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遺跡探索と雪解けの春
帰郷の準備 1
しおりを挟む昨日は、意識が落ちては浮上することを繰り返しながら、お部屋に戻った後も夜半過ぎまでフィオルド様に可愛がっていただいていた。
ふつりと意識が途切れても、がつがつと奥を貫かれて体中を優しく愛撫されて、目を覚ましては、激しい快楽に翻弄されて再び意識を飛ばした。
ぐちゃぐちゃでどろどろになったシーツの海の中で、フィオルド様が私を抱きしめて眠るころには、私はもう、ただ呼吸を繰り返すだけで精一杯で、声も出せなくなっていた。
嵐の後の凪いだ海の上で揺蕩うような、体がどこか深い場所へと沈んでいくような抗えない心地良さと睡魔に襲われて、私はフィオルド様の腕の中で深い眠りについたことを覚えている。
もともと朝が弱いこともあって、おひさまがのぼって部屋を明るく照らしても、私の意識はしっかりと覚醒してくれなかった。
「リリィ、おはよう。起きたか?」
フィオルド様の声が遠くに聞こえる。
――朝から優しく髪を撫でられて、おはようって言ってもらえる生活、なんて素敵なのかしら。
私はうっとりしながら、私の髪や頬をなでるフィオルド様の手の平に、自分の顔をこすりつけた。
「……なでられるの、すきです」
しなやかで大きな手のひらが、少しだけひんやりしていて、まだ火照っているような気がする体に心地良い。
半分夢の中にいるような心持ちで呟いた言葉は、頭の中に浮かんだことだ。
何も考えずに思ったことを伝えると、何故かフィオルド様の苦しそうな呻き声が聞こえた気がした。
「……そうか」
「もっと、なでて……?」
「あ、あぁ」
「……ん、きもちいい、好き」
「リリィ……馬車の準備ができている。身支度を整えて、発たなければ。夕方には到着する予定だと、ロイス公爵に手紙を送ってある。了解の返事も貰っている」
「……んー……」
髪を撫でる手が、頬や唇に触れる。
ふにふにと唇を触る指先が甘い気がして、私はぺろりとそれを舐めた。ちゅ、と吸うと、微かに甘い魔力の味がする。ミントティーに似ている。
「……リリィ、……それは、襲って良いのか。……いや、耐えろ、私。今日は移動も長時間だ。これ以上は、リリィの体がもたないだろう」
「ふぃおさま……?」
フィオルド様が心臓の上を片手で押さえながら、なにやらお辛そうにぶつぶつ言っている。
私は指から唇を離すと、大好きなフィオルド様の名前を呼んだ。
気兼ねなく、名前を呼べることが嬉しい。
目覚めた瞬間にフィオルド様の顔を見ることができて、言葉を交わせることが嬉しくて、私はにっこり微笑んだ。
「おはようございます」
「……おはよう。……リリィ、体を清めて、着替えよう。朝食が済んだら、出立する」
「ごはん、いらないです……」
「駄目だ。果物でも良いから、食べろ。リリィは眠っていて良い、……どうにも、お前を見ていると手加減ができなくなってしまう。すまないな。疲れているだろう」
フィオルド様は私の体を抱き上げて、額に軽く口づけてくださる。
私はフィオルド様の腕の中で目を細めた。とっても眠たい。
「……昨日、の」
「あぁ。……お前が甘えさせてくれるとはいえ、少しは自戒しなければな」
「すごかった、です。きもちよくて、……ふぃおさま、すき」
「……私も愛しているよ、リリィ。……無理はせず、眠っていろ」
一瞬、フィオルド様のお部屋が氷室のように凍り付いた気がした。
涼しくて快適だったので、私はお言葉に甘えて目を閉じると、雲の上にいるようなふわふわした感覚に身をゆだねた。
朝が弱い私だけれど、いつまでも寝ていて良い朝は大好きだ。
微睡が長く続くのは、これ以上ないぐらいに気持ち良い。
ベッドの上で午前中いっぱいごろごろしていられる休日などは最高だと思うの。
学園寮での一人暮らしは寂しかったけれど、お休みの日に誰にも何も言われずに、怠惰に眠っていられるのは良かった。セフィール家にいると、ドロレスが朝になったらベッドのシーツをはがしにくるものね。
別に意地悪でやっているわけではなくて、私がシーツにへばりついた虫みたいにベッドから離れないから、仕方なくそうしているのよね。
ドロレスがシーツをはがすのを合図にしたように、他の侍女の方々もお部屋にやってきて、私を担いでてきぱきと朝の身支度をすませてくれる。
私の髪というのは、ふわふわしていて、私の体の中で唯一毛足の長い犬のようで可愛いから気に入っているのだけれど、朝が一番おさまりがわるい。
縦横無尽にはねまわる髪を綺麗に整えて、服をてきぱきと着替えさせて、朝食を準備してくれる侍女たちは、長年セフィール家にいる者が多く、私の扱いに手慣れている。
来たばかりの侍女は、私のことが怖くてお部屋に入ってきたりしないもの。
私としては、私を粗雑にあつかってくれるドロレスや、強引に物事をすすめてくれる古株の侍女たちのような対応の方が、気が楽なのでありがたい。
なにかを命じたり、お願いするのは私には向いていないので、私を好きなようにあつかってくれる彼女たちにはとても感謝している。
「……リリィ、眠ったか。……良かった。……自戒するどころか、少しでも気を抜いたら、何度でも貪りそうになってしまうな……」
フィオルド様の呟きが、子守歌のように聞こえる。
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