101 / 200
セフィール家での休暇と想起の夏
とけた氷菓と戯れと 1
しおりを挟む棒付きシャーベットは、溶けやすいのが難点らしい。
とくに日差しの下で食べていると、陽光や風にあてられて、食べているそばからどんどん溶けていってしまう。
「わ、……とけ、ちゃう……」
溶けかけたシャーベットが棒から外れて、べしゃりと地面に落ちるぐらいに悲しいことはない。
好き嫌いの多い私だけれど、食べ物を粗末にしたらいけないことは良く理解している。
棒からぽたぽたと雫を滴らせながら、崩れそうになっているシャーベットは、満月ではなく半月の形になっている。
半分は食べ終えているけれど、まだ半分以上残っている。
元々食べるのが遅い私は、フィオルド様の前でお食事するとなると、できるかぎりお上品に女性らしく――などと思ってしまうので、蟻ぐらいゆっくりシャーベットをかじって、シャリシャリ食べていた。
それは、溶けるわよね。
どうしよう、どうしよう。フィオルド様に折角買って頂いたのに、食べきれずに地面に落としてしまうなんて、絶対に駄目だ。
焦った私は、大きくくちをあけて、残りのシャーベットを口の中に突っ込んだ。
なんとかシャーベットは口の中におさまったけれど、甘酸っぱくて冷たい液体が口の中であふれて、すごく苦しい。
「大丈夫か、リリィ」
私に伸ばそうとしていた手を中途半端な位置で止めて、フィオルド様が私を覗き込む。
口に突っ込んでいた棒を抜き取って、口の端に垂れる液体を指先でぬぐってくださる。
返事ができない私は、口も手もべたべたになっている。
お上品に、お上品にと思っていたのに、台無しよね。
せっかくのお出かけなのに、そしてとっても良い雰囲気だったのに、ひどい姿を見せてしまった。
泣きたい。
「落ち着いて。ゆっくり、飲み込んで。苦しければ吐き出しても良い」
「……!」
フィオルド様に買って頂いたシャーベットを吐き出すなんて、もってのほかだ。
私はふるふる首を振って、両手で口を押さえた。
なんとか咀嚼して、飲み込んだ。
息苦しさと恥ずかしさで、泣きそう。というか、すでに半分泣いている。
「氷魔法でもう一度凍らせようかと思ったのだが、……私が声をかけるより、リリィが口に入れる方が早かった。すまない」
「……い、いえ……お、お見苦しい姿を、見せてしまって、ごめんなさい……」
「見苦しくなどはないよ。……リリィ、お前と過ごす時間が長くなるほど、お前の愛らしい姿を見ることができるのだな。私の可愛いリリィ。顔をあげて、こちらを向いて」
べとべとになってしまった私の手を、フィオルド様がそっと握った。
それからご自身の口元に引き寄せると、私の指に舌を這わせる。
薬指を赤い舌が這い、指の間や指先までを味わうようにゆっくり舐る。
軟体動物のようにぬるりとした舌が皮膚を這う感覚に、昨夜の快楽の記憶がどうしても呼び起こされてしまう。
爽やかな日差しの下で堂々と行われているあまりに淫靡な光景に、私は先程とは違う意味で泣きそうになる。
「フィオ、さま、……あの、だめ、ひとが、見ているから……」
「誰も見ていない。皆、自分の恋人に夢中だ。私も」
「で、でも、でも……」
「ほら、こちらも綺麗にしよう」
手を引き寄せられて、薄手のマントの中にすっぽりと抱き込まれるようにされる。
恥ずかしいけれど――抵抗する気なんて最初からなくて、そもそもそんな理由も見当たらなくて、簡単に抱きしめられた私の唇に、舌が触れる。
こぼれた氷菓の雫のあとを舐めとって、唇が重なった。
「……ん」
深い口付けを想像していたのだけれど、重なった唇は触れるだけですんなり離れていった。
私はフィオルド様の服を指先で掴んで、フィオルド様を見上げる。
「物欲しそうな顔をしている。……リリィ、ここでは駄目だと言っていたのに、もっと、して欲しかった?」
「……っ、……ぅん……」
どこかからかうように言われて、私は思わず頷いていた。
22
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
最愛の番に殺された獣王妃
望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。
彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。
手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。
聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。
哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて――
突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……?
「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」
謎の人物の言葉に、私が選択したのは――
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる