3 / 200
遺跡探索と雪解けの春
不機嫌な婚約者と行く古の遺跡探索 1
しおりを挟むセントマリア魔導学園のある皇都近郊には、いくつかの遺跡が点在している。
これは、古の昔、セントマリア皇国に住んでいた最初の人々が残していったものだという。
原初の神々から生まれ落ちたその人々は、翼の人と呼ばれている。
翼の人々は皆、原初の神々に匹敵するぐらいの魔力を持っていた。
その魔力で、翼の人々は様々な動物を作った。
それら動物をつくる研究に使われていたのが、古の遺跡なのだという。
その動物は――今では、この国では魔物と呼ばれている。
それは原初の神々が作ったといわれている動物たちとは、似て非なる形をしている。
魔力を帯びていて、凶悪な姿をしているものもあれば、愛玩用に飼えるほどの可愛らしいものもある。
翼の人々は、生命を勝手に作り出したことにより原初の神々の怒りに触れて、その力を封じられた。
力を封じられた翼の人々の末裔が、私たちセントマリア皇国の民である。
皇帝であるバルツス様や、皇太子殿下であるフィオルド様は、翼の人々の王の末裔であり、かつて力を封じられる前は、原初の神々を凌駕するほどの力があったのだと、この国では言い伝えられている。
などと、私は考えながら、静かに遺跡の中を歩いている。
授業で習ったことを繰り返し思い出すのは、居心地の悪すぎる沈黙に耐えるためだ。
フィオルド様と校外学習で遺跡に入ったのはついさきほど。
とうとうこの日が来てしまった。
どんなに来ないで欲しいと願っても、勝手に日は暮れるし、日は登ることを繰り返すのである。
フィオルド様と二人きりの遺跡探検が嫌すぎて、実家に帰ろうかなと何度か考えたし、実家で私の帰りを待ってくれている侍女のドロレスにも手紙を何通か出した。
ドロレスからの返事は『頑張れ、お嬢様!』だった。どういうわけか、その文字は楽し気に跳ねていた。
私はちっとも楽しくないのに。
古めかしい神殿のような遺跡の中を、校外学習用の黒い制服に身を包んだフィオルド様は、ぐんぐんすすんでいく。
私はその後ろを、なるべく邪魔にならないようにと思いながら、ちょこちょこついていっている。
帰っては駄目かしらね。
沈黙が辛い。
そもそも私は人と話すことが苦手だ。
苦手なのだから、むしろ沈黙は嬉しいと思うべきなのかもしれないけれど、沈黙も苦手だ。
見知らぬ人と同じ空間で過ごしていて沈黙が続くと、なんだか私が全部悪いような気がしてくるのよね。フィオルド様は見知らぬ人じゃなくて、婚約者なのだけれど。
(婚約が決まったのだって、私が赤ちゃんのころだもの。気づいたら嫌われていたのよ。何かしたかしら、私。赤ちゃんの時に、なにか粗相をしたのかしら)
赤子というのはそもそも粗相をするものではないのかしらね。
私は石づくりの回廊を、フィオルド様とつかず離れずの距離を保って歩きながら、床に敷かれた石の数を数える。
遺跡踏破の校外学習は、うまれつき身に宿した魔力の操作に慣れることを目的としている。
遺跡には、魔物がわくからだ。
危険な授業のような気もするけれど、私たち貴族は魔力量が多いため、魔力暴走を起こす可能性が高い。魔道学園での三年間で、魔力操作をきっちり覚えることは、今後の生活にとってかなり重要なことなのである。
指導員として、既にある程度の魔力制御ができている三年生が、ペアとしてつくのだと、校外学習についての説明の時、先生が不穏なことを言っていた。
嫌な予感はしていたのよね。
校外学習とはいえ、二人きりで遺跡の中だ。
万が一のことを考えれば、婚約者とペアにするのは、安全策である。
(うう、つらい。沈黙が辛い……帰りたい……)
私は心の中でめそめそした。
いくら心の中のリリアンナが泣こうが、表面上はそれはそれは不機嫌そうに、フィオルド様の後ろを半歩どころか二歩も三歩も遅れて歩いている、可愛げのない女である。
(だって、緊張するのよ。フィオルド様は、物心ついたときからずっと不機嫌だし、私のことを嫌っているし……私だって好きで婚約者に選ばれた訳じゃないのよ)
赤子に選択権はない。
私はうまれてすぐフィオルド様の婚約者になったし、そんな私をフィオルド様はずっと嫌っているように見える。
顔立ちのせいかしらね。愛想がないのも分かっているのよ。
もっとにこにこしながら「ごきげんよう、フィオルド様!」などと言って、その腕に抱きついたりする愛想があれば良かったのに。
だってないもの。無理だもの。一緒に居るだけで冷や汗が出るぐらいなのよ。怖くて。
フィオルド様だって悪いのよ、いつも怒っているし。私に話しかけてくれないし。
もっと優しい人が、婚約者だったら良かったのに。
春風のように優しい美男子に「リリアンナ、何も言わなくても僕は君のことを分かっているよ」と言って、微笑まれたい。頭を撫でられたいし、愛を囁いて欲しい。
というような妄想を、ドロレスに話したら、「お嬢様、そういったメンズは、総じてどエスと相場が決まっています。それはそれで、脆弱でそれはそれは可愛らしいお嬢様の魅力を最大限に引き出してくれると思うので、ドロレスとしては大歓迎なんですけれどね」と言っていた。
半分以上意味不明だったけれど、可愛らしいと言われたので私は嬉しかった。
私のことを可愛いと褒めてくれるのは、ドロレスだけだ。
ドロレスに会いたい。
一緒に学園に来て、寮生活をして欲しかった。
けれど、学園寮では傍付きメイドを連れてくることは許されていない。
赤貧を重んじるセントマリア魔道学園の教育方針に、自分のことは自分でする、というものがあるのだ。
「……あれ?」
それにしても、あんまり魔物が出ないのね。
フィオルド様、私を置いてどんどん先に行ってしまうし。
私は私で、フィオルド様に見つからないように、壁に同化しながら、フィオルド様の背後を距離感を大切にしながら歩いているので、その背中は今はだいぶ遠い場所にある。
回廊を抜けて、新しい区画に入った。
フィオルド様はもう部屋を抜けてしまっている。さして広くない小部屋である。
けれど――その小部屋に入ったとたんに、なんだか嫌な気配を感じた。
14
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる