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12 追いかけてみたものの
しおりを挟む塩田の責任者と話をしていたロゼールが屋敷ではないどこかへ向かった。
彼がその後ろ姿を見つめているのに気づいて、マルスランが声をかけた。
「どうした?」
「……領主様がこんな時間に教会へ行くのは珍しいと思いまして。朝はよく通われていますがね」
マルスランも彼女がそこへ顔を出していることは聞いていたが、信心深いのだろうと深く考えた事がなかった。
黙ったままでいると、
「まぁ……隣の孤児院に顔を出されるのかもしれませんが、礼拝堂でしょうね……時間があればたいていあそこにいますから……。ひどい噂もありますが、そんな事ができる方じゃないし、何ひとつ悪くないんですけどねぇ……」
「……王都ではだいぶ悪く言われているな」
マルスランの言葉を聞きつけた、近くにいた女達が憤りを露わに言う。
「本当にあれは酷いです! 領主様は大変素晴らしい方なのに、知らないから勝手を言って! 最初の坊ちゃんは女癖が悪くて自業自得なのに!」
「教授は歳がだいぶ上だったしね」
「ただねぇ……こう何度も旦那さまがお亡くなりになるのは、不運をこえて呪われているとしかねぇ……」
「それを言ったら先の領主様の時代から、不運が続いているから。ロゼール様のご両親が先に、亡くなられて。そこからじゃない……?」
「本当に、お可哀想で……」
「おい、おい、お前達。口より手を動かすように!」
責任者の言葉に女達は口を閉ざしたが、マルスランにとっては新しく聞くことばかりで気になる。
かといって、一緒に噂話に興じるのもいかがなものかと眉間に皺が寄った。
「旦那様、不快にしてしまってすみません! 呪いだなんてあるはずありませんよ。それに、旦那様は若くて健康でいらっしゃる! 気にすることありませんから」
「……あぁ、気にしていないよ。教会へはこの通りをまっすぐ行けば辿り着くのか?」
責任者が気を遣って色々話しかけてくれたが、マルスランは初めてバルコニーに出た夜の、ロゼールの様子を思い出した。
とても噂のような悪女には見えなかった。
彼女がこれまでの夫達を間接的にでも殺めたのなら、あんな態度は取らないだろう。
それは手練手管に長けた王妃を近くで見てきたから思う。
パーティの最中、庭園で襲われそうになって背中に匿った無垢な少女は震えていて、儚く見えた。
美しく、資産があるというのも大変なものだと思いながら馬車まで送ったのを覚えている。
その後見かけた彼女は冷たく隙がなくて、貴族の女というのはいつの間にか良くない方へ染まっていくのだと残念に思った。
懐かしい記憶。
そろそろロゼールは話してくれるだろうか。
繁忙期に入り、塩田に関わることばかり話していたのもあって、彼女の過去はそのままになっていた。
あの夜の様子から何かを抱えているような気もしている。
今にも消えてしまいそうに見えて、あれ以上訊けなかったが、今、みんなの話からあの時の判断は間違っていないように思えた。
葡萄酒の件は気になるものの、飲んでいるふりをしたほうが敵も油断するだろうし、すぐに何か起こすようには思えなかったのもある。
「……ええ、そうです。まっすぐですから。いや、本当にすみませんでした」
「いやいいんだ。ありがとう。あとは任せるよ」
結局周りが何と言おうと、自分で確かめなければ正しい答えに辿りつかないように思う。
彼女から話を聞かないことには始まらない。
もっと知りたい。
マルスランは足早に教会へ向かった。
「今、とても充実して、幸せなのです。……皆を不幸にした私は、幸せになっていいのでしょうか?」
薄く開いた扉の奥に跪くロゼールの姿が見えた。
天井から降り注ぐ光に照らされて、一枚の絵のようで美しい。
微かに聞こえた声に、マルスランはその場に立ち尽くす。
あまり感情を露わにしないが、日々を過ごすうちにロゼールの僅かな仕草や表情が読めるようになってきた。
彼女は領地をとても愛していて、真面目で頑張り屋で、享楽にふける生活とは無縁だ。
彼女に対する認識がどんどん良い方へと上書きされていく。
そんな彼女が、幸せになっていいのかと問うのはどうしてだ。
今すぐ確かめたくなったが、そっと肩を叩かれてゆっくり振り返った。
執事のアントワーヌが音も立てず真後ろにいる。
騎士としてそれなりに経験を積んできたにもかかわらず、ロゼールに気を取られて無防備すぎた。
アントワーヌが静かに首を横に振り、その場から離れるように身振りをする。
彼の後をついて扉から離れた。
「ロゼール様はこれまで亡くなった旦那様方に、毎日祈りを捧げています。……もう十分だと思うのですが……ご自身と関わらなければもっと長生きできたはずだとおっしゃって……」
「…………」
「どうか、旦那様。ロゼール様を守っていただけませんか? ロゼール様の従兄にコロンブ様がいらっしゃるのですが、お会いするたび辛辣な物言いをされるので、聞いているこちらも胸が痛みます。私達だけではロゼール様を守りきれません」
アントワーヌは視線を扉に向けたまま、小声で話した。
今後王都でコロンブ様とお会いすることになるでしょう、と。
「わかった」
「彼は……いえ、旦那様はロゼール様に近づきすぎませんよう、よろしくお願いいたします」
「…………」
アントワーヌは矛盾したことを言っていると気づいているのだろうか。
守ることと、近づかないこと。
意味がわからない。
アントワーヌはたいていのことは知っているのだろう。
そう思うのに、マルスランはなぜか訊く気になれない。
十歳ほどしか年が離れていないのも、意識してしまうからだろうか。
最初は疑ったロゼールとの関係も、今は必要以上に踏み込んだものではないように感じている。
ふと、侯爵家の馬車が停まっているのが見えて、執事がロゼールを迎えにきたのだと気づいた。
彼と一緒に帰るのは嫌だ。
とにかく嫌だと思った。
「……塩田に戻る」
「……言伝はありませんか?」
何を考えているのかわからない眼差しに居心地が悪い。
マルスランは苦し紛れに言った。
「離れはいつ出来るんだ?」
「あともう少しでございます、旦那様」
にこりと微笑まれて、アントワーヌとはやはり気が合いそうにないとマルスランは思った。
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