リリアンナ・セフィールと不機嫌な皇子様

束原ミヤコ

文字の大きさ
116 / 200
セフィール家での休暇と想起の夏

 過去の記憶 2

しおりを挟む

 ――あぁ、嫌われている。

 この年になるまでお母様の言葉に甘えて、ご挨拶にも伺わなかったから。

 婚約者なのに、セントマリア皇家を避けているような、態度をとってしまっていたから。

 いえ、違うわよね。

 私、いつもうまくできなくて。
 また、うまくできなくて。

 怖い顔を、さらに怖くして――私が先に、フィオルド様を嫌っているような、態度をとってしまったから。

「ロイス、リリアンナ、良く来たな! リリィ、やっと会えた! なんとまぁ、愛らしい姿だ。幼い時の、俺のリアンによく似ている!」

 私が口を開く前に、快活な声が響いた。
 フィオルド様にどことなく似ている、けれど、フィオルド様とは真逆の明るい笑顔を浮かべた、逞しい男性がこちらに向かって歩いてきた。

 バルツス・セントマリア皇帝陛下。
 長い銀の髪を一つに結わいていて、その顔立ちは若々しく涼しげで美しい。

 けれど、顔中に笑みを浮かべて、その美貌をにこやかに崩していた。
 
「……バルツス皇帝陛下、お久しぶりです」

 お父様が恭しく頭を下げる。
 私はフィオルド様と話すタイミングを見失ってしまい、ご挨拶の言葉は喉の奥に引っ込んでしまった。

「久しぶりだなぁ、ロイス。セフィール家は中々姿を見せてくれなくて、寂しかった。今日は、我が麗しの妹はいないのか?」

「リアンさんは、体調が思わしくなく、申し訳ありません」

「そのかわりリリィが来てくれたのだな。天使のように可愛いなぁ、リリィ。息子の婚約者にしておくのはもったいないぐらいだ」

 バルツス皇帝陛下は、私の体を軽々と抱き上げて言った。
 大きな手が私の腰を掴んでいる。

「なんと軽いんだ。俺には息子しかいないからな。娘というのはさぞ可愛いんだろうな、ロイス」

「そうですね。可愛いですよ、とても」

「リリィはいくつになるんだ?」

 皇帝陛下が私を覗き込んで言った。
 息が詰まるような苦しさを感じながら、私はなんとか唇を開く。

「十三に、なりました……」

「そうか。十三か。懐かしいな、リアンも十三のころは、とても愛らしい少女だった。リリィのような」

 皇帝陛下は明るく笑った。

 私は皇帝陛下に会ったことがなかった。
 なんとなく、恐ろしい方だと思っていた。この国で一番偉い方なのだから、もっと近寄りがたくて、怖いのだろうと。

 けれど皇帝陛下は気さくな方だった。
 きっとリアンお母様のお兄様だから、姪の私のことも可愛がってくれているのだろう。

 フィオルド様とはまだきちんとお話できていないけれど、少しだけほっとした。

 ちらりとフィオルド様の方に視線を向けると、フィオルド様は――憎悪に似た鋭い眼差しを、私と皇帝陛下に向けていた。

 背筋が凍ったのを、良く覚えている。
 そうして、私とフィオルド様の間には、深い亀裂がうまれてしまった。

 このときから、フィオルド様のことは怖くて。

 私はずっと、嫌われていると信じていた。

 何も知らなかったから。何一つ、知らなかったから。

 私を抱き上げるバルツス皇帝陛下を、皇帝陛下と穏やかに話をする私のお父様を目にして、フィオルド様がどれほど悩み、傷ついていたのか、私には察することなんてできなかった。
  
「……フィオルド様」

 ――手を伸ばしても、その手を払われて拒絶される、夢を見た。

 目尻が涙で濡れている。
 枕や髪もしっとりと湿っている。

 なんだか懐かしい夢を見た気がする。
 懐かしくて、苦しくて、胸が痛い。

「リリィ、どうした? 怖い夢を?」

 私の目尻を指先でぬぐって、フィオルド様が心配そうに言った。

 一度ぱちりと瞬きをすると、ぼやけた視界が焦点を結んだ。
 私を覗き込んでいるフィオルド様の前髪が、私の頬へ触れている。

 もう私を睨んだりすることのない瞳に、私の姿がうつっている。

 ここは、――セフィール家の、客室。

 お祭りから帰ってきたのが昨日。今日は、ドロレスが「魔道学園に帰る前の最終日の今日ですから、殿下とお嬢様の思いが通じ合った記念パーティーをします」と、弾んだ声で言っていた。

「……フィオルド様、私……」

「大丈夫か?」

 甘えるように手を伸ばすと、すぐに抱きしめてくださる。

 フィオルド様とはじめてあった時の夢を見たと、伝えようとして、やめた。

 あまり、話したくない。
 だって、夢で見た過去は、ただの過去。今はこんなに幸せなのだから。



しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...