灰色の瞳に宿る想いに気づいた時、元騎士は静かに手を伸ばす

能登原あめ

文字の大きさ
12 / 38

11 祈り

しおりを挟む



 居室のソファに座り、ロゼールがポタージュスープをゆっくり飲む間、マルスランは銀器に食べやすく盛られた分厚い肉を次々と口に運んでいく。
 
 どちらも話さないけれど、居心地が悪いわけではない。
 今日も無事に彼の顔を見ることができてよかった。
 ロゼールがスプーンを置くのと、マルスランが食べ終わるのがほぼ一緒になった。

「……つき合わせてごめんなさい」

 バベットが苦い薬湯を持ってきて、一瞬だけロゼールの眉間に皺が寄る。
 なんでもないみたいに一息に飲み干して、顔を顰めるのを我慢して水を飲んだ。

「……領主殿は……、いや、いい」

 マルスランが言いかけてやめるから、顔を上げてまっすぐ見つめた。
 まだ口の中に苦味が残っていて、目元が潤む。

「はっきり言ってくださって構いません」

 一瞬、マルスランの口角が上がったように見えたけれどすぐに真顔に戻った。

「…………お大事に、領主殿」
「ありがとうございます、旦那様」

 そのままマルスランが部屋を出ていき、ロゼールはソファの背もたれに寄りかかった。

「……ロゼール様、寝台へ戻りましょう」

 バベットが心配してかけ寄る。

「お腹いっぱいになっただけよ。大丈夫。朝より体調が良いもの」
「はい、はい、わかりました。移動しますよ」

 こんなことなら旦那様に頼めばよかったなんてバベットが言うから、呼び戻されてはたまらないと、ロゼールは脚に力を入れて踏ん張った。







 翌朝には、ロゼールの熱が下がっていて普段通りに起きることができた。
 マルスランと顔を合わせて、挨拶する。
 昨日はなんとなく近づいたような気がしたけれど、朝になったらまた同じ距離感に戻っていた。

 少し残念な気持ちになるなんて、おかしいと気を引き締める。
 近づきすぎない方がいいのだから、これでいいのだと。
 それからお互いに黙々と食事をとった。

「……お先に、領主殿」
「いってらっしゃいませ、旦那様」

 お決まりのやりとり、けれど。
 夜になって、マルスランがロゼールの部屋の扉を二度叩いた。

「どうぞ」
「……体調はどうだ?」
「もう大丈夫よ。ありがとう」

 ロゼールとマルスランはそれから毎晩、ほんの少しだけおしゃべりをしてから眠るようになった。
 それは二人だけの秘密で、人目のあるところではいつも通りに過ごす。

 マルスランが塩田や防備に関して今の状況を話すから、自然とロゼールも領地のことを話すようになっていた。
 迷っていたことも、彼と話しているうちに整理されて答えが出ることもあるし、意見をもらえることもあっていつの間にかロゼールはこの時間が楽しみでしかたない。
 一日の終わりがとても充実して感じられた。









 それから真夏の最盛期を迎えて慌ただしくなった。
 この季節だけ出稼ぎにやってくる人たちも多く、見張りを強化したことや倉庫の鍵を替えたのは、本当によかったのだと気づいたのは秋に入ってからだった。

「領主様、今年は例年通りと思っていましたが、結構な量の塩がとれています。……どさくさに紛れて盗人がこれまで持ち出していたのかもしれません」

 塩田の責任者が笑顔半分、申し訳なさそうな顔半分で言った。

「……そう、旦那様のおかげね。よかったわ」

 ロゼールの言葉に、明るい笑顔を見せる。

「本当に! 旦那様のおかげですなぁ! それに……旦那様がいらっしゃるとみんなの気も引き締まって、きびきび働くんですよ」

 後半は小声でロゼールにだけ聞こえるように言う。

「……それは効果があるでしょうね」

 マルスランはますます日に焼けているし、筋肉もしっかりついているから存在感もある。

「領主様、よかったですな」

 言外に、四人目の夫に恵まれてと言われたようで、恥ずかしく感じたけれど何でもないような顔をして頷いた。

「そうね、ありがとう」







 
 けれど、なんとなくモヤモヤするのを感じて、ロゼールはそのまま教会へと向かった。
 礼拝堂の中には誰もおらず、外と違ってひんやりしている。

 ロゼールは跪いて、胸元からロザリオを取り出した。

「今、とても充実して、幸せなのです。……皆を不幸にした私は、幸せになっていいのでしょうか?」

 マルスランがいて、会話をして。
 ごく稀に浮かべる笑顔に胸がいっぱいになる。
 彼が好きなのだと、いつの間にか愛してしまったことを認めるしかない。

 彼が来てくれたことで、ずっしりと両肩にかかっていた領地経営の負担が楽になったのも事実。
 ずっと、ずっと、このままそばにいてほしい。
 隣で生きていてほしい。
 そう願うのは罪なのかもしれない。

