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聖女の魔力と豊穣の秋
ドロレス・ヴェルダナの黒歴史 2
しおりを挟む確かにエルジェルムの言うとおり、子供時代のドロレスはどうしようもない人間だった。
兄妹の中で一番魔法の才能に秀でていて、誰もドロレスに敵う者はいなかった。
それにドロレスがうまれてすぐに母が亡くなって、エルジェルムはまるで妻の死から逃げるようにして、隣国との戦争や魔物討伐にかまけて、家を留守にしがちになった。
誰もドロレスを諭す者も叱る者もいなかった。
エルジェルムが気づいた頃には、ドロレスの性格は直しようがないぐらいにひねくれてしまっていたのである。
危険だと止められて、何度も怒られても、魔物や魔族を従えることは止めなかったし、魔族の国ネクタリスにも、地の門をくぐり抜けて足を運んだこともある。
エルジェルムがすぐに気づいて、力尽くで連れ戻してくれなければ、きっとドロレスは今ここに立ってはいなかっただろう。
けれど、今は違う。
昔のことを思い出すと、叫び出したくなるぐらいに恥ずかしい。
迷惑をかけてしまった兄たちはもう許してくれているし、できれば忘れたい過去である。
「リリィお嬢様に出会って、リリィお嬢様を守り育てる中で、私は変わることができました。なんとまぁ、こんなに可愛い生きものがこの世の中に存在するのかと。リリィお嬢様の可憐さに衝撃を受け、私はリリィお嬢様だけの侍女になったのです」
大抵のことは何でもできてしまうドロレスは、まだ若いのに生きるのにすでに退屈しているのだろう。
そう、エルジェルムはかつてドロレスに言った。
ロイス・セフィールからリリアンナの力を封印して欲しいと頼まれたのは、ただの偶然だった。
これ幸いとでもいうように、エルジェルムはドロレスに役割を与えたのである。
この国のため、リリアンナを守れと。
聖女の力を封じられたリリアンナは、ひたすらに無力だった。
それなのに、リリアンナの元には、リリアンナの持つ香しい魔力に惹かれて魔物たちがあつまってくる。
ドロレスはリリアンナを守り続けた。
幼いリリアンナが魔物に怯えたら可哀想だと思い、それから、公爵家からの頼みもあり、リリアンナが魔物の存在に気づかないように、秘密裏に。
そのためには、リリアンナの傍にいる必要がある。
侍女という役割をこなしていると、リリアンナはすぐにドロレスに懐いてくれた。
それはもう、ドロレスが心配になるぐらいに、簡単に。
ドロレスのことを一切疑わず、大好きだと全身で表現してくれるリリアンナとすごすうちに――絆されたのである。
あまりにも、甘えてくれるから。そして同時に、ドロレスのことを全部受け入れてくれているかのように、甘やかしてくれるから。
それは今も、変わっていない。
「リリアンナ様は力を取り戻し、傍には殿下がいる。殿下は翼あるセントマリア様の再来。お前がリリアンナ様を守る必要は、もうなくなった。ヴェルダナ家に戻っては来ないのか?」
「まさか! 私は死ぬまでお嬢様の傍にいるのですよ。侍女として」
「侍女というのは本来の役目ではないだろう」
「私にとって侍女という役目こそ、本来の役目なのです。この立場は、誰にも譲れません」
役割が終わったら、リリアンナの傍にいる必要はないのだろう。
けれど、ドロレスは今の自分が好きだ。
いつまでも、リリアンナのことを見守っていたい。
おはようからおやすみまで、リリアンナの暮らしを支える侍女として――いつまでも。
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