リリアンナ・セフィールと不機嫌な皇子様

束原ミヤコ

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聖女の魔力と豊穣の秋

 聖女の役割 2

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 背筋に悪寒が走り、私はフィオルド様にぎゅっと抱きついた。

 フィオルド様は陛下の視線から私を守るようにして、腕の中に閉じ込めてくださる。


「ともかく、リアンはリリィの魔力を封じた。誰もリリィを聖女だとは知らなかった。知っていたのは、ヴェルダナ辺境伯家の者たちと、ロイスとリアンだけだな。フィオルドの婚約者にリリィを選んだのは、俺なりの謝罪のつもりだった。拗れてしまったセフィール家との仲を、二人の婚約が取り持ってくれるのではないかと期待した」

「私はそれを、父上の、リアン母上に対する執着だと理解していたわけですが」

「執着と言われてしまえば執着なのだろうな。それから、期待も。最後の聖女が失われてから、もう百年以上経っている。蔓延る魔物は、小さな村や街を襲い、夜になると人々は外に出ることさえ困難だ。兵士の配置にもかなりの金がかかる。魔物さえいなければ、聖女が現れてくれたらと……期待してしまうのは仕方のないことだろう。これでも王だからな、俺は」

「より濃い血が、聖女を産む。だから、私とリリィの婚姻を決めたのですね。父上とリアン皇女の代わりとして」

「しかし、悪いことばかりではなかっただろう。お前たちの仲は良好だ。聖女という楔がなくとも、お前たちは夫婦として結ばれる。……それなら、もう隠す必要もないだろうと、フィオルドがリアンを説得してくれたわけだ」

「……フィオルド君は、ドロレスと話をしていて。リリィが聖女だと、随分前から知っていたのよ。でも、リリィには言わなかった。リリィが聖女だからという理由でフィオルド君がリリィを欲しがっていると、思われたくなかったそうよ。感情を、疑われたくなかったと」


 私はフィオルド様の胸に顔を押し付ける。

 お母様の言葉が聞こえるけれど、返事をすることができなかった。

 フィオルド様はずっと悩んでいたのね。

 それでも私に、隠し続けていてくださった。

 フィオルド様が、愛しい。他のことなんてどうでも良くなってしまうぐらいに。


「リアン母上が国にとって大切な存在を隠していたと分かれば、父上がお怒りになるかもしれない。どのみち、隠し通せることでもない。それに、民の安寧を思えば――リリィの魔力を封じ続けていることは、良いこととは思えない。だからリアン母上を説得し、父上と話し合う機会を作った。そして、今日。皆に集まってもらい、リリィに伝えることにしたんだ」

「……フィオルド様、私……」

「大丈夫か、リリィ。怖いだろうが、私がいる。……私はお前が聖女ではなくても、お前を愛している。だが、……リリィ、聖女には役割がある。国に安寧をもたらす者としての」

「……フィオルド様、ずっとお一人で、抱えていてくださったのですね。隠しごとは、苦しいですよね。……フィオルド様、大好きです。フィオルド様が一緒にいてくださるのなら、私は、どんなことでも、頑張ろうって、思えるから、……だから、大丈夫です」

「リリィ……」


 体が軋むほどにきつく、フィオルド様が抱きしめてくださる。

 怖くない。大丈夫。

 自分のことなんてまるでわからないけれど、フィオルド様がそばにいてくださるから、私は自分の形をきちんと認識することができる。ここにいて良いのだと、思うことができる。

 それは私の立場が変わっても、呼び名が変わっても、揺るぎないものだ。


「良かった良かった。この国に、再び聖女が降臨する。生誕祭は聖女降臨の良い機会だ。ヴェルダナ辺境伯を呼んでいる。落ち着いたら、封印を解いてもらうと良い。フィオルド、あとは任せても良いな?」


 陛下は明るく笑うと、フィオルド様に向かって言った。


「はい。父上。……それでは、皆様、時間を作ってもらい、感謝します。私とリリィは、これで。……シリウスとアニスも、聞いてくれてありがとう。二人には、リリィを私と共に守って貰いたい」


 フィオルド様に言われて、二人は頷く。


「ええ。兄上。理解しましたよ。聖女というものは大抵うまれながらに聖女だと公表されるものですが、リリアンナは違う。疑うもの、反発するものがいるかもしれない。俺とアニスは、お二人を支えますよ。兄弟ですから」

「任せてください!」


 シリウス様とアニスさんが、力強く言ってくれる。

 私はじわりと目尻に涙が浮かんでくるのを感じた。

 私はとても、恵まれているわね。 

 少し怖いけれど、きっと大丈夫。みんなが、フィオルド様がいてくださるから。





 



 
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