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番外編
婚姻と新婚初夜 2
しおりを挟む婚姻の儀式を終えて、私とフィオルド様は一の城のバルコニーから、城前広場に集まった民の方々にご挨拶を行った。
城前広場がいっぱいになるほど集まって下さった方々のことを、私は誰も知らないのだけれど、バルコニーに私たちが姿を見せると、祝福の歓声と拍手がいつまでもやまなかった。
人前に出ることは、得意ではなかった。
視線を向けられることや目立つことはずっと苦手だと思っていた。
フィオルド様の隣に立つ者として、王妃としてきちんとできるかどうか、頑張ろうって何度も思うのだけれどやっぱり不安は拭えなくて、緊張しながらこの日を迎えたのだけれど。
祝福の声や、喜びの声を受けて、なんともいえない感覚が体を支配した。
それは高揚感に、どことなく似ていた。
――私が怖かったのは、悪意を向けられることや、失望されることだった。
自分に自信なんてまるでなくて、今だって、怯えてばかりいるけれど。
でも、私たちの婚姻を喜んで下さっている名前も知らない方々に、なにかお返しをしたい。
「リリィ、手を」
私の視線に気づいたのか、フィオルド様が短く言った。
言われるままに、差し伸べられた手にそっと私の手を重ねると、魔力が重なり合うのが分かる。
光が溢れてこぼれて、城前広場に氷の羽を持った馬が舞った。
フィオルド様が造り出した氷のペガサスが空を駆けると、その軌跡にまるで道のように、様々な花が咲いてはこぼれて落ちていく。
花弁が風に舞い上がり、集まってくれた皆が空に手を伸ばしている。
そこここから、「フィオルド皇帝陛下!」「聖女様!」という声があがる。
もう、聖女と言われても、戸惑いも罪悪感も感じなかった。
私が微笑んで、フィオルド様の隣に立っていることで、皆安心することができるのだ。
何もできないかもしれない。
けれど、それだけでこの国の平和と安寧を確信して、生きる希望とする方々がいる。
それは、信仰に似ている。
神殿のセントマリア様の像は、何も言わないし動いたりもしないけれど、お祈りを捧げることで安心できるという気持ちは、私にも良くわかる。
私やフィオルド様は生きているから――間違いを犯さないように気をつける必要はあるけれど。
フィオルド様は私の手を引き寄せて、そっと抱きしめて下さった。
それからフィオルド様は私の手をひいて、お部屋に戻った。
窓の外にはいつまでも、歓声が響いていた。
「……リリィ、これで役目がようやく終わった」
バルコニーに続く窓が、控えていた兵士たちによって閉じられる。
フィオルド様は悪戯っぽく瞳を細めると、やれやれ、というようにそう口にした。
自分の立場や義務を重んじていたフィオルド様らしくない言葉だけれど――あの日から、私がレイフィアさんに立場を奪われそうになった日から、フィオルド様は何かが吹っ切れたように、少しだけ変わった。
いつも何かを考えているように硬く閉じられた唇や寄せられた眉根が、私の前では気が抜けたように柔らかくなったように思う。
それから。
「いつも愛らしいが、今日のリリィはあまりに美しく可愛らしくて、人に見せるのが勿体ないぐらいだ。私のリリィ、今すぐ、抱きたい」
欲望に対して、遠慮がなくなったと言えば良いのかしら。
私に触れることや、劣情を抱くことについてフィオルド様は今まで、禁忌を感じていたようだけれど、それが綺麗さっぱりなくなったみたいだ。
はっきりと欲望を口にされて、私は頬に熱が集まるのを感じた。
外にはまだ民の方々が沢山居て、一の城には城勤めしている兵士の方々や文官の方々、侍女の方々が沢山居て。
城前広場に唯一顔を出すことができるこの部屋は、皇帝陛下であるフィオルド様の身に危険なことが起らないように、兵士の方々が厳重に警備をしている。
お城勤めをしている方々はみんな良く訓練されているから、感情を顔にだすことなんてないのだけれど。
でも、聞こえたわよね。
すごく恥ずかしい。
「婚礼の儀式が大切なことぐらい私も理解している。美しいリリィを見ることができて、正式に結ばれることができて、もちろん幸せだ。だが、このように美しくも妖艶で、可憐なリリィに、ドレスや髪が乱れるからと触れることができないとは……」
「フィオルド様、昨日も、たくさん……」
皇帝陛下と学生生活を両立させていたフィオルド様が卒業なさって、寮の部屋からフィオルド様がお城に移り住んだのはつい数日前。
それから怒涛のように婚礼の儀式の準備が行われて、今日を迎えた。
私は昨日の夜は、今日の準備のためにお城に泊った。
このところ婚礼の準備で忙しかったから、といっても数日だけれど、フィオルド様とはお会いできていなかった。
フィオルド様は私の顔を見たとたんに、私を抱きしめて、お部屋の扉を閉めると、ベッドにもいかずにそのまま私にいけないことをたくさんしてくださった。
いけないこと――ではないわよね。
沢山愛してくださって、気持ち良くしてくださるのだから、良いこと、と表現するべきかもしれない。
「足りない。それに、初夜というのはまた、違うのだろう。純白のドレスに身を包んだ穢れのないリリィを、乱して、泣かせて、私だけのものにできると思うとたまらないな。それだけを胸に、今日一日を耐えたんだ。褒めて欲しい」
「……ん、……はい、良い子、です」
「リリィ……」
アニスさんに、よくシリウス様が甘えたように「褒めて?」と言っている。
それをかなりの頻度で耳にしているフィオルド様は、時折それを真似するようになった。
すごく可愛い。アニスさんが口では「めんどくさい」といいながら、満更でもない顔でシリウス様をよしよししている気持ちがすごく分かる。
フィオルド様は私を徐に抱き上げた。
「ここではだめですよ陛下! さすがに人の目というものがあります。いえ、私などはじっくりたっぷり見たいのは山々ですが、兵士の方々は仕事中なのですから、目の毒にも程があります! 準備は全て整えておりますので、お部屋へ!」
途端に、ばん! と音をたてて扉が開き、ドロレスが顔を出した。
お部屋にいる方々が、しみじみと頷いている。
フィオルド様は、悪戯が成功した子供のように笑った。
「それでは、そうさせてもらおう。本当はこの後、晩餐会などにも顔を出して挨拶などしなければいけないのだが、シリウスや父が適当にやってくれるだろう。今日ぐらいは、自由にさせて貰おうか」
「ええ、ええ、陛下。あとのことはこのドロレスと、陛下とお嬢様を見守る侍女の互助会にお任せ下さい。なんとでもなります」
ドロレスが力強く言うと、お城の侍女の皆さんがドロレスの横に並んで、うん、うん、と頷いた。
いつの間にかお城の侍女の皆さんも、ドロレスの言う侍女の互助会に所属しているみたいだった。
侍女の互助会の勢力、凄いわね。
感心する私をフィオルド様は抱き上げたまま、新しくつくられた三の城の寝室へと運んでくださった。
途中すれ違ったフォルトナ様が「晩餐会をさぼるつもりですか、陛下」と呆れたように言っていたけれど、咎めるつもりはないようだった。
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