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5 フェスティバル
しおりを挟む翌日は午前中に少しだけフローが顔を出して、午後は宿屋で本を読みながらゆっくり過ごした。
フェスティバルに向けて人手が増えてきたから、万一ポールがこの街に来たとしてもばったり会うなんてハプニングは起こらないと思う。
でも、一人で外に出るつもりはなかったから、デートの帰りに本屋に寄ったのはとてもいい案だった。
ハラハラするスリルとサスペンス小説のおかげであっという間に時間が経ったし、なんなら最初から読み直して伏線探しも楽しいから。
一仕事終えたフローが部屋に迎えにきて、一緒に近くのレストランへ夕食を食べに行く。
「明日は、午後になったら部屋を移動して。そのバルコニーからばっちり花火が観える。毎年同じ部屋を取ってそこで疲れを癒やして、くつろいでから帰るんだ。……いや、ベッドルームは二つあるし! 俺はクタクタになってるし! 安心して欲しい! ただ、打ち上げた後で部屋にエムがいてくれたらすごく嬉しいんだ」
「いいよ。待ってる」
話の様子から、最上階に一部屋だけしか無い宿屋の中で一番いい部屋みたい。
スイートルームみたいな感じ?
すごく興味ある!
それに本当にフローが疲れているだろうし、そういう風になるとは思えない……。
丸一日会えないのって寂しいし、私も花火の感想をすぐ言いたい。
「本当か! 嬉しいよ! エムの顔を一日見れないなんて悲しいと思ってた」
おんなじことを考えてたみたいで、思わず笑ってしまった。
「フロー、私も同じ。明日がんばってね。すっごく楽しみにしてるから」
「ああ! エムの胸を焦がすような花火を打ち上げてみせるから!」
「私の胸を焦がすのは、フローだけでいいんじゃない? でも……悲しいのは嫌だから、やっぱり胸に刻むほうがいいかもね」
「胸に刻む、かぁ……」
フローがぼんやりとつぶやいて、それから私の耳に唇を寄せた。
「それって、そこにキスマークつけていいってこと?」
「違うと思う」
「……エム、赤くなって可愛い!」
「耳元でおっきい声だめ! そんなこと言うと、なんでもだめって答えるから……っ」
ちょっと大げさに言っちゃったけど、フローは気にせず笑って私の手をこっそり握った。
「明日頑張るから、元気を分けて欲しい」
「手を握るだけでいいの?」
「もっと言っていいのか⁉︎ じゃあ、おやすみのキスして」
ニコニコ笑うから、帰りならいいよって答えた。
それから宿屋の私の部屋の前で、誰もいないのを確かめてから、キスした。
「ありがとう……おやすみ」
「ん、おやすみなさい」
何だか名残惜しい。さみしいな。
「エム、手、離してくれないと帰れないんだ」
「あ、ごめんっ」
握ったままの手を離そうとして、今度はフローがぎゅっと握る。
「フロー?」
「もう一回だけ、キスしたい」
彼の肩に手を置いて、私は背伸びする。
フローが身をかがめて顔を近づけて――。
「大好き、エム」
唇の上でささやかれた。
大きな部屋のバルコニーからフェスティバルの様子を楽しむ。
屋台が道路の脇にたくさん並んで、広場に人がたくさん集まっている。
ざわざわして、活気があって、みんな笑顔で。
私は焼き鳥をつまみながら、ビール……ではなくて、冷たいお茶をごくごく飲む。
宿屋の夕食メニューがフェスティバルの屋台で売っているものみたいにバラエティが飛んでいて、外を歩かなくても十分楽しめた。
音を立てて飲んでも、あちこちつついて食べても誰にも何も言われない。
マナーなんて関係ない!
そもそもここに一人だというのもあるけど。
鐘が鳴って、笛が鳴りやんだ。
花火が始まりそう!
私は思わず前のめりになる。
――ヒュー、ドンッ!
――ヒュー、パパパーーン!
「本物の花火だ……!」
日本の花火より色味が少ないけど、明るい。
ものすごく明るくてまぶしい。
まるでフローみたい!
それにすごく大きくて、体に低音が響いた。
こんなに近いならフローの姿が見えないかなって暗闇を見つめる。
やっぱり見えなかったけど。
――パンパンパンッ!
――ヒューー、ドドンッ!
フローが上げた花火。
「これがっ、愛の打ち上げ花火だ!」
私の脳も、ずいぶんフローに似てきたかもしれない。
でも、伝えたい!
フローの花火、綺麗。
すっごい好き!
「これは惚れる! 私じゃなくても惚れるわ! 早く結婚申し込まないと、奪われちゃうかもしれない……!」
花火で気分が盛り上がって。
私はフローが戻ってくるのが待ち遠しかった。
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