リリアンナ・セフィールと不機嫌な皇子様

束原ミヤコ

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遺跡探索と雪解けの春

 馬車での帰路 2

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 フィオルド様も私と同じ。まだ十八歳の若い一人の男性なのだから、不安や迷いがある。

 悩みを吐露してくださるなんて、まるで私が、フィオルド様の特別になれたみたいで、嬉しいと思ってしまう。そう思う自分が、浅ましく感じられて、私はそっと目を伏せた。

「……悪事に手を染める者たちには、貧困などの事情がある場合が多い。両親がいなかったり、捨てられてしまったり、孤児院にも所属していなかったりと、色々だが……生まれながらの気質もあるのだろうが、環境さえ整っていたなら道を踏み外さなかっただろうという者が多いようだ」

「そうなのですね……子供の時から辛い思いをしていたら、大人になっても、辛いままですよね、きっと」

「だからといって他者を傷つけて良いわけではない。……私は、痛いほど身に染みたよ、リリィ。……私は自分のことを考えてばかりで、お前を傷つけていたのだから」

「そ、それは、もう良いのです。……でも、フィオルド様。……セフィール領にも、王都にも、ちゃんと孤児院があって……子供たちは守られていると、思っていました」

「あぁ。……だが、例外はある。何事にも。……フォルトナには、全ての人間を幸せにすることなど不可能だと言われる。どんな立場にいても、罪を犯す者は犯すのだと。国費を使い、騎士団を更に増強して、孤児院を増やしたところで、犯罪者が少し減る程度。私は理想主義者で、私の悩みは、手桶をつかって何度も海の水をすくい、何故海の水が減らないのか悩んでいるのと同じだという」

「フォルトナ様は、厳しいのですね……」

「あぁ。頼りにしている。……確かに、フォルトナの言う通りだとも思う。だが、考えてしまう。なぜ、……人は人を傷つけるのか。私も、お前を傷つけた。そして……父は母を傷つけているように見える」

「皇帝陛下は、……お妃様を愛していないのですか?」

「母に冷たいというわけではない。……私にもよく分からない。……だが、人は本当に欲しいものが手に入らないと、ひどく、飢えるだろう。一滴の水も持たずに、砂漠を彷徨っているようなもの。飢えは、人を惑わせる。……バルツスが未だ飢え続けているのは」

「本当に欲しいものがあるから……?」

「あぁ。……もしかしたらそれは、……お前の母だったのではないかと、思う。……私がお前を求める気持ちと同じぐらいに、あの男も、リアン皇女を」

「兄妹なのに?」

 そんなことがあるのかしら。

 私には兄妹がいないので良く分からないけれど、でもフィオルド様は私の従兄妹で、血のつながりは濃い。

 あまり意識したことはないし、幼い頃から一緒に居たわけではないので、実感もないのだけれど。

「セントマリア皇家は、濃く血を残すことを、今までの歴史の中で何度も繰り返している。……兄妹で結ばれる例も、少なくはなかったようだ。皇家の図書室には歴史書が残っている。埃を被っている歴史書の中で、……血筋について書かれた文献だけが、最近持ち出されたように、埃を被っていなかった」

「皇帝陛下は、私のお母様のことを……本当は愛していた、ということでしょうか」

「憶測に過ぎないが。……だとしたら、バルツスの行動は色欲よりももっと、深く忌まわしいものだ。……私は、バルツスに姿が似ているだろう。リアン皇女……リアン公爵夫人にとっては、顔も見たくない存在なのだろうなと思う」

「……大丈夫です。私が一緒にいます。フィオルド様にもし、お母様がひどいことを言ったり、冷たくしたら、私がお母様を怒りますので、大丈夫です」

「怒るのか、リリィが? あまり想像がつかないな」

「怒った経験、あんまりないですけれど……でも、フィオルド様が悲しいのは、嫌です」

「……ありがとう、リリィ。お前と話をしていると、気持ちが凪ぐ。愛しているよ、リリィ。……公爵家では、あまり触れることができないだろうから、……今は、お前を抱きしめていて、良いだろうか」

「はい……その、どうぞ、たくさん、抱きしめてください……」

 私が両手を伸ばすと、フィオルド様は私の体を少し起こして、腕の中に抱き込んだ。

 ごく自然に唇が触れて、そっと離れることを繰り返した。

 公爵家にずっとつかないで、このままここで二人きりでいることができればよいのになんて、一瞬思ってしまった。

 私は今まで家に帰りたいとばかり思っていたのに。

 恋をすると、世界が変わって見える。

 けれど、それが手に入らないものだとしたら――艶やかな世界も、黒く染まってしまうのかもしれない。


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