れ果てて、オリーフィアさんを叱りつけたのである。
セルジュ様の態度には特に問題はなかった。
皇太子殿下として、新参者に優しく対応をしてあげるのは悪いことではない。勘違いするオリーフィアさんがいけない。
このまま放置していたら、セルジュ様だけならともかく、他の男性にも勘違いの上の思慕を抱くとも限らない。
それはいけない。
どんな身分であれ、私たち貴族は婚約という制約に縛られている。
その中で自由な恋愛を楽しもうとすれば、必ず争いが起きてしまうものだ。
もちろん、制約の中で弁えて行動していれば、私も口を出したりはしないのだけれど。
それなので私は、私がセルジュ様の婚約者であることをオリーフィアさんに伝えた。
それからセルジュ様はオリーフィアさんが話しかけて良いような立場の方ではないこと。
そして、婚約者のある男性に話しかけたり親しくしたり、付き纏ってはいけないことを。
オリーフィアさんは知らなかったのだと言って、泣いていた。
気の弱い女だと思ったのだけれど、どうもそれだけではないらしい。
今私にぶつかってきたオリーフィアさんは、ジュースの入ったグラスを手に持っていた。
そして、そのグラスの中身を、ぶつかった拍子に私のドレスにぶちまけたのである。
「ごめんなさい、ごめんなさい、シャーロット様……! あぁ、私、なんてことを……どうか、許してください、ごめんなさい……!」
オリーフィアさんは自分から私にぶつかってきたくせに、床に座り込んでさめざめと泣きはじめる。
私は内心ため息をついた。案外、強かな女だ。
元々孤児院にいたらしいのだから、気が弱いだけでは生きていけなかったのかもしれないけれど。
これで私がオリーフィアさんを叱責したら、私が悪者になる。
けれどただ許してしまえば、私は他の貴族女性たちから、侮られる可能性がある。
それにオリーフィアさんの演技に気づいているのに、それを受け入れるなんて、あり得ない。
「シャーロット様のドレスがあまりに煌びやかで、ドレスの裾につまづいてしまったのです……私の不注意で、ごめんなさい……どんなお叱りでも受けます、ごめんなさい……」
しくしく泣いているオリーフィアさんの前に、私は立った。
それから給仕に命じて、ジュースの瓶ボトルを持って来させた。
「私は怒ってませんわ。オリーフィアさんの不注意ですものね、私のドレスが汚れてしまったのは。けれど、何もせずに許すというのもおかしな話。それなので、私とあなた、お揃いにしましょう」
そして私は、オリーフィアさんの頭から手にしていた瓶ボトルの中身をぶちまけたのである。
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