灰色の瞳に宿る想いに気づいた時、元騎士は静かに手を伸ばす

能登原あめ

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10 四人目の夫候補

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 翌朝、熱っぽい身体に気づいたけれど、マルスランと朝食をとった。
 バルコニーに出たくらいで熱だなんて、きっと精神的に弱ったせいだと思う。

 ロゼールは食欲がわかず、果物を少量ずつ口へ運ぶ。
 冷たくて瑞々しい。

「……顔が赤い」

 マルスランの声に、控えていたアントワーヌが静かに出て行った。
 それからバベットが新しくお茶を入れ直す。

「領主殿はゆっくり休んだほうがいいんじゃないか?」

 バベットは口出しはしてこないけれど、遠くで大きく頷いている。

「そうね……今日はゆっくりさせていただくわ」

 熱いお茶をすすっていると、アントワーヌが医者のクレマンを連れてきた。
 無理矢理さらってきたのではないかとロゼールが執事を見ると目をそらす。

 彼ら二人は同じくらいの歳でずいぶん仲がいいけれど、クレマンは肌に張りと艶があって、まだ三十代半ばに見える。
 そのクレマンがお辞儀をして近づいてきた。

「おはようごさいます! ロゼール様。はじめまして、旦那様。朝食を食べていたらいきなり連れて来られて何事かと思いましたよ!」
「ごめんなさい、クレマン先生。何か食べて帰って」

 クレマンとマルスランをお互いに紹介した後で、ロゼールは先生の手を借りて立ち上がる。

「おや? だいぶ体温が上がっているね。早く横になりなさい」
「はい。……旦那様、失礼するわね」
「あぁ、お大事に」

 領主夫妻の他人行儀な会話に、クレマンが眉を上げる。

「旦那様、ご安心ください。四人目の夫候補だった私が、しっかりロゼール様を看病しますから! あっはっはっ……!」

 クレマンの笑えない冗談にロゼールも困惑する。

「クレマン先生ったら……」
「…………」

 ロゼールがよろめいて、クレマンが肩を支えた。
 バベットがクレマンの手をはたいてロゼールをしっかり抱えた。

「恐れながら旦那様、私がずっと付き添いますのでご心配なさいませんよう……」

 そんなに大袈裟にしなくてもいいのに、とロゼールはぼんやり思った。








「王命で結婚と聞いて心配していたが、まぁ、ずいぶんといい男じゃないか」
「ええ、ええ、本当に。もっと仲良くされたら、ねぇ」
「アントワーヌが邪魔しているんじゃないのか?」
「まさかっ……ふふっ……前回は相談なしの契約結婚だったから、拗ねたかもしれないけどねぇ」

 クレマンとバベットは、ロゼールが眠っていると思って好き勝手話している。
 どうやらすぐにうとうとして眠ってしまったらしい。
 それとも、かなり時間が経ったのだろうか。

「まぁ、結婚したばかりで疲れも出たんだろう。これからだんだん暑くなるから、しっかり休ませて。じゃあ、アントワーヌをからかってから帰るとするよ」
「……先生、ありがとうごさいました」

 二人の声がだんだん遠ざかって、小さくなって。
 それからロゼールは目を開けた。
 身体が熱くて重いし、もう一度目蓋を閉じようとしたところでバベットがのぞき込んだ。

「ロゼール様、薬湯をいかがです?」
「……ええ」

 起き上がるとバベットが背中にクッションをいくつも入れてくれた。それから渡された薬湯を恐る恐る飲み込む。
 
「苦い、わね……」

 涙目になるロゼールに、バベットが優しく笑んだ。

「ロゼール様は昔から苦味が苦手ですね」
「……誰だって苦手なものくらいあるでしょう」
 
 そう言ってから一気に飲み干し、水を口にする。

「さぁさぁ、もう一眠りしてくださいませ」
「わかったわ……。バベット……晩餐に間に合うように起こしてね」
「ええ、ええ、わかっておりますよ。……おやすみなさいませ、ロゼール様」

 バベットが嬉しそうに笑っているのが、どうしてかわからないまま、ロゼールは目を閉じた。








 ロゼールが次に目を覚ました時、目の前に榛色の瞳があった。
 ただの榛色じゃなくて、緑が混じっているのに気がつく。

「……綺麗ね」
「領主殿は寝ぼけているのか」

 心地よい低音にはっとする。
 何度か瞬きして、何を口走ってしまったのかと慌てた。

「……旦那様。お帰りなさいませ。食事は……」
「これからいただく。……まだ休んだほうがいいだろう」
「どうして、ここに……?」
「あぁ、すまない」
 
 彼はそういうけど、視界の隅にバベットがにこにこしているのが見えた。
 彼女は本物の夫婦になってほしいと思っているから、この機会を利用したらしい。

「……私も何か少しいただきます」
「ではここに運んで」
「いえ、食堂へ行きます」

 身体を起こすと、くらくらするのはずっと寝ていたからだろう。
 それに食べていないから。
 ロゼールがそう思っていると、マルスランとバベットが目で合図をしあう。

「ここに二人分持ってきてもらえるか?」
「はい、かしこまりました!」

 それは親密な雰囲気にならないかと、ロゼールは焦った。

「待って! 隣の居室に二人分用意して。ずっと横になっていたから、身体が痛いわ」
「……わかりました。では、旦那様あちらでお待ちくださいませ」
「あぁ」

 バベットが食事のことを伝えに先に部屋を出たのを見てマルスランが口を開く。

「昨夜は気遣いが足りず、すまなかった」
「いえ、気にしないで。その……先に、あちらにどうぞ」

 ロゼールの言葉になぜかほんの少し、マルスランの口角が上がった。
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