 社交シーズンも残り数ヶ月。
 ずっと静かなままのコロンブが諦めたのなら問題ないけれど……。
 まだ状況がわからない。

 それに、離れは内装を整えたら住むことができる。
 マルスランの好みを訊こうと思いながらも、今の状態が居心地良くて先延ばしにしていたら、アントワーヌに促された。
 結局、青で、と答えてしまったのだけどよかったのかもわからない。
 海が好きみたいだから、似合うと思うけれど。

 このまま一緒に暮らしていたい。
 平和なまま一生を終えたい。
 叶うならば彼と家族になりたい。
 そう思って、欲張り過ぎたと考え直す。

 彼が健康のまま、この地で充実した毎日を送れますように。
 ロゼールは何度も何度も祈った。
 

 
 
しおりを挟む
感想 67

あなたにおすすめの小説

どなたか私の旦那様、貰って下さいませんか?

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
私の旦那様は毎夜、私の部屋の前で見知らぬ女性と情事に勤しんでいる、だらしなく恥ずかしい人です。わざとしているのは分かってます。私への嫌がらせです……。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ 政略結婚で、離縁出来ないけど離縁したい。 無類の女好きの従兄の侯爵令息フェルナンドと伯爵令嬢のロゼッタは、結婚をした。毎晩の様に違う女性を屋敷に連れ込む彼。政略結婚故、愛妾を作るなとは思わないが、せめて本邸に連れ込むのはやめて欲しい……気分が悪い。 彼は所謂美青年で、若くして騎士団副長であり兎に角モテる。結婚してもそれは変わらず……。 ロゼッタが夜会に出れば見知らぬ女から「今直ぐフェルナンド様と別れて‼︎」とワインをかけられ、ただ立っているだけなのに女性達からは終始凄い形相で睨まれる。 居た堪れなくなり、広間の外へ逃げれば元凶の彼が見知らぬ女とお楽しみ中……。 こんな旦那様、いりません! 誰か、私の旦那様を貰って下さい……。

冷徹公爵の誤解された花嫁

柴田はつみ
恋愛
片思いしていた冷徹公爵から求婚された令嬢。幸せの絶頂にあった彼女を打ち砕いたのは、舞踏会で耳にした「地味女…」という言葉だった。望まれぬ花嫁としての結婚に、彼女は一年だけ妻を務めた後、離縁する決意を固める。 冷たくも美しい公爵。誤解とすれ違いを繰り返す日々の中、令嬢は揺れる心を抑え込もうとするが――。 一年後、彼女が選ぶのは別れか、それとも永遠の契約か。

せっかくですもの、特別な一日を過ごしましょう。いっそ愛を失ってしまえば、女性は誰よりも優しくなれるのですよ。ご存知ありませんでしたか、閣下?

石河 翠
恋愛
夫と折り合いが悪く、嫁ぎ先で冷遇されたあげく離婚することになったイヴ。 彼女はせっかくだからと、屋敷で夫と過ごす最後の日を特別な一日にすることに決める。何かにつけてぶつかりあっていたが、最後くらいは夫の望み通りに振る舞ってみることにしたのだ。 夫の愛人のことを軽蔑していたが、男の操縦方法については学ぶところがあったのだと気がつく彼女。 一方、突然彼女を好ましく感じ始めた夫は、離婚届の提出を取り止めるよう提案するが……。 愛することを止めたがゆえに、夫のわがままにも優しく接することができるようになった妻と、そんな妻の気持ちを最後まで理解できなかった愚かな夫のお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID25290252)をお借りしております。

大人になったオフェーリア。

ぽんぽこ狸
恋愛
 婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。  生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。  けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。  それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。  その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。 その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。

愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください

無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――

貴方に私は相応しくない【完結】

迷い人
恋愛
私との将来を求める公爵令息エドウィン・フォスター。 彼は初恋の人で学園入学をきっかけに再会を果たした。 天使のような無邪気な笑みで愛を語り。 彼は私の心を踏みにじる。 私は貴方の都合の良い子にはなれません。 私は貴方に相応しい女にはなれません。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く

紬あおい
恋愛
年上の優しい婚約者は、叶わなかった過去の恋人の代わりに私を抱く。気付かない振りが我慢の限界を超えた時、私は………そして、愛する婚約者や家族達は………悔いのない人生を送れましたか?

処理中です...