リリアンナ・セフィールと不機嫌な皇子様

束原ミヤコ

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遺跡探索と雪解けの春

不機嫌な婚約者と行く古の遺跡探索 1

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 セントマリア魔導学園のある皇都近郊には、いくつかの遺跡が点在している。
 これは、古の昔、セントマリア皇国に住んでいた最初の人々が残していったものだという。

 原初の神々から生まれ落ちたその人々は、翼の人と呼ばれている。
 翼の人々は皆、原初の神々に匹敵するぐらいの魔力を持っていた。

 その魔力で、翼の人々は様々な動物を作った。
 それら動物をつくる研究に使われていたのが、古の遺跡なのだという。

 その動物は――今では、この国では魔物と呼ばれている。
 それは原初の神々が作ったといわれている動物たちとは、似て非なる形をしている。
 魔力を帯びていて、凶悪な姿をしているものもあれば、愛玩用に飼えるほどの可愛らしいものもある。

 翼の人々は、生命を勝手に作り出したことにより原初の神々の怒りに触れて、その力を封じられた。
 力を封じられた翼の人々の末裔が、私たちセントマリア皇国の民である。

 皇帝であるバルツス様や、皇太子殿下であるフィオルド様は、翼の人々の王の末裔であり、かつて力を封じられる前は、原初の神々を凌駕するほどの力があったのだと、この国では言い伝えられている。

 などと、私は考えながら、静かに遺跡の中を歩いている。
 授業で習ったことを繰り返し思い出すのは、居心地の悪すぎる沈黙に耐えるためだ。

 フィオルド様と校外学習で遺跡に入ったのはついさきほど。
 とうとうこの日が来てしまった。

 どんなに来ないで欲しいと願っても、勝手に日は暮れるし、日は登ることを繰り返すのである。
 フィオルド様と二人きりの遺跡探検が嫌すぎて、実家に帰ろうかなと何度か考えたし、実家で私の帰りを待ってくれている侍女のドロレスにも手紙を何通か出した。

 ドロレスからの返事は『頑張れ、お嬢様!』だった。どういうわけか、その文字は楽し気に跳ねていた。
 私はちっとも楽しくないのに。
 古めかしい神殿のような遺跡の中を、校外学習用の黒い制服に身を包んだフィオルド様は、ぐんぐんすすんでいく。

 私はその後ろを、なるべく邪魔にならないようにと思いながら、ちょこちょこついていっている。
 帰っては駄目かしらね。

 沈黙が辛い。
 そもそも私は人と話すことが苦手だ。

 苦手なのだから、むしろ沈黙は嬉しいと思うべきなのかもしれないけれど、沈黙も苦手だ。
 見知らぬ人と同じ空間で過ごしていて沈黙が続くと、なんだか私が全部悪いような気がしてくるのよね。フィオルド様は見知らぬ人じゃなくて、婚約者なのだけれど。

(婚約が決まったのだって、私が赤ちゃんのころだもの。気づいたら嫌われていたのよ。何かしたかしら、私。赤ちゃんの時に、なにか粗相をしたのかしら)

 赤子というのはそもそも粗相をするものではないのかしらね。

 私は石づくりの回廊を、フィオルド様とつかず離れずの距離を保って歩きながら、床に敷かれた石の数を数える。
 遺跡踏破の校外学習は、うまれつき身に宿した魔力の操作に慣れることを目的としている。

 遺跡には、魔物がわくからだ。

 危険な授業のような気もするけれど、私たち貴族は魔力量が多いため、魔力暴走を起こす可能性が高い。魔道学園での三年間で、魔力操作をきっちり覚えることは、今後の生活にとってかなり重要なことなのである。

 指導員として、既にある程度の魔力制御ができている三年生が、ペアとしてつくのだと、校外学習についての説明の時、先生が不穏なことを言っていた。

 嫌な予感はしていたのよね。
 校外学習とはいえ、二人きりで遺跡の中だ。

 万が一のことを考えれば、婚約者とペアにするのは、安全策である。

(うう、つらい。沈黙が辛い……帰りたい……)

 私は心の中でめそめそした。
 いくら心の中のリリアンナが泣こうが、表面上はそれはそれは不機嫌そうに、フィオルド様の後ろを半歩どころか二歩も三歩も遅れて歩いている、可愛げのない女である。

(だって、緊張するのよ。フィオルド様は、物心ついたときからずっと不機嫌だし、私のことを嫌っているし……私だって好きで婚約者に選ばれた訳じゃないのよ)

 赤子に選択権はない。
 私はうまれてすぐフィオルド様の婚約者になったし、そんな私をフィオルド様はずっと嫌っているように見える。

 顔立ちのせいかしらね。愛想がないのも分かっているのよ。
 もっとにこにこしながら「ごきげんよう、フィオルド様!」などと言って、その腕に抱きついたりする愛想があれば良かったのに。

 だってないもの。無理だもの。一緒に居るだけで冷や汗が出るぐらいなのよ。怖くて。
 フィオルド様だって悪いのよ、いつも怒っているし。私に話しかけてくれないし。
 もっと優しい人が、婚約者だったら良かったのに。

 春風のように優しい美男子に「リリアンナ、何も言わなくても僕は君のことを分かっているよ」と言って、微笑まれたい。頭を撫でられたいし、愛を囁いて欲しい。

 というような妄想を、ドロレスに話したら、「お嬢様、そういったメンズは、総じてどエスと相場が決まっています。それはそれで、脆弱でそれはそれは可愛らしいお嬢様の魅力を最大限に引き出してくれると思うので、ドロレスとしては大歓迎なんですけれどね」と言っていた。

 半分以上意味不明だったけれど、可愛らしいと言われたので私は嬉しかった。
 私のことを可愛いと褒めてくれるのは、ドロレスだけだ。
 ドロレスに会いたい。

 一緒に学園に来て、寮生活をして欲しかった。
 けれど、学園寮では傍付きメイドを連れてくることは許されていない。

 赤貧を重んじるセントマリア魔道学園の教育方針に、自分のことは自分でする、というものがあるのだ。

「……あれ?」

 それにしても、あんまり魔物が出ないのね。
 フィオルド様、私を置いてどんどん先に行ってしまうし。

 私は私で、フィオルド様に見つからないように、壁に同化しながら、フィオルド様の背後を距離感を大切にしながら歩いているので、その背中は今はだいぶ遠い場所にある。
 回廊を抜けて、新しい区画に入った。

 フィオルド様はもう部屋を抜けてしまっている。さして広くない小部屋である。
 けれど――その小部屋に入ったとたんに、なんだか嫌な気配を感じた。


